【漫画】本編を読む

『やぶさかではございません』(Marita/KADOKAWA)は、恋愛に臆病になったアラサー女性と、まっすぐすぎる年下男子の出会いを描くラブコメディである。タイトルの奥ゆかしい響きとは裏腹に、その中身はとびきり甘く、そしてじれったい。傷ついた大人がもう一度誰かを好きになるまでの時間を、ユーモアたっぷりに描いた人気作で、2025年には実写ドラマ化もされている。

 主人公は、不思議さん。初恋のトラウマが原因で恋愛から遠ざかり、気持ちを整理するため新天地へ引っ越してきたアラサー女性である。そんな彼女がなりゆきで私語厳禁の「サイレントカフェ」で働くことになる。静かな空間で淡々と仕事をこなそうとする不思議さんだったが、そこで出会った年下の同僚・上下くんに調子を狂わされていく。距離感が近く、好意も隠さず、真顔でとんでもなく甘いことを言ってくる。恋愛観をこじらせ、人から受ける好意が信じられない彼女にとっては、まさに天敵のような存在なのだ。

 この温度差が本作の魅力だ。異性からの好意に心を閉ざす不思議さんと、好きになった相手へ一直線な上下くん。一見噛み合わないようでいて、少しずつ相手のペースを知り、歩幅を合わせていく過程がたまらなく愛おしい。大人ゆえの慎重さや不器用さが、物語に心地よいリアリティを与えている。

 舞台となるサイレントカフェの空気も印象的だ。言葉が少ない空間だからこそ、視線やしぐさ、距離の変化が際立つ。ちょっとした沈黙さえときめきに変わる演出が巧みで、読み手もその場にいるような気持ちになる。にぎやかな恋愛漫画とは違う、「静かな熱量」が感じられるのだ。

 アラサーともなると、若い頃と違って勢いだけで突っ走る恋愛はしづらいし、「もう面倒」と思っている人もいるだろう。しかし本作を読むと、その考えが少し変わるかもしれない。

文=七井レコア