ヒットした商品やサービスの意思決定はどのようにされているか。トオク代表でコンセプターの吉田将英さんは「星野リゾートのフラッグシップブランド『星のや』は、普通の宿泊施設の客室にはあるのにあえて置いていないものがある。そうした意思決定は星のやのコンセプトからうかがい知ることができる」という--。

※本稿は、吉田将英『コンセプト・ワークス 正解があふれる時代の「自分ならでは」のつくりかた』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Karlos Garciapons
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Karlos Garciapons

■コンセプトとは、多面的である

最初に、「コンセプトとは何か?」という話を、この本の出発点にしたいと思います。前作『コンセプト・センス』(WAVE出版、2024年)で私は以下のように定義をしました。

コンセプトとは、社会の既存の「当たり前」が見落としてきた、人々がまだ自覚できていない満たされていない欲求を満たし、理想の社会に今より近づくための「提案の方向性」のことであり、同時にアイデア創造の源泉であり、企画の骨子でもあります。

……われながら、長い定義ですね。うーん、苦しみの痕跡を感じます。さて何が苦しかったのか振り返ると、コンセプトという存在の多面性が思い出されます。

それは、たとえば「スマホを知らない人にスマホとは何か? 端的に説明してください」という難しさと似ています。「電話です」「地図です」「新聞です」「持ち歩けるテレビです」--どれもその通りだけど、どれかだけで説明すると「それがすべてってわけじゃないんだけどな……」というしっくり来なさが残る。コンセプトもまさに、そんな存在です。

無理やり一言にすることで、かえってわかりにくくならないように、まずはスマホで言うところの「個別の機能」をいくつか提示してみます。

■夢と魔法の王国のトイレ、水飲み場とは

コンセプトは「らしさの源」です。コンセプトが定まっていることによって、その企画がほかの似たような存在といかなる点で「異なった存在たり得るか」--コンセプトはそんな、目指すべきありかたの定義そのものになります。

たとえば、東京ディズニーランドのコンセプトは「夢と魔法の王国」とされています。テーマパーク全体が、日常とは一線を画する世界観と体験の提供を目指すことが定義されているわけですが、同時に「どのような問いに答えを出すことで、コンセプト通りの企画にできるか」の出発点にもなっています。

写真=iStock.com/smckenzie
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「アトラクション」や「パレード」のようなわかりやすい変数だけでなく、夢と魔法の王国の「トイレとはどんなものか」「水飲み場とはどんなものか」「食事とはどんなものか」「動線設計とはどんなものか」「植栽とはどんなものか」--あらゆる変数をコンセプトに照らして考えることで、それらすべての変数から、「らしさ」は醸し出されていきます。

企画とは、このような「大小無数の変数によって複合的に認知されるもの」なので、その企画のキャラクターが崩壊せず、統一感を帯びていかないと、「らしさ」は作り出せないということでもあります。

■「星のや」の客室にテレビがない理由

他方、コンセプトは引き算的な意思決定にも役に立ちます。星野リゾートのフラッグシップブランド「星のや」には、客室にテレビが置かれていません(※1)。その理由は、星のやのコンセプトからうかがい知ることができます。

社長の星野佳路氏は「現代を休み、圧倒的非日常を提供することがコンセプトの星のやに、現代社会の象徴ともいえるテレビは不要だと考えた」と述べています。

テレビのない客室のみならず、チェックイン時にスマートフォンをフロントで預ける「脱デジタル滞在」というコンセプトの宿泊プランにまで展開は及んでいます。

コンセプトは、その企画の「らしさ」を足し算的に発想するだけでなく、「通常、その概念につきものである変数に、“なくてもいい”という発想」をも可能にしてくれるのです。

コンセプトを「らしさ」の足がかりに、足し算と引き算両面から企画の存在感が「際立つ」。選択肢にあふれる現代を生きるわれわれに対して、コンセプトは「この企画はまさに私のような人間向きだ!」と、行動のお膳立てをし、その企画でなくてはならない必然性を感じさせてくれます。

※1 「星のや東京」には普段は鏡のように部屋の雰囲気に馴染み、必要なときだけ使えるテレビを設置

■あらゆる資本の吸引力を生み出す

コンセプトは「指」でもあります。この場合の指とは、「この指とまれ!」の指のことですね。顧客だけでなく、その企画に必要なモノ、注目、お金、仲間など、あらゆる資本の吸引力をコンセプトは生み出します。

「世界中にあなたの家を」をコンセプトに、ハイエンドな別荘を展開するNOT A HOTELも、この「指」の力で成長している企画です。

CEOの濱渦伸次氏はNOT A HOTEL 企画初期の構想についてこのように述べています。

元々はホテル事業に挑戦したいと思っていたんです。リサーチを進めた結果、資金が明らかに不足していることを知りました。様々な金融機関とも話をしましたが、どれだけ借り入れができたとしても、お金が全然足りません。

