なぜ私はMAGA帽子をかぶりトランプ氏と撮影したのか…「格下外交」と批判された赤澤氏が語る交渉の全内幕

■フライト中に飛び込んだ衝撃的なニュース
(以下、肩書等はすべて当時のもの)
第1回の訪米(担当閣僚に指名された約1週間後の2025年4月16日)でも、国際線搭乗時のルーティーンに沿って睡眠を取っていたのであるが、まだ米国到着前のフライト中の機内に、その後の激動の交渉を象徴するような驚くべきニュースが飛び込んできた。
離陸してほどなくして、ということは、私は既に熟睡中だったのだが、三村財務官と荒井経済産業省局長が私の席にやって来た。2人ともやや焦っており、不安な顔をしていたので、直ちに「何かが起こっているな」ということは理解できた。
これはよく酒の肴の話題にしているのだが、私が全幅の信頼を置く荒井局長に至ってはパジャマ姿のままであった。ただし、それもそのはず、トランプ大統領自らが日本の交渉チームと会いたいということで、急きょ我々がホワイトハウスに招待されることになりそうだという報告であった。
情報元は伏せさせていただくが、どうやら、トランプ大統領が直接日本チームにお会いする意向のようだという連絡が入ってきたらしい。(その頃、日本大使館にも同様の情報が入ってきた)
米国大統領の執務室であるオーバルオフィスに入るのは、日本国の総理大臣であったとしても在任中に何度もあることではない。そこに、一閣僚である私が率いる日本の交渉チームを招待するというのは、トランプ大統領がいかに関税交渉、特に日本との交渉を重視しているかの表れにほかならない。そのこと自体は良いニュースであるが、まだ米側閣僚とも一度もお会いしてすらいない段階で、いきなり大統領との直談判をおこなわなければならない。初日から絶対に失敗できない状況に直面してしまった。
■急遽行き先が財務省→ホワイトハウスに
眠気も吹き飛ぶニュースであったが、私は自分でも驚くほど冷静に受け止めた。2人の幹部に対して「おう、分かった。ありがとう」とだけ応じたうえで、機内で、どのようにトランプ大統領とやり取りをするか、静かに頭を巡らせていた。
この知らせを聞いて、外部、特に日本国内では大騒ぎとなっているようであった。報告を受けた後、しばらくしてメディアによる速報が次々と流れてくるようになり、東京では関係者が急きょ官邸に集まり、状況報告・相談をしているようであった。
それとは対照的に、私を支える交渉チームや、現地の受け入れをする山田重夫駐米大使ほか大使館関係者は、非常に冷静かつスムーズに準備を進めてくれた。ダレス空港に到着した時には、既に(協議を実施予定であった)米国財務省からホワイトハウスへの行き先変更もできており、また、空港で待ち構えていたメディア関係者からの質問への準備も整っていた。
空港からホテルに移動し、勉強会をおこなった際には、既にトランプ大統領表敬用の資料が出来上がっていた。
「やるしかない」
突然の出来事によって、現場の関係者はむしろ結束を強め、チームとして一つにまとまることができた。強いチーム、結果を出すチームの特徴は、事に臨んでパワーアップする(化ける、覚醒する)ことだと思う。つくづく良いチームを授かった。
■「格下も格下」と語った本意
ホワイトハウスのオーバルオフィスでおこなわれた約50分間の表敬は、トランプ大統領自身から、多くの国が米国との交渉の列に並ぶ中、日本との協議が最優先されているという、明確なメッセージが伝えられた。
私自身、当日の会見で「(大統領から見て私は)格下も格下ですよ。出てきて直接話をしてくださったことは本当に感謝しています」と振り返ったわけであるが、これは紛れもない本心である。
無理に背伸びをしても仕方がない。相手は世界一の超大国の国家元首(大統領)、こちらは同盟国とはいえ一閣僚に過ぎないという立場を理解したうえで、相手への最大限のリスペクトをもって懐に飛び込みつつ、日本の立場を直接お伝えする。国家国民のために言うべきことはすべて言い切る覚悟であった。その時点で必要な最低限の仕事は果たせたと思う。

