『或るろくでなしの死』平山夢明/角川書店
表題作の「或るろくでなしの死」が気に入った方は長編の『ダイナー』、「或るごくつぶしの死」が気に入った方は『東京伝説』などの実話怪談、その他の短編が気に入った方は『独白するユニバーサル横メルカトル』『ロケットマン』『他人事』が次の一冊としてオススメです

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ここらで一発、バーンとあきらめてみませんか? 仕事とか勉強とか自己啓発とか自己実現とか、疲れるじゃないですか。細かいことを考えずに気楽にいきたいですよね。そんなときには平山夢明の小説がオススメ。たとえば先月出た二年ぶりの新作『或るろくでなしの死』を読めば、バーンと気楽にイケます。

『或るろくでなしの死』はタイトルが全部「或る○○の死」で統一された短篇集です。収録されている七篇のどれでも、タイトルの通りに登場人物がひどい目に遭って死んでいく。気楽じゃないって? いや、騙されたと思って、「或る愛情の死」から読んでみてください。自動車事故で長男を亡くした家庭の話なんですけど、もともと長男はうまれつき自由に歩けない上に小児がんが見つかって余命が半年。炎上する車の中でどちらか一方を選ばなきゃならなかった父親は、とっさに健康な弟の方を選んでしまう。母親は自分がかかりきりで世話して長男を溺愛してたから、事あるごとに父親と生き残った弟まで責めるんですね。ただ責めても何も解決しないから、思いを募らせた母親の行動はどんどん苛烈になっていく。会話も通じないから、父親はただそれを見守ることしかできない。最後はさらに酷い事実が明らかになって母親が予想もできない状態になります。

その後は、子供や路上生活者が世間からひたすら無視され虐げられる「或るはぐれ者の死」とか、刻一刻と悪化していく状況を隠しながら電車事故の被害者とすごく前向きな世間話をしなくちゃいけない「或る嫌われ者の死」、素直すぎる女の子をモノ扱いして、やることやった結果から目を逸らし続けて、ベビーカーの中にあったら一番厭なものを目撃することになる「或るごくつぶしの死」もいいですよ。

残酷? 確かにそうかもしれないけど、だからこそ気楽なんですよ。だって圧倒的な残酷さの前では、才能は問われないし努力も必要ありません。そんなものは何の役にも立たないから。「或る英雄の死」の主人公なんてアラフォーで無職なところにつるんでる友達はアル中だし、「或るろくでなしの死」に出てくるのは職業的人殺しと母親から自分を殺せと命令されてる女の子。先行きも考えられないし、世間体やプライドも気にしてられない。ただ目の前の状況に対応するしかない。

思うに、中途半端につらいから悩んでしまうと思うんですよね。「今はいいかもしれないけど、そのうち困るよ」とか「ただちに害を与えるものではありません」とか。努力でなんとかなりそうに見えるから悩んでしまう。だから、あきらめさせてくれるくらいに残酷なら、いっそ優しいんだと思います。そういえば最後の「或るからっぽの死」は、生まれつき自分に関心を持つ人間しか見えない男が主人公でした。幼い頃はかわいがってくれたからくっきり見えていた両親が、主人公の目のせいでケンカして次第に見えなくなっていく。その後も視界からどんどん人間が消えていくんだけど、すごくほっとするんですよね。だってどうしようもないんだもの。これはゾンビ映画の清々しさに通じるものがあると思います。自分の力でどうしようもない状況になれば、キレイさっぱりあきらめて、好きなように生きられる。

こんなに容赦なく優しい小説を書くのはどんな人なのかは、去年の12月27日に開催された「或るろくでなしの死」刊行記念トークショーのアーカイブを見てみてください。本作の裏話はもちろん、ポシャってしまった幻のストーカー本、原稿が遅れていろいろな人から怒られた話から「地球上で一番バカな生物は男子高校生」「主に遊び場が胃袋か金玉」というバカ話、「短編は実験場」「火力を上げたらエンタメになる」「読者は物語に対する身体の開き方が違う」という小説論から「読書を悪いことにしたい」「最悪の事柄はゆっくりとやってくる」という人生観まで、一緒くたに笑い飛ばすトークが最高です。(tk_zombie)