入居金「5.4億円」でも富裕層が殺到…帝国ホテルのシェフが料理を作る「港区の36階建て高級老人ホーム」の正体

■サウナ、温水プール、フィットネスを完備
「あなたはいつだって、今がいちばん好き。ずっと前から、そしてこれからも。そんなあなたにふさわしいレジデンスです」。ピアノの伴奏をバックに、戦後を代表する国民的大女優・吉永小百合がゆっくりと語る。
合間に流れる映像ではダイニングで談笑し、ソファで雑誌を読み、大浴場の露天風呂に浸かり、バーでお酒を楽しむ人々の様子が次々と映し出された。三井不動産の手掛ける高級老人ホーム「パークウェルステイト」のCMだ。
2024年に竣工した旗艦物件「パークウェルステイト西麻布」(東京・港)に足を運び、驚かない人はいないだろう。西麻布に建つ地上36階建てのタワーという外観からして、老人ホームという概念を覆してくる。
渋谷から六本木方面への首都高からも、高層階の輝きはひときわ目立つ。中に一歩足を踏み入れると、高級ホテルと見まがうような広々としたロビーと、壁一面の窓から中庭の緑が飛び込んでくる。

豪華なのは外観や入り口だけではない。水中エクササイズやジェット水流によるマッサージを楽しめる温水プールの隣にはサウナや炭酸浴槽も備えた大浴場、パーソナルトレーナーもつくフィットネス施設も完備。最上階の2フロアにまたがるダイニングでは、都心の景色を一望しながら帝国ホテルのシェフが手掛ける食事を楽しむことができる。



■「2人で5.4億円」でも問い合わせ殺到
介護が必要になった際に居住する介護居室フロアには24時間体制でスタッフが常駐しており、1階には慶應義塾大学病院と連携したクリニックが併設される至れり尽くせりぶりだ。
「今までの老人ホームとはまったく異なる、三井不動産グループの住宅やホテル、商業施設で培った企画力を結集したサービスレジデンスだ」
三井不動産レジデンシャルの嘉村徹社長は力を込める。
もちろん、贅を尽くしたこの空間に手が届くのはごく一部の富裕層に限られる。料金は年齢や入居者数によって異なるが、75歳で約49m2の1LDKに1人で入居する場合、一時金として約1億5000万円が必要だ。
加えて、共益費とサービス料として月額25万円ほどがかかる。130m2の部屋に2人で入居する場合の一時金は約5億4000万円で、月額の支払いは54万円弱となる。文字通り桁違いの世界だが、それでも経営者や資産家からの問い合わせは絶えず、想定を上回るペースで入居が進んでいるという。
パークウェルステイトは幕張(千葉市)や湘南藤沢(藤沢市)など郊外型の施設も開発しており、こちらは2人入居の際の一時金が5000万円台の部屋も用意されている。大企業や国家公務員OBといったアッパーミドルのシニアに快適な老後を打ち出す。

■高級分譲マンションのような仕上がり
高齢者向けの住宅に力を入れる不動産デベロッパーは三井不だけではない。東急不動産は「グランクレール」、野村不動産は「オウカス」、大和ハウス工業は「ネオ・サミット」といった独自ブランドを立ち上げ、そして三菱地所は介護大手のチャーム・ケア・コーポレーションと組んだ「チャームプレミア」など、首都圏を中心に着々と事業を拡大している。
施設によってサービス付き高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホーム、介護付有料老人ホームといった違いはあるが、どの建物も、一見、高級分譲マンションと見まがうような仕上がりとなっている。
背景にあるのは社会の高齢化だ。総務省の人口推計によると、2025年の時点で日本における65歳以上の高齢者は3619万人で、人口に占める比率は29.4%。現代の日本は地球の歴史上、世界のどの国も経験したことのない水準の高齢化に直面している。
これまで、住宅といえば結婚し子育てするための場として購入するケースが主流だったが、人口減少に価値観の多様化も加わり、一次取得者層自体が減少している。三井不レジの嘉村社長は分譲マンションについて「今後も増えていくということは正直ないだろうと思う」と話す。
■メジャーリーグ観戦やクルーズ旅行も堪能
一方、高級老人ホームは将来有望な分野だ。日本総研の推計によると、2024年6月末時点で家計が保有する金融資産2212兆円のうち、60歳以上が6割にあたる1400兆円を保有しているという。悠々自適の老後を送る人々を取り込むべく、各社とも経営資源を投入するのは自然な流れだ。
マンションの場合、立地や住設機器のグレードなどハード面が重視されるが、高級老人ホームではサービスもここに加わる。
冒頭に出てきたパークウェルステイト西麻布では麻雀やカラオケといった老人ホーム定番のイベントはもちろん、日本橋での落語鑑賞会やホテルでのアフタヌーンティー、メジャーリーグの観戦ツアーやクルーズ旅行などを通じて積極的に外出を促し、入居者同士の交流を打ち出している。
ターゲットとして狙うのは、健康や消費への意欲が高い「アクティブシニア」だ。介護付老人ホームは要支援・要介護の認定を受けた高齢者を対象としているが、パークウェルステイトでは入居者の大半が自立している。
嘉村は「自立した元気な高齢者の皆様が新たなライフステージ、ライフサイクルを好きだと感じていただける新しい住まいの形をご提案する」として、身体の自由がきかなくなってから入居するのではなく、まだ元気なうちに入居してもらうと説明する。

