「午前中に書いて午後には配信」辻仁成がXで小説を“ゲリラ連載”した理由「読者を爽快に裏切ってやろうと」

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辻仁成さんの最新小説『泡』は、〈しゅう〉と〈アカリ〉という若い男女をめぐる物語。著者の辻仁成さんに作品に込めた思いについてうかがった。

【画像】辻仁成さんの最新小説『泡』

時代と添い寝する感覚

--最新作『泡』は、2021年の『十年後の恋』以来の長編小説作品です。WEBで突然に連載を始められたわけですが、きっかけを教えていただけますか。

辻 最近は絵の依頼が増えてしまい、作品制作に時間をとられるようになって、小説家としても頑張らなければと思うのですが、どうしても日々に追われてしまう。それで、自分で締切をつくって書いてみることにしました。

自分が主催しているWEBマガジン"DESIGN STORIES"なら自由に連載ができたんです。それをXでも配信すればさらに多くの読者に読んでいただける。書いている状況も読者と共有することができますし。

--プロセスまで共有するということですね。

辻 ええ。執筆中の自分の苦心や向き合い方、文章の変化なども含めて呈示し、リアルタイムで読んでもらおうと。これまでは、自分の中で完成させたものを編集者さんに渡して、それが本になるというかたちだったので、まさに初めての経験でした。

ネットはすぐに反応があり、読者が主人公に何を期待して、どう裏切られたいと思っているのかが手に取るように分かる。そうした肌感覚も含め、今までにないかたちで読者と向き合ってみたい、というのが動機のひとつでした。

ただ、午前中に書いた小説を午後には配信していたので、ゲリラライブのようになり、その連載の時期は、もうまったく絵が描けない状態になりましたし、結構な勇気が必要でした。校正さんがいるわけではないし、誤字もあるような状態だったので。

--どのような反応があったのでしょう?

辻 ひやひやしていたんですが、Xなどでもネガティブな意見はなくて、皆さん好意的だったのが、驚きでした(笑)。最初のころは主人公の〈しゅう〉や〈アカリ〉にはこうなってほしいとか、リクエストというか希望のようなものが投稿されていたんですが……。

そうした様々な思いを、どうやって上手に裏切っていくのかが作家側の醍醐味でもありました。小説家も長く続けていると予定調和になりがちです。だからまず、自分を裏切る、自分のルーティンを変える、さらには皆が期待しているものを心地よく爽快に裏切ってやろうと、時代と添い寝する感覚で日々挑んでいました。

小説は世代を選ぶものではない

--作中で地名は明言されていませんが、舞台は日本の新宿・歌舞伎町を思わせます。

辻 在仏歴26年にもなるので、新宿の歌舞伎町らしきところを書くなんてことは、ここ最近はありません。そもそも20年ぐらい行っていないですし。ただ、僕は歌舞伎町や新宿でバンド活動を始めたし、歌舞伎町の入り口のジーパン屋でアルバイトもしていたので、歌舞伎町周辺がいわば青春のゼロ地点なんですよ。

--小説も若い二人が主人公ですね。

辻 この年齢になって青春小説を書けるだろうか、というのがまずありました。年を取ったら老いをテーマに書くのが当たり前みたいな世の中ですよね? 

でも、なんか僕はいつまでも自分を老人と認めたくないですし、むしろ、20代の二人を登場させ、しかも疾走感あふれる感じで書くほうが、自分らしいんじゃないか、と思ったのです。文学離れのこの時代、小説でどれだけ人を惹きつけられるか、会ったこともない読者にも自分の小説が届くのか。

大きなチャレンジですが、やってみたいと思いました。そもそも小説は基本的に世代を選ぶものではないはず。誰がどのジェネレーションを書いてもいい、本来はそういうものこそ「小説」なわけです。

--小説なので1980年代や90年代にもできたわけですが、時代設定も現在ですね。

辻 自分がよく遊んでいた時代から45年も経っているのですが、グーグルマップなど、あらゆる情報を使って、フランスの田舎(ノルマンディ地方)にいながら、今の日本の大都会を舞台に書くのは刺激的でした。

読者層が幅広いXでも連日配信していたので、どう受け取られるかというのは、結構な実験でもあったわけです。びくびくしていても何も起こらないから、批判覚悟で、突然、連載をスタートさせた。振り返る暇もないほど急な断行でした。

