高いコメを買わされ、年4000億円の税金がかかる…鈴木農水大臣とNHKが無視した「既得権を守る農政のコスト」

■NHKが触れない「高米価政策」の予算
9月14日、NHKクローズアップ現代は、「“コメ価格急落”の行方-問われる安定供給への道筋」と題して、コメ問題を取り上げた。放送内容について重要な間違いがいくつかあったが、なにより課題を示すことができても、その解決方法に触れなかった。本稿ではこれを指摘したい。
番組では冒頭、水田政策の方向性について以下のようなやりとりがあった。
キャスター:「去年、石破前総理はコメが不足するなか、増産に舵を切るとしましたが、その後に就任した鈴木農林水産大臣は需要に応じた生産を打ち出しました。これはどういう姿勢の違いを意味しているのでしょう」
記者:「これはあくまでも方向性に過ぎないのですが、どちらも一長一短がありますね」「増産だとコメ不足は解消されますが、価格は安くなって、消費者にはメリットがあります。でも、生産者は経営が苦しくなると。そうするとそこを救う、支援する財政的な支出が増えるかもしれない。そういう可能性があります。一方で、需要に応じた生産は大きくいえばいままで通りで、比較すれば財政負担を抑えられるかもしれませんが、コメの価格は高くなって、消費者に負担があります」
記者(番組)の重大な誤りは、財政負担についてである。
番組は、増産に伴う農家支援で財政支出が増える可能性を指摘した。しかし、直接支払いに必要な額や、現在の政策にかかる財政負担を示して比較してはいない。私が、主業農家と思われる5ha以上層に限って交付するとして試算すれば、財政負担は約1600億円(※1)である。
上記の番組で説明が欠けているのは、現在の高市政権による「需要に応じた生産」(事実上の減反)にも財政負担があるという点だ。番組では言及がなかった。主食用米から他の作物や用途への転換、畑地化などを支援する水田活用関連の予算は、2026年産向けでは、前年度の補正予算と当年度の当初予算を合わせて3000億円を超える。
石破政権の政策が金食い虫だという印象を与えている。しかし、支給対象を5ha以上層に限った場合の直接支払いの総額は、私の試算では、高市政権が進める「需要に応じた生産」を支える水田活用関連の予算額を下回る。
※1 1600億円の根拠は次のとおり。これまでの減反による目標価格1万5000円(60kg)から減反がない場合の市場価格1万1000円(本来は「5キロ1300円台」まで下がる…物価高で家計が苦しいのに史上最高値のコメを買わせたJA・農水省の大罪)との差4000円、トン当たりに換算して6.67万円の8割(中山間地域等直接支払いに準拠)に相当する約5.33万円を、コメの流通量600万トン(710万トンから農家の自家消費110万トンを控除)のうち主業農家と思われる5ヘクタール以上層の割合50%に対して交付すれば、総額約1600億円を得る。
■国民負担は年間4000億円に上る
さらに、減反政策をやめて、コメの生産量を増やし、国内消費量を上回った分を輸出すれば、財政負担のない無償の備蓄となる(食料危機時には輸出に回していたコメを食べる)。こうした生産力の維持を重視する考え方は、アメリカ、EUなどが行っている食料安全保障政策にも共通する。
だが日本では、政府備蓄米を倉庫で保管し、不足時の放出がなければ5年程度で飼料用等として売却している。この仕組みに伴う売買差損と保管費は、筆者の試算では年間約500億円(※2)に上る。
また、日本がウルグアイ・ラウンド合意に基づいて受け入れているミニマムアクセス米などの運用では、売買差損や保管費等により、2020~2024年度に年平均約500億円(※3)の損失が生じている。これはミニマムアクセス米を入れても国内の需給に影響を生じさせない(コメ価格を下げない)という閣議了解に基づき、同量の国産米を市場から買い入れ飼料用等に処分しているからである。減反がなくなり、また国内米価が低下してミニマムアクセス米を輸入しなくて済むようになれば、必要なくなる負担である。
これらの予算額や試算を合わせると、年間4000億円程度の財政負担となる。NHKの番組は、財政から不必要な支出をしていることを、完全にスルーしている。
※2 年間20万トンを買い入れ、5年間保管して順次売却する通常の備蓄運営を前提とした筆者の試算。買い入れ価格を玄米60㎏当たり1万5000円、売却価格を2000円とすると、年間の売買差損は約433億円。保管費を1万トン当たり年間1億円とすると、備蓄100万トンの年間保管費は100億円となり、合わせて年間約533億円の負担となる。
※3 農林水産省「米をめぐる状況について」(2026年3月)168ページ「MA米等の損益全体」による。2020~2024年度の損失額の平均は506.6億円。売買損益と保管料・運搬費等の管理経費を合算したもので、TPP11の豪州枠に係る損益を含む。MA米の援助輸出に係るODA負担分は含まない。
■世界から周回遅れの日本の農業保護政策
本連載では何度も触れていることだが、農産物の場合には、価格が変動することで需要と供給は必ず一致する。