そこには、スタッフに促されてお遊戯や歌を強いられるという旧来型の老人ホームのイメージはどこにもない。
■「健康的な老後」を過ごすお手伝い
野村不のオウカスの場合、フィットネス施設「メガロス」を運営するグループ企業を通じ、体力測定や運動プログラムを提供。運動指導員が常駐し、カウンセリングしながら運動を継続できるようにフォローしている。
就寝時間や睡眠状態も把握し、寝室の環境や生活習慣の見直しも提案するという。東急不のグランクレールでも、クラシックコンサートや日帰り旅行などエンタメ要素を重視する。
高齢者向け住宅は規模が大きいといえないビジネスだが、不動産デベロッパーにとっては、グループ全体への波及効果が見込める。例えば、入居者が自宅の処分を希望する場合にはグループ内で売買を仲介できるし、ホテルやフィットネスなどのサービスとも相性が良い。
また「駅近」が好まれる分譲マンションに比べて老人ホームの入居者は通勤や通学がないため、交通アクセスが多少不便な立地でも物件開発の余地が広がる。物件の所有権を小口化し、富裕層向けの金融商品として売り出す例も出てくるなど、経済圏はじわりと広がっている。
■スマホの使い方までサポートしてくれる
一般的に、有料老人ホームは居住とサービスを受ける権利が一体となった「終身利用権」であり、多額の一時入居金を払ってもその権利自体を売買したり相続したりすることはできない。
二の足をふむ高齢者も多い中、区分所有権を取得することができる「シニア向け分譲マンション」もじわりと広がっている。この分野で先頭を走るのが、中堅デベロッパーのフージャースコーポレーションだ。
同社のシニア向け分譲マンション「デュオセーヌ」は数人のスタッフが24時間常駐し、タクシー手配からスマートフォンの使い方まで日常の困りごとを解決する。日中は看護師資格の保有者も勤務しており、医療面の相談にも対応できる。

「7000万円出して買った物件に10年住んで、(介護施設への引っ越しや相続後に)6000万円で売ったら結局1000万円で住めた、という資産性の観点からの価値を提示している」と同社の生川正雄常務は話す。終の棲家にも資産性を求める人々のニーズを捉え、首都圏で事業を拡大している。
■「駅近じゃない立地」の需要を発掘
高齢者向けの物件が広がる背景には、マンションに適した用地が少なくなっているという事情もある。冒頭の西麻布の物件は東京メトロ広尾駅や六本木駅から徒歩10分以上かかり、オフィスや分譲マンションの開発には不向きな立地だった。

「駅近」が好まれる分譲マンションに比べて老人ホームの入居者は通勤や通学がない。そのため、交通アクセスが多少不便な立地でも物件を開発しやすい。
日本の人口動態の大きなボリュームを占める団塊の世代の全員が75歳以上の後期高齢者となり、日本の高齢化は加速している。
都市部を中心に、包括ケア型の高齢者住宅や施設は需給の逼迫が表面化しており、今後はサービス付き高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホーム、シニア向け分譲マンションなどが受け皿を担うことが見込まれる。生活に余裕があるシニアを狙った商品は、今後も着実に増えそうだ。
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外山 尚之(とやま・なおゆき)
日本経済新聞社 ビジネス報道ユニット 消費・サービスグループデスク
2008年慶應大学卒、日本経済新聞社入社。前橋支局や国際部を経て2017年より2021年までサンパウロ支局長。南米大陸の各国でのルポ執筆に力を入れる。帰国後はビジネス報道ユニットにてエネルギーや不動産関連の取材に携わる。著書に『ポピュリズム大陸 南米』(日本経済新聞出版)がある。
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(日本経済新聞社 ビジネス報道ユニット 消費・サービスグループデスク 外山 尚之)
