シーズン5・解説 −怪物との戦い、そのピーク−
ドラマ『クリミナル・マインド/FBI vs. 異常犯罪』のマニアにとっては、この導入はある意味定石とも言えるのかもしれないが、やはりシーズン5を語るにはここから話を始めたい。そう、第9話(通算100話目)「死神との決着」の冒頭で用いられた、この一節である。
〈怪物と戦う者は、自らが怪物とならないために気をつけなければならない。底知れぬ深みを覗き込んでいる時、向こうもお前を覗き返しているのだ〉――フリードリヒ・ニーチェ
シリアル・キラー(連続殺人鬼)の次なる犯行を防ぐべく、プロファイリングを駆使して犯人像を推理するFBIのエキスパート・チーム《BAU(行動分析課)》。その活躍をスリリングに描いて絶大な人気を誇る本作は、このシーズン5・第9話で番組開始から通算100話を迎えた。
本シーズンの第1話で、BAUリーダーのホッチ(トーマス・ギブソン)は同シーズン第18話「リーパー」に登場した連続殺人鬼“リーパー(C・トーマス・ハウエル)”の急襲を受ける。そして離婚した妻と愛息を巻き込んで、第9話で文字通り因縁の最終対決を迎えることとなる。
これまでも主役交代を始め、度々視聴者を裏切り、驚きを提供し続けてきた『クリミナル〜』は、その記念すべき回にかくも“とんでもない”エピソードを持ってきた。まったくこのドラマのスタッフ陣が持つ制作への徹底的な姿勢たるや、つくづく恐ろしくて溜息が出るほどだ。
本作の特徴のひとつは、プロファイリングのプロ集団である“BAU”のメンバーそれぞれも、シリアル・キラー達とはまた異なる心の闇を抱えている点だ。BAUはエリート集団ではあってもヒーロー集団ではない。その設定こそが、人間が同じ人間の心の闇を解析し、犯行のプロセスを暴いていく上での説得力を持たせている。
このあたりの設定の巧みさは、シカゴ市警で警察官の経験を持つエドワード・アレン・バーネロをはじめ、ハリウッドやテレビ界でその名を馳せた製作陣の多彩なキャリアに因るところが大きいのだろう。
ホッチとリーパーの対決は、追われる者と追う者の心理の逆転を描く。かつて自身が提案した交渉――自分の追跡を諦めれば殺人を止める――に応じなかったホッチに、リーパーは徹底した絶望を与え、完璧なまでの優位性を獲得しようとする。その布石が第1話であり、文字通りの“決着”が第9話というわけだ。
だがその結末は、あまりに凄惨で悲劇的なものだった。
冒頭のドイツの哲学者・ニーチェの言葉を思い出してほしい。ニーチェの著書『善悪の彼岸』は、旧来の道徳的観念から成る善悪の対立を超越した地点に理想の人間の未来像があると説いているわけだが、とりわけこの146節はよく知られており、シーズン5を観た多くの視聴者によりブログ等でも引用された。
仮に“怪物”とは即ち人間の心の闇である、と捉えれば、リーパーという未曾有の怪物の闇を追いかけたホッチが、その闇から覗き返された結果がこの結末だった、と捉える向きもあるだろう。人間に喜びを与えるのも、またこの上ない恐怖を与えるのもやはり人間なのである。シーズン1から綿々と描かれている、かくも不可思議な人間の狂気、リーパーはそのひとつの究極的な姿だ。
実際この通算100話目のエピソードは放送当時ファンの間でも賛否両論だったようで、プロットのディテールや結末など、多くのファンがネットを通じて様々な意見を唱えたようだ。それほどまでにこの通算100話目は、本作の記念碑にして真骨頂とも言える衝撃の展開を孕んでいるのである。
またこのシーズン5にはスペンサー・リード役のマシュー・グレイ・ギュブラーが監督デビューを果たした第16話「母の祈り」も収録。そもそもマシューはマーク・ジェイコブスをはじめとする名だたるファッションブランドのコレクションに出演していたトップモデルで、ニューヨーク大学で映画を専攻し、ショートフィルムを監督するなど多方面で才能を発揮していた。これまでのシーズンでも度々エピソードのキーを担い、現段階でも幾つかの謎を持つリード同様、それを演じるギュプラーの今後も楽しみとなるエピソードだ。
〈狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である〉
これも同じくニーチェ『善悪の彼岸』の一節である。本作の本放送は、御本家CBSではすでにシーズン7へと進んでいる。人間にとっての最も恐るべき怪物である“人間”の真理を描いた『クリミナル・マインド/FBI vs. 異常犯罪』。キャラクター、ストーリーテリング、演出、スリル、そして闇の深さと哀しみ……本作においてこれらすべてについて迎えたひとつのピークこそが、つまりはこのシーズン5なのである。
内田正樹 プロフィール
フリー編集者/ライター。前:雑誌『SWITCH』編集長。(現:コントリビューティング・エディター)他にも数々の雑誌を経て、現在は『IQUEEN』、『onyourmark』にも参加中。また椎名林檎、スガシカオ、桑田佳祐などのオフィシャルインタビュアーを担当。他にもファッションページのディレクション、コラム執筆など多方面で活動中。
・『クリミナル・マインド/FBI vs.異常犯罪 シーズン5』特集
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(C) ABC Studios and CBS Studios, Inc.