しかし、高市政権では、「需要に応じた生産」を目指すという。これはつまり、生産抑制を促してコメの供給量を絞り、米価を高く維持することで農家を保護しようとするものだ。
すると、ここで問題が起きる。コメ価格を高くすると、農家は儲かるので生産を増やす。一方で、消費者はコメが高いから、買い控えをしてパンやパスタなど、別のもので家計をやりくりするようになり、コメの消費量は減っていく。
高価格を維持しようとすれば、生産意欲が高まる一方で消費が減り、供給過剰を招く。そこで、過剰を避けるために、前もって、補助金を使って主食用米から他の作物や用途への転換を促し、供給を抑えてきた。これが日本の減反政策だった。
日本が続けてきた高価格支持政策は、消費者負担も財政負担も増やす政策だ。この教訓から、世界の農政も経済学者も農家への「直接支払い制度」に転換していることを、NHKは番組で触れるべきだった。アメリカは1960年代に、EUは1993年に転換した。日本が今転換しても周回遅れどころではない。
なぜ日本だけが直接支払いへの転換を拒むのか。直接支払いを「主業農家」に限定すれば、大多数の零細な兼業農家は対象外となる。それでは、彼らを多数の組合員として抱え、資材販売や金融事業で利益を上げているJA農協の組織基盤が揺らいでしまう。
集票をJA農協に依存する政治家も同調する。つまり、消費者と財政を犠牲にしてまで高米価を維持する今の農政は、農業を守るためではなく、「農協と政治家の既得権益」を守るためのものなのであると筆者は考える。
■「農家が苦しい」は本当か
さらにNHKはこの番組で、生産性の向上と需要の拡大という政府の2つの戦略は、「今回の米価の高騰で課題が浮き彫りになった」と指摘。新しい耕作機械を導入した農家が、ローンの返済や燃料代の高騰で経営を圧迫され、大規模化をためらう様子が紹介された。
こうした個別農家の事情と、米価下落が農家全体の経営に与える影響は分けて考える必要がある。下落幅だけでなく、高騰前に比べて農家の手取り価格と生産費がそれぞれどれだけ変わったかを見るべきだ。
2023年産米までは、玄米60㎏あたりの相対取引価格はおおむね1万5000円(農家が受け取る概算金は1万2000円)前後で推移してきた。これを超える年は19年中8年しかなかった。これが24年産米では2万5000円(概算金は1万9000円)、25年産米では3万6000円(同2万8000円)となり、バブル米価といえる水準だった。農家が受け取る概算金が2万8000円から3~4割下落しても、1万6800~1万9600円で、2023年産の1万2000円を約4~6割上回る。
生産コストが5年前より1.5倍になっていると報道していたが、裏づけるデータはあるのだろうか? 農水省のコメ生産費調査で、この数年で最も低い21年産1万4758円と最も高い23年産1万5948円の差は8%だ。仮に通常年に比べ生産費が1.5倍になっていたとしても、販売数量が変わらず、もともと黒字であれば、販売価格と生産費がともに1.5倍になると、利益額も1.5倍になる計算だ。農家は困らないどころか豊かになっているのではないだろうか?
さらに、価格が安定しないと長期的な経営の見通しを立てにくく、離農が増えるという農家の声も紹介された。しかし、日本のコメ価格は政府の関与のおかげで長期的には極めて安定しているし、価格の低下に対しては収入保険制度が政府によって用意されている。アメリカの小麦やトウモロコシなどの穀物農家は、変動の激しいシカゴ相場の下で毎年経営している。インドやベトナムの小さなコメ農家が直面するコメ相場もシカゴ相場に劣らず変動する。張本勲氏なら“喝!”と言ったのではなかろうか。
■日本のコメの輸出量が増えない理由
鈴木農水相が、輸出用などの需要を作っていく必要があると主張しているのに対し、高い価格の主食用に生産が流れ、コメの輸出業者の倉庫はガラガラとなっていることが紹介された。
「せっかく海外の販路を開拓したのに、今年の輸出量は200トンから47トンに下がる」というコメ輸出業者の声が紹介された。これが「国内の主食用価格の高騰による」という説明は極めて妥当だった。
鈴木農水相の回答は、「主食用は40万トン過剰で輸出用は4万トン不足している」ことを認めたうえで、「生産者・産地の対応が必要だ」というものだった。産地の対応とは何だろうか? 現状では「輸出量を7.2倍にするという農水省の目標は実現できない大風呂敷だ」と、コメの輸出業者は批判していた。
こう書くとまるで「主食用米」と「輸出用米」で別品種を作っているようだが、実際には全く同じコメである。両者の違いは、あらかじめ海外向けとして国内市場から隔離する「制度上の区分(帳簿上の違い)」にすぎない。