そこでふと気付いたんです。『お金がないなら、先にお金がもらえる事業をつくれば良いんだ』と。ちょっとした諦めとやけくそから生まれたアイデアが、自分の中でどんどんNOT A HOTELの構想へとつながっていきました。NOT A HOTEL(=ホテルじゃない)というネーミングの由来もここにあります。

「ホテルのようだが、ホテルではない」というコンセプトは、「所有できるホテル」「運用できる別荘」「多拠点に持てるセカンドハウス」といった、これまでのどのカテゴリーにも当てはまらない新しい企画の兆しを周りに伝播していったのだと思います。

「テレビのない客室」が特徴である、星のや東京(写真=ブツチチ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

その結果、「ベンチャーキャピタルからの資金」「富裕層からの資本」「IT・建築・金融の越境人材の採用」「メディアからの注目」「世界的アーティストや建築家との協業」など、多様かつ唯一無二の資本の吸引に成功し、さらにそれらがこの企画の魅力を爆発的に押し上げました。

さらに2025年には、ファッションデザイナーのNIGO®と音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムスの2人がアドバイザー兼投資家として加入し、東京・有楽町駅前の旧有楽町ビルのプロジェクトなど、さらなる新展開を手がけています。

これらの展開は、「歴史がある」「企業の規模が大きい」といった規模の経済の力学だけでは叶えることのできない、「コンセプトに対しての深く強い共鳴」を元にした新たな力の結集によって可能になっています。

■消費者の感性や思想と共鳴する世界観を提示

「BOTANIST」や「YOLU」などを筆頭とするD2C型ビューティーブランドを展開するI-neも、コンセプトという「指」で後発企業でありながらP&Gや花王といった老舗メーカーと肩を並べるほどのブランド力を築いた企業です。

吉田将英『コンセプト・ワークス 正解があふれる時代の「自分ならでは」のつくりかた』(WAVE出版)

代表的ブランド「BOTANIST」では、「植物と共に生きるボタニカルライフスタイル」というコンセプトを打ち出し、商品機能以上に“生き方や世界観”を提案しました。これは、単にパッケージや成分だけで勝負するのではなく、消費者の感性や思想と共鳴する世界観を提示するもので、SNSを中心に共感を呼び、短期間で爆発的な人気を獲得しました。

商品のヒットと同時に、企業としての成長を支える資本や人材も集めることに成功していきます。2020年に東証マザーズに上場しており、単なるブランドヒットに留まらず、企業体として投資家からの高い評価と信頼を得ました。

2025年4月には、三井住友銀行から約90億円におよぶ「サステナビリティ・リンク・ローン」を調達。このスキームは、企業の掲げる理念やサステナビリティ方針と連動して貸付条件が変動する仕組みであり、「コンセプトの一貫性や社会的意義が金融的価値を持つ」と言い換えられます。

加えて、I-neにはD2C時代を象徴するようなマーケターやブランドマネージャーも集結し、プロダクトとストーリーの両輪を担える人材が内外から惹きつけられ、結果として事業の立ち上げとスケールをハイスピードで実現することに成功しています。

■世界観の強度で“磁場の形成”に成功

I-neは掲げた世界観の強度によって、ファン、投資家、メディア、人材、金融機関といった多様な「資本」が自発的に集まってくるという“磁場の形成”に成功しています。「コンセプトによってあらゆる資本が集まる」ことのまさに象徴的なケースであり、「コンセプトは経営資本である」ともいえるように思えます。

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吉田 将英(よしだ・まさひで)
トオク 代表取締役CEO、コンセプター
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。ADKを経て電通入社。シンクタンク、コンサルティング、クリエイティブの各部門を経験し、経営中枢にかかわるプロジェクトに一貫して従事。また、電通若者研究部の初代代表・研究主幹として、10~20代の消費心理・動向研究を牽引した。若い世代の「違和感」が法人の思い込みをほどき、経営の刷新やイノベーションの起点になるという確信から、若者研究と経営者への伴走支援を地続きの活動として続けている。エグゼクティブコーチとして経営者・事業リーダーに1対1で伴走する支援を10年以上続け、同一経営者への最長伴走は7年に及ぶ。支援先は創業期のスタートアップから東証プライム上場企業まで業界を横断する。この伴走を起点に、パーパス、ミッション・ビジョン・バリューなど、企業のDNAにあたる「法人格」を未来に向けて機能する形に共創することを最も得意とする。2026年、株式会社トオクを設立し、「遠望と対話」を通じたコンセプトデザインで法人や事業の関係性不全の解決に取り組む。著書に『コンセプト・センス』(WAVE出版)、『アンテナ力』(三笠書房)、共著に『若者離れ』『なぜ君たちは就活になるとみんな同じようなことばかりしゃべりだすのか。』。仕事論のバイアスの裏側をのぞくポッドキャスト「B面仕事論」も配信中。
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(トオク 代表取締役CEO、コンセプター 吉田 将英)