しかも、完結までに3か月かかりました。日曜日は休んだんですが、あとは、ほぼ毎日、3000字程度更新していったので、そりゃあ、絵が描けなくなりますよね。

--冒頭は、以前に発表した短編小説「優しい目尻」と同じ場面から始まります。まったく違う物語になっていきますが。

辻 書棚にその文庫本があって、立ち読みしていたら、いいところで終わったんです。短編でしたからね。この二人の未来を知りたいと思って、その翌日から連載をスタートさせた。ゲリラライブ、または即興演奏のようなものです。

自分の腕試しのような。昔書いた短編に着想を得て大きく膨らませました。短編が先にあり、そこから長編を書くことは著名な作家たちが過去にいくらでもやっていて、いつかは僕もやってみたいと思っていた。

「優しい目尻」は30代後半くらいで書いたので、20代はそんなに遠い過去ではなかった。でも、そこから30年経った今の辻仁成という作家にはどうなのか……。自分の中に若さがまだ残っているのか試すには、楽しい経験となりました。

--ご執筆されるのはどのような時間帯でしたか。

辻 早朝に犬の散歩をして、朝食までの間です。時間としては4、5時間くらい。夜に公開して、翌日、起きたら反響をみて、犬の散歩をして、そこから、また書いていきました。

ゴールが見えてくる瞬間

--ご執筆中に悩んだことはありましたか。

辻 〈しゅう〉に最後には光を見せてやりたいと思ったのですが、それをどうやって見せるのかは、書きながらずっと悩んでいました。

先ほど言ったように良い意味で読者を裏切りたいと思うのですが、どんな終わり方にするべきか。悲惨な終わり方にしてしまうのはどうなのか、ハッピーエンドだったらいいと言えるのか……。

僕たちの人生にハッピーエンドがほぼないように、小説の人たちにだってドラマみたいなハッピーエンドばかりじゃないだろう、と言い聞かせながら、書き続けていましたね。「何か一条の光のようなもの」を探す旅のような執筆時間でした。

--最初にストーリーは決まっていないのですね。

辻 まったく構成などはもちろん、ラストも決めずに始めています。どうなっていくのかは書きながら決めました。しかも、配信してしまったものはもう戻せないっていう、すごい掟があるんですよ。新聞小説のような。

書き下ろしだったら全部書き直すこともできるけど、皆が読んでしまっているから逃げられない。失敗が許されない感じで書かなければいけないスリルは、存分にありました。

2話先、3話先にこうなったら、きっと読者は興奮するだろう、深く何かの考えを持つだろう、などと考えながら、現時点を語っていく。そうしていくうちに、不思議なことですが、10話先、20話先の輪郭がつかめるようになっていたんです。

--その感覚は初めてでしょうか。

辻 昔、日野啓三さんから、プロットを決めずにスタートして、ゴールが見えてくる瞬間がいい小説だ、と言われたことがありました。これまでもあまり決めすぎないで書いていた。すると、ある瞬間にゴールが見えることがあるんですよ。

--この小説ではどんなゴールが見えてきたのでしょう。

辻 作品の中盤あたりで、「ああ、これは家族小説になるな」という感覚を得ました。最初から〈アカリ〉に何か秘密があることは匂わせているけれど、自分も分からずに書いていますし、前半は都市の片隅で荒れ狂う世界の暴力描写なんかもふんだんにある。

でもそれで最後まで進めるのではなく、もっと人間の本質的なものを描き、全世代に共鳴できる、この若い登場人物たちの成長物語にしてみたい……。そこで大きく変えられるのは〈アカリ〉だと気づき、彼女の生い立ちが具体的に浮かんできたわけです。ある意味、作家の醍醐味ですね。

--その過去を背負った〈アカリ〉に、〈しゅう〉が必死に食らいついていくところも、読みどころですね。

辻 何度も見捨てられそうになるんだけど(笑)、そうですね。二人とも最初はかなり能天気な若者に見えますけれど、ずっとそのままでいられるはずもなく、〈しゅう〉の生い立ちも浮かんできた。彼は、与えられた人生設計から飛び出している男性であることが分かってきます。

--印象的な人物がたくさん登場しますが、仙人と呼ばれる人物の言葉には重みがありますね。

辻 彼は僕に近いかもしれません。僕がいつも考えていることを、僕に代わってしゃべらせているという面があります。

三つの領域で作品を発表する

--小説以外にも様々な活動をされています。

辻 僕はもともとミュージシャンから始めて、引退や中退を繰り返しながら、最近は「歌う詩人」というプログレを始めました。小説、絵など、様々なジャンルの越境をしています。色々やっていく中で、アートと言っていいのか分かりませんが、自分にしかできない表現をいま見つけつつある、という実感があります。