日本の高いコメを安い国際価格で輸出するためには、農家に補助金を交付して価格差を補填する必要がある。ここで使われている制度が、先ほど紹介した「水田活用の直接支払交付金」である。「主食用のコメ」を、「輸出用のコメ」に転作したとして、補助金を払っているのだ。まったく同じコメを転作作物と扱うところが理解しにくいが、要は、国内供給と切り離すことで、コメ価格を高く維持するために設けられた制度である。
さて、このような制度があっても、今年のように主食用米の価格がバブル化して異常に高騰すると、農家からすれば、いくら補助金をもらっても輸出用に回すより、国内の主食用として売った方が圧倒的に儲かってしまう。農家が経済合理性に従って主食用へ生産をシフトするのは当然であり、結果として輸出用米の契約が激減し、輸出業者の倉庫がガラガラになるという事態を招いているのだ。
まっとうな対策は、減反を廃止して、主食用も輸出用も加工用も大胆に価格を下げることだ。世界に冠たる日本米の価格が下がれば、世界の消費者はこぞって日本産を欲しがるだろう。日本の20倍にあたる1億5000万トンの中国市場(すでに4割がジャポニカ米に転換)、寿司をはじめとする日本食ブームに沸くアメリカ、ヨーロッパ、カナダなどの先進国市場やタイ、マレーシアなどの中進国市場。需要は勝手についてくる。
■零細農家の残留が農村を衰退させる
需要の拡大と並んで生産性向上を農業の課題として指摘していた。
しかし、「大規模化を批判して、小さな農家が淘汰されるのは好ましいことではないのではないか」と鈴木農水相に質問して、「すべての農家が大切だ」という結論で終わった。
大規模農家と小規模農家では2~3倍のコスト差がある。生産性向上という問題提起をしながら、その重要な方法である規模拡大は否定するという矛盾した番組になってしまった。
かつて都府県で標準的な規模だった1ヘクタールの農家は、機械化の進展で、今では年間30日も稲作農業に携わっていない。平日はサラリーマンで週末に少し農作業をするだけで小規模稲作はできるようになった。また、彼らは兼業収入等がある。
1ha未満の農家が農業から得ている所得は、何十年もマイナスである。しかし、こうした農家の農地を集約して、30haとなる集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1万5000円の米価でも耕作者の所得と地主が受け取る地代を合わせて、集落全体で約2000万円の所得になる(※4)。これをみんなで分け合った方が、集落全体のためになる。
大家への家賃が、ビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地を貸す側にも役割がある。地代収入を得る地主が、地域で農地や水路の維持管理を担う仕組みを築けばよい。耕作者が生産に専念し、地主がその基盤を支える。こうした分担が、集落を維持することにもつながる。地主には地主の役割がある。健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃でビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。
このような関係を築かなければ、農村集落は衰退するしかない。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