〈怪物と戦う者は、自らが怪物とならないために気をつけなければならない。底知れぬ深みを覗き込んでいる時、向こうもお前を覗き返しているのだ〉――フリードリヒ・ニーチェ
本シーズンの第1話で、BAUリーダーのホッチ(トーマス・ギブソン)は同シーズン第18話「リーパー」に登場した連続殺人鬼“リーパー(C・トーマス・ハウエル)”の急襲を受ける。そして離婚した妻と愛息を巻き込んで、第9話で文字通り因縁の最終対決を迎えることとなる。
これまでも主役交代を始め、度々視聴者を裏切り、驚きを提供し続けてきた『クリミナル〜』は、その記念すべき回にかくも“とんでもない”エピソードを持ってきた。まったくこのドラマのスタッフ陣が持つ制作への徹底的な姿勢たるや、つくづく恐ろしくて溜息が出るほどだ。
本作の特徴のひとつは、プロファイリングのプロ集団である“BAU”のメンバーそれぞれも、シリアル・キラー達とはまた異なる心の闇を抱えている点だ。BAUはエリート集団ではあってもヒーロー集団ではない。その設定こそが、人間が同じ人間の心の闇を解析し、犯行のプロセスを暴いていく上での説得力を持たせている。
このあたりの設定の巧みさは、シカゴ市警で警察官の経験を持つエドワード・アレン・バーネロをはじめ、ハリウッドやテレビ界でその名を馳せた製作陣の多彩なキャリアに因るところが大きいのだろう。
ホッチとリーパーの対決は、追われる者と追う者の心理の逆転を描く。かつて自身が提案した交渉――自分の追跡を諦めれば殺人を止める――に応じなかったホッチに、リーパーは徹底した絶望を与え、完璧なまでの優位性を獲得しようとする。その布石が第1話であり、文字通りの“決着”が第9話というわけだ。
だがその結末は、あまりに凄惨で悲劇的なものだった。
冒頭のドイツの哲学者・ニーチェの言葉を思い出してほしい。ニーチェの著書『善悪の彼岸』は、旧来の道徳的観念から成る善悪の対立を超越した地点に理想の人間の未来像があると説いているわけだが、とりわけこの146節はよく知られており、シーズン5を観た多くの視聴者によりブログ等でも引用された。
仮に“怪物”とは即ち人間の心の闇である、と捉えれば、リーパーという未曾有の怪物の闇を追いかけたホッチが、その闇から覗き返された結果がこの結末だった、と捉える向きもあるだろう。人間に喜びを与えるのも、またこの上ない恐怖を与えるのもやはり人間なのである。シーズン1から綿々と描かれている、かくも不可思議な人間の狂気、リーパーはそのひとつの究極的な姿だ。
実際この通算100話目のエピソードは放送当時ファンの間でも賛否両論だったようで、プロットのディテールや結末など、多くのファンがネットを通じて様々な意見を唱えたようだ。それほどまでにこの通算100話目は、本作の記念碑にして真骨頂とも言える衝撃の展開を孕んでいるのである。
またこのシーズン5にはスペンサー・リード役のマシュー・グレイ・ギュブラーが監督デビューを果たした第16話「母の祈り」も収録。そもそもマシューはマーク・ジェイコブスをはじめとする名だたるファッションブランドのコレクションに出演していたトップモデルで、ニューヨーク大学で映画を専攻し、ショートフィルムを監督するなど多方面で才能を発揮していた。これまでのシーズンでも度々エピソードのキーを担い、現段階でも幾つかの謎を持つリード同様、それを演じるギュプラーの今後も楽しみとなるエピソードだ。
〈狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である〉
これも同じくニーチェ『善悪の彼岸』の一節である。本作の本放送は、御本家CBSではすでにシーズン7へと進んでいる。人間にとっての最も恐るべき怪物である“人間”の真理を描いた『クリミナル・マインド/FBI vs. 異常犯罪』。キャラクター、ストーリーテリング、演出、スリル、そして闇の深さと哀しみ……本作においてこれらすべてについて迎えたひとつのピークこそが、つまりはこのシーズン5なのである。
内田正樹 プロフィール
フリー編集者/ライター。前:雑誌『SWITCH』編集長。(現:コントリビューティング・エディター)他にも数々の雑誌を経て、現在は『IQUEEN』、『onyourmark』にも参加中。また椎名林檎、スガシカオ、桑田佳祐などのオフィシャルインタビュアーを担当。他にもファッションページのディレクション、コラム執筆など多方面で活動中。
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(C) ABC Studios and CBS Studios, Inc.