--それはどんなものでしょうか。

辻 小説と音楽と絵画を同じテーマで同じ時期に創作するということを一昨年あたりに思いつきました。それで、8月の三越美術特選画廊での絵画展『鏡花水月』、9月に小説『泡』を刊行し、10月には新バンド「歌う詩人」のファーストアルバム『詠み人知らず』を発表します。

「泡のような世界」という歌いだしの曲があって、この小説の主題歌のような世界観と歌詞なんですよ。

--『泡』の装丁にも辻さんの絵画が使われていますが、今回の絵画と小説と音楽には共通するものがあるわけですね。

辻 ええ。ノルマンディの山の中にアトリエを持っていて、犬と寝泊まりすることが多いのですが、楽器も置いてありますし、小説を書く机もある。絵を描きながら、ギターがあるので歌っていくと、その絵しか見てないから、当然「泡のような世界」が出てきます。小説、絵画、音楽の融合を、芸術的三位一体、と呼んでいます。

「泡」に象徴されるもの

--小説のタイトルが象徴するものはどこから生まれたのでしょう。

辻 子供の頃に、人間は泡のようなものであり、その無数の泡の一つが自分なのだ、と気がつくんです。僕にとって、表現はなんでもいい。言葉にするか、音にするか、絵の具を使うか、そこは技術的なことであって、一番大事なことは、そこに何を封じ込めるか、が問題でした。

--そうすると今回の三位一体となる作品には、とても古いルーツがありますね。

辻 はい。いまパリにいるときは、いつもセーヌ川まで犬と行って「夜のスケッチ」を描いています。それは本当に趣味で、ずっと落書きのように何年も描き続けてきた。川岸に座って眺めていると、そこに都会のビルの光が揺らめいていて、セーヌ川に対岸の光が揺れる。すごく綺麗なんですよ。でも、つかもうとしてもつかめない。

さらには、いま見ているこの光景はその次の瞬間に過去の光景となる。これを、文章、メロディ、絵の具で、一つの世界にしてみたかった。

--『泡』の装画のような光景ですね。

辻 まさしくそうです。ノルマンディでは、普段は荒野の中にぽつんとあるアトリエに住んでいるのですが、夜に犬と海辺に行くと、海に月の影が映っている。昼間なら小川の中に太陽が揺らめいている。手を伸ばしたとしてもそれは幻です。

海沿いの田舎で天候が変わりやすいから、毎日のように虹が現れる。虹を車で1時間くらい追いかけたこともありますが、決してたどり着けなかった(笑)。そういうものにずっとあこがれていました。

フランスではパンデミックでロックダウンも経験したし、戦争も続いていて世の中が終わるのかなと思ったりもした。そういう儚い世界に生きているから、現実なのか、非現実なのかが分からなくなっていく面があるのです。

--移り変わりの激しい時代になっています。

辻 欧州にいると戦争が間近にあるようなぼんやりとした危機感があります。セーヌ川沿いにはたくさんの若者が座っているけれど、僕はその誰ともつながっていない。田舎に行くと、今度は誰一人会わない。この両方を経験しているなかで、現実とは何だろうと思わない日はない。

僕たちは「泡」のようなものの中に、一緒に封じ込められているんだな、と。「泡」という字はさんずいに包むだから、すごいことを昔の人は考えたものだなと思います。

--象徴的なタイトルですね。

辻 「泡」という語のすごさに気づいて小説のタイトルとしました。いま僕たちが生きている、この泡のような世界、こんなに空虚なものの中に人々は存在している。その中で一喜一憂があって、成功のために人を傷つけたりする人、独裁者やならず者が支配する世界。

地球も宇宙もはじける可能性がある中で、いったい自分は何だろうということを考えたときに、表現者として、絵画と小説と音楽の融合が生まれた。ひとつのジャンルではだめなのかという人もいますが、全身100%の表現者として、自分ができる最大の力で、いま感じていることを描いているつもりです。

文/集英社文芸編集部

                         (2026年8月13日 都内にて)

*写真は本文中に言及の絵画展『鏡花水月』の際に撮影されたものです。

泡

辻 仁成

2026/9/4

2475 円(税込)

338ページ

ISBN: 978-4087700596

飲食店で働く〈しゅう〉は、恋人〈アカリ〉と、雑居ビル最上階のプレハブで暮らしている。彼女の様子が最近おかしいことに気づいた〈しゅう〉が思い切って理由を訊いてみると、まったく想像していなかったような、衝撃的な答えが返ってくる。〈しゅう〉は大きなショックを受けるが、その後も謎めいた〈アカリ〉の行動を必死に追っていく。すると、さらに思いがけない展開へと結びついていき……。

大都市の片隅で、真摯に生きる二人を描く、待望の長編小説。