※4 2023年まで(米バブルが起こる前)の標準的なコメ価格(玄米60㎏の相対取引価格が約1万5000円)と24年産米と同等の生産コストだった2018年の農林水産省「農業経営統計調査」を指標として使用。30haの農家所得は地代を支払った後の金額で1600万円。これに地代の相場は10aあたり1万5000円、30haだと450万円を加算。
■農村の構造改革は進んでいる
では、小規模農家は実際にどのように対応してきたのだろうか?
結論から言えば、自ら農業を縮小・離農し、大規模農家に農地を貸す「構造改革」が現場ではすでに進んでいる。

出所)農林水産省 農林業センサス累年統計- 総農家数及び土地持ち非農家数
1985年から2025年までの40年間で、販売農家は331万戸から79万戸へ減少した。一方、農家には該当しないものの農地を所有する「土地持ち非農家」は、44万戸から150万戸へ増えている。
2020年の統計では、水稲作付面積のうち5ヘクタール以上の大規模農家が農地面積の5割超を占め、1ヘクタール未満のシェアは16%にすぎない。「小規模農家を守れ」という既得権益グループの掛け声とは裏腹に、土地(農地)持ち非農家は増加し、農地の集積は着実に進行している。

これからも小規模農家が赤字の農業から撤退し、農地が大規模農家に集積されれば、より効率的な生産で米価は下がり消費者が利益を得る。農地を貸した元農家も地代収入を得られるため、理にかなっているのである。
■収量向上に触れないNHK
もう一つ、生産性向上のためにNHKが触れなかった重要な対策がある。
それは品種改良による単位面積当たりの収量(単収)の向上である。生産量を制限する減反政策のために、この方向での技術開発はタブーになった。農水省時代の先輩は、「財務省との予算折衝で『収量向上の技術開発は禁止だ』と言われた」と話していた。なぜなら、いくら減反補助金を出して水田を減らしても、面積当たりの収量が上がってしまえば、効果が減ってしまうからだ。さらなる補助金の増額とならぬように釘を刺されたのである。
同時にこれは、コメの品種改良に携わる研究者の仕事を奪う出来事でもあった。戦後の食料不足を経験し、コメの収量向上を志して、農業試験場の研究者になった友人は「国に夢を奪われた」と肩を落とした。トヨタに就職したエンジニアに、「燃費を向上させるな」というようなものなのだ。

今では、空から種まきしているカリフォルニアの単収は日本の1.6倍、1960年には日本の半分しかなかった中国に追い越されてしまっている。カリフォルニア並みの単収を実現すれば、コメの生産コストは1.6分の1、つまり4割も削減できる。
これが、収益が上がる農家のためだけでなく、価格低下の利益を得る消費者のためにも、生産量を1.6倍に増加することによる我が国の食料安全保障のためにも、必要かつ重要であることは自明ではないだろうか?
しかし、減反廃止、単収向上による米価の低下という論点は、NHKのタブーなのだ。番組を通して、コメの安定供給とは言っても米価の引下げが必要であるとはっきりと言わなかった。既得権者に遠慮する報道は公正な番組作りと言えるのだろうか?
■最後まで触れなかった備蓄米の買戻し

農水省は9月18日に備蓄米の買戻しを実施する。14日の放送なのに、なぜ番組は一切触れようとしなかったのだろうか?
21万トンの買戻しの対象は、昨年このほとんどを落札したJA農協である。史上最高のバブル米価となった25年産米で買い戻すことは、JA農協の救済策に他ならない。これを認めざるをえなくなることをJA農協と二人三脚で活動してきたNHKは忖度したのではないだろうか?
私は、高米価で備蓄米を買い戻すことによって大幅な財政負担が生じることに警鐘をならした(「コメ価格を下げるためでも農家救済でもない…鈴木農水相が「JAが9割超落札した備蓄米」を1年半で買い戻す理由」)。18日の買取り米価がどうなるか、結果を待ちたい。
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山下 一仁(やました・かずひと)
武蔵野大学国際総合研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)