■「笑みを浮かべて媚びた」との批判
約50分の表敬の冒頭、まず私は、格上である大統領に対して礼を尽くすことが重要と考え、自ら大統領に近づき、満面の笑みで「たいへん光栄です(great honor)」と述べた。お分かりいただけると思うが、かつてなく緊張するような場面で、しかも関税交渉である。
当時の日本国内の雰囲気からすれば、関税をかけられたうえに笑みを浮かべて媚びるとは何事か、それよりも深刻な態度で日本側の懸念を伝えるべきではないか、という意見もあり得たと思う。日本国内だけを向いているならば、そのようにしたほうが良かったかもしれない。しかし私は、交渉はあくまで人と人がおこなうものであり、だからこそ、最初はまず相手に対する礼儀から入るべきと考え、あえてそのような対応を選んだ。
トランプ大統領は、表敬直後にSNSで「たった今、通商について日本の代表団とお会いしたのはたいへん光栄(A great honor to have just met with the Japanese delegation on trade.)」と、表敬冒頭で私が使った言葉と同じ言葉で投稿されていた。こうした経過を見ても、私としては、批判されるリスクがありながらもあのような礼節ある態度をとって本当に良かったと思っている。
■大統領から勧められた飲み物
さらにトランプ大統領のお人柄がうかがえるエピソードをもう一つ。
私が大統領の執務机の前に用意された椅子に座った途端、「赤澤大臣は何を飲みますか?」とお尋ねになった。大統領自らが私に何を飲みたいか訊いてくださったのである。
「何でも飲みますが、コーヒーはありますか?」と申し上げると、「コーヒーもあるが、ダイエット・コークもあるよ」とおっしゃったのでダイエット・コークをお願いした。
実は、もう30年以上前に米国コーネル大学に留学して以来、ダイエット・コークが好きな飲み物の上位を占めている。後から分かったことだが、トランプ大統領、ラトニック商務長官、そして私の共通の好きな飲み物がダイエット・コークということであった。

この話には後日談があって、帰国後にこの話を石破総理に申し上げたところ、「良いな。自分は飲み物を訊いてもらえなかった」と、たいそう羨ましがっておられた。
トランプ大統領は、テレビなどメディア媒体の一部が流すイメージとは異なり、こちら側が礼儀を示せば礼儀で返していただける紳士的な方であった。
■儀礼的な表敬に終始したわけではない
事後、日本メディアでは、ホワイトハウスが提供した一部の写真、~例えば私がMAGA(Make America Great Again)帽子を被って笑顔でダブルサムアップして撮った写真~を繰り返し報じていたので、社交的な表敬であったというイメージが強かったかもしれない。(なお、読者のみなさまにはお分かりいただけると思うが、トランプ大統領の隣で笑顔で写真にうつること自体が、交渉相手国の国家元首に対して礼儀を示すという重要な意味があった)
しかし、儀礼的な表敬に終始したということはまったくない。実際は、同席した閣僚も緊張した面持ちで見守る中、トランプ大統領と私の間で関税に関する真剣な議論がおこなわれた。
残念ながら、実際のやり取りの詳細を明かすことはできないが、大統領は、関税協議を早期にまとめたいという意向を強く示しつつ、日本との間の貿易赤字に強い不満を示されてもいた。事前の予想どおり、自動車や農産品への言及もあった。
私としても、日本を背負って交渉に臨んでいる以上、相手が米国大統領であっても黙っているわけにはいかない。大統領の言葉の一つ一つに注意深く耳を傾けながら、米国が繁栄し続けるために今の世界を変えなければならないという大統領の強い問題意識は理解しつつも、「関税より投資」を含む日本の立場を丁寧に説明した。
■交渉時のトランプ氏の様子
私の発言に対し、トランプ大統領としても、もっと言いたいことはいろいろあったと思う。しかし、大統領は終始非常に紳士的であり、静かに私の発言に耳を傾けておられた。実は、時おり大統領の顔が紅潮するような冷や冷やした場面もあったが、感情的になられることもなく、冷静な議論をおこなうことができたと思う。

交渉人としての最初の訪米、しかも米国到着直後のタイミングで、トランプ大統領本人から直接お考えをうかがい、そして日本の立場を直接お伝えできたことは、その後の交渉戦略を考えるうえでも有益であった。
ただし、大統領の言葉の端々から、大統領自身が本気であるという無言のメッセージは強く伝わってきた。「日本との協議が最優先である」という大統領の言葉は、他の国が70カ国、100カ国と列をなしている中で、日本との関係を重視しているというサインでもあったが、同時に、大統領の人物像、強い意思と個性を目の当たりにして、この交渉が「一筋縄ではいかない」ことを痛感せざるを得なかった。
(赤澤 亮正)
