男子マラソンで人類初“2時間切り”の衝撃…アディダス担当者が明かす「最強シューズ」の真髄 「驚異的な軽さを実現した一方で、履きこなすには高い走力が求められるシューズです」
まだまだ厳しい残暑は続いているものの、暦の上では秋を迎え本格的なマラソンシーズンが到来する。9月26日には愛知・名古屋2026アジア競技大会の男女マラソン、来月12日には大学駅伝シーズンの幕開けを告げる出雲全日本大学選抜駅伝競走(以下、出雲駅伝)の開催を控えており、ランナーたちの力走に多くの視線が注がれることになるだろう。
【写真】なぜ次々と好記録を生み出せるの?…最先端のシューズ開発について語るアディダスジャパンの太田祐介氏
今年4月に行われたロンドンマラソンでは、ケニアのセバスチャン・サウェ選手が1時間59分30秒の驚異的なタイムで優勝を掴み、世界新記録を更新。前人未到の2時間切りを成し遂げた。そんなサウェ選手の偉業達成を支えたのが、アディダス社が開発した超軽量シューズ「ADIZERO ADIOS PRO EVO 3」だ。2023年9月のシリーズ登場以来、クッション性と軽量化に磨きをかけてきた同シューズは、なぜ次々と好記録を生み出せるのか。アディダスジャパンの太田祐介氏にシューズ開発のこだわりやその魅力を語ってもらった。

ナンバーワンを追い求めてきた
「もし仮にビジネスで結果が出なかったとしても、スポーツメーカーとしては記録へのロマンは追い求めていかなければいけないものかなと思います」
他メーカーの台頭により記録争いで後塵を拝してきたアディダス社が、再び世界一に返り咲いたのは「ADIZERO ADIOS PRO EVO 1」(以下、EVO 1)が発売されて間もない2023年9月のことだ。
この年のロンドンマラソン女子の部に出場したティギスト・アセファ選手(エチオピア)は、ベースとなったレーシングモデル「ADIZERO ADIOS PRO 3」から約40%の軽量化を実現させた同シューズを履いてレースに臨むと、2時間11分53秒の女子マラソン世界新記録で優勝。ブリジット・コスゲイ選手が持つ2時間14分4秒の従来の記録(2019年・シカゴ)を大幅に更新し、世間を仰天させた。
「これまでもさまざまなレースにおいてナンバーワンになる選手の足元をサポートすることで、一般ランナーであるお客様にも還元することを目指してきました。PRO EVOシリーズはトップ選手に向けたシューズですが、開発で得られた着想や高い機能性は一般ランナーのパフォーマンス向上にも役立つことになるでしょうし、それが出来るからこそ世界や日本の大会において、記録を追い求める意味があるのかなと思っています」
走力や目的にあったシューズ選びが大切
世界記録を奪還して勢いに乗るアディダス社は昨年4月に「EVO 2」を、そして今年の4月には「カイトやサーフィンに使われる帆から着想を得た」という新素材を取り入れた「EVO 3」を発表。ケニアで練習を重ねるサウェ選手のフィードバックも反映された最新シューズは、クッション性を維持しつつも、片足の平均重量は97g(27センチの場合)にまで削ぎ落とされるなど、レース時のパフォーマンスが最大限に発揮できるような工夫が随所に施されている。
「とにかく薄くて軽いので、体幹、脚力、そしてバランス能力を備えていないと、正直に言って履きこなすことが難しいシューズです。世界記録を目指すレベル、または駅伝で優勝を目指すような選手の皆さんに履いていただけたら…」とEVO 3の特長を評する太田氏は、シューズに対するこだわりや選び方についてこう続けた。
「私たちのシューズは、すべてのランナーが自身の目標に到達するための“相棒”でもあります。トップ選手に憧れる気持ちは十分に理解できますが、まずは自分の走力や目的に合ったシューズを選ぶことが何よりも大切だと思っているので、例えばスポーツ用品店のスタッフさんに意見を仰いでみたり、何らかの客観的な目線を取り入れたりして、大切なレースに臨む一足を探してみてほしいです」
世界記録よりもインパクト大 箱根駅伝の活躍
とは言うものの、人類初のフルマラソンサブ2達成が世間に与えたインパクトは相当なものだったそう。
アディダス社が「積極的に投資をする必要があり、伸ばしていかなければいけないカテゴリでもあり、勝たなければいけないスポーツ」(太田氏)と位置付けるランニング市場においても、世界記録の更新をきっかけに売り上げは増加傾向とのこと。
だが、世界記録の更新と並んで多くの市民ランナーを釘付けにし、シューズの購入意欲を掻き立てる動機になるのが、10月の出雲駅伝で幕を開ける大学駅伝に挑む選手たちの姿だ。
特に正月の風物詩となった箱根駅伝はその影響が顕著で、2024年1月に行われた第100回大会では、「EVO 1」を着用してレースに臨んだ青山学院大学の黒田朝日選手と太田蒼生選手(いずれも現、GMO)が区間賞の活躍でチームを総合優勝に導くと、それがシューズの勢力図を変えるきっかけに。
駅伝や襷はグローバルな存在に
今ではアディダス社と専属契約を結ぶ青山学院大学、國學院大学、創価大学、大東文化大学をはじめとする各校の有力ランナーが同社のシューズを選び、大切なレースに臨むようになっている。
「日本では、FIFAワールドカップなどと同じように駅伝をみんなで応援する特有の文化があり、箱根駅伝における選手たちの活躍が、そのままシューズの売り上げに反映されることが珍しくありません。今では、駅伝の存在しない国のメンバーが参加する社内のグローバル会議でも、駅伝やタスキなどの単語が飛び交う場面が一般的な光景になりました」
学生駅伝の新シーズンが訪れようとしている。直向きに襷を繋ごうと奮闘する選手たちの足元には、アディダス社のアイデンティティでもある3本線のストライプが見られるかもしれない。
スポーツの垣根を越えた取り組みも
近年はランニングシーンでも注目を集めるアディダス社だが、サッカー日本代表とFIFAワールドカップのスポンサーも務めており、今年6月に開幕した北中米W杯では、多大な存在感を示した。
白地にカラフルなストライプで人気となったサッカー日本代表のアウェイユニフォームは記憶に新しいところだが、厳しい暑さの中で開催された大会期間中にはグローバルブランドとしての強みを活かした取り組みも行われた。
その一つが、通気性に優れた素材のウエアやシューズ内に冷却剤を取り付け、暑さを取り除くことで選手たちのパフォーマンス向上を目指す「CLIMACOOL SYSTEM」だ。スペイン代表やアルゼンチン代表も採用したことで注目を集めたシステムだが、100キロを走るウルトラマラソンで6時間切りを達成するために開発されたノウハウを活かし、サッカーに応用したものだったそう。
「競技や種目の垣根を越えて各々に必要なテクノロジーを提供していきたい」(太田氏)という同社は、胸付近に保冷剤が入れられるクールベストなどを展開しているが、これらもアスリートたちの力強い味方になりそうだ。
8月30日に行われた北海道マラソンでは、同社の「ADIZERO ADIOS PRO 4」を着用した新谷仁美選手(積水化学)が大会記録を塗り替える2時間24分14秒でレースを制したが、駅伝に臨む大学生や実業団ランナーなど、数々の有力選手の足元はADIZEROシリーズを着用することが予想され、多くの視線が注がれることになりそうだ。自己ベストの更新に歓喜するランナー達の足元に目を向けると、そこにはスリーストライプスが輝いているかもしれない。
デイリー新潮編集部
