『ちゃりこちんぷい』坂井 音太、 玉置 勉強/集英社
ああ、日々何もかも憂鬱さ。女子高生が弾くリゾネーターギターの音が、はみ出し者の心に響きまくるブルース物語『ちゃりこちんぷい』。戦ったり、明るく笑ったりするのもいいけれど、諦めて「そんなもんさ」と後ろを向いてギターかきならすのも、また青春よ

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タイトルだけだと何の漫画かさっぱりわからなかったんですよね。ちゃりんこ、に空目して自転車か?と。
で、表紙に写っているのは可愛いギター持った女の子。おおなるほど、今ギター少女はやりですもんねぼくも大好きだよ、と自分に言い訳しながら何も考えずレジに持って行きました。
で、家に帰ってきて気づいたんです。
ん? これリゾネーターギターじゃないの。
リゾネーターギターとは、エレキギターがないころにアルミの共鳴板を貼り付けることで大音量を実現させたアコースティック・ギター。色からするにメタルボディ。
どう考えても女子高生が持ってるシロモノじゃありません。しかも小指にスライドバーまでちゃんとつけておる。
この『ちゃりこちんぷい』というマンガ、高校生の鬱屈を描いたブルースマンガなのです。
 
まあ「ブルース」と先に言ってしまうと、重苦しい感じがしちゃいますよね。ぶっちゃけ中身はそこまで重くはないです。
タイトルが「ちゃりこちんぷい」というくらいです。軽くて楽しそうでしょ。
これヒロインのブルースギター少女まれちゃんが、リゾネーターギターの鳴る音を表現した擬音語。そのくらい雰囲気はライトです。
でもねえ、でも「ブルース」なんですよう。彼女らなりのさあ。

主人公の少年チョコは、フォーク&ロック部…軽音部ですね、そこに入ったはいいものの「客受けするにはどうするか」という考え方が気に食わず、若さ故の反発とイライラを抱えます。
そこで出会ったのが、ヒロインまれちゃんの弾くリゾネーターギターの音色。リボルバーで撃ちぬかれたような衝撃をうけるのです。
音楽を聞いて衝撃を受けるシーンというのは、音楽マンガなら必ずあるものですが、ポイントになるのはブルースだということ。
何を歌っているのかは英語だからわからないんです。雷が落ちてきたとか、気分が高揚したとかじゃない。むしろ曇天の下で押し付けられる感覚なんですよ。
歌っていたのは、Son Houseの「Death Letter Blues」。もう数十年前の曲です。
作中にはブルースの名曲の数々を原作者が訳した歌詞も掲載されています。
もうそれがひどいのね。いい意味で。
「今朝早く手紙が届いた。なんて書いてあった?『急げ急げあのコが死んだ』。大勢が立っていたよ、埋葬場所のまわりに。死んで気づいた、愛していたと」
やってらんないでしょ?
もうどうでもよくなっちゃうでしょ。最悪ですよ、状況としては。
それを叩きつけるように歌うからこそ、どうしようもない絶望感と、まあなんとかなるんじゃねえの、っていう笑いや元気が起きる。それがブルース。

主人公チョコが訪れる第二音楽室には、リゾネーターギターの名手まれちゃん、ピアニストのインチョー、ブルースハープが好きな幼なじみマキミキが集まって、部活ではなく鬱憤晴らしにブルースを演奏します。
こうやって書くと「なんだい楽しそうじゃん」と思ってしまいますし、実際一話から読んでいくと楽しそうなんですよ。
ところが徐々に明らかになっていきます。全員、高校生活に対してのどうしようもない苛立ちを感じている「はみ出しモノ」なのです。
まれちゃんは明るくぽわーんとしたコですが、極度の対人恐怖症。人前で演奏することが決して出来ず後ろを向いてギターを弾きます。授業中はぼやーっと窓の外を見ながら「ばくげっきが爆弾落として学校もめちゃめちゃになって、みんな死んじゃう。落ちないかな」と妄想するような子です。理由は、と聞かられてもおそらくないでしょう。高校時代にそんな「どうにでもなっちゃえ」という鬱憤、たまったことないですか?
インチョーも一年遅れて入学したことで、クラスメイトからしたら一つ上。おかげでクラスでは浮きっぱなしでずっと本を読んでいます。マキミキもクラスの馬鹿騒ぎが嫌いで、机に突っ伏して寝っぱなし。
ああ、高校なんて入るんじゃなかったな。
その鬱屈をぶっつけてまれちゃんが弾くのが、Billy Eckstine & Earl Hines「Stormy Monday Blues」。
「月曜の気分は荒れ模様。でも火曜だって同じくらいひどいわ。水曜はもっと悪くて、木曜も負けないくらい哀しいの」
ああ、どうしようもないぼくらにゃ、ブルースは優しいな。
 
全編にわたって、彼・彼女たちは何かと戦ったりしません。
落ちこぼれて、やる気が起きなくて、憂鬱で……そんなやつらが集まってセッションをするだけなんです。
そこがいいんだよ。すっげー元気出るよ。
辛いんだもん、苦しいんだもん。
でも「そんなもんさな」とブルースで昇華してしまう。時に滑稽に。
まさに作品そのものが、ブルース。
もてない、さえない、なにをやってもいまいち駄目な人にやさしい、音楽マンガです。
ああだれだそれは。ぼくだ。
なんとかなるさ、どうにでもなるさ。
(たまごまご)