「本当に、本当に温泉旅行すらウチは行けないの…?」年金20万円の東京に住む60歳夫婦、妻が夫の退職日に号泣。いまさら知った〈絶望的・老後資金の額〉
内閣府の『令和7年版高齢社会白書』によると、シニア世代が生活費などの「収入不足」に直面した際、これから取る対応策として、54.3%が「節約等により支出を減らす」と回答し、40.2%が「貯蓄を取り崩している」のが現状です。60代前半で思うような老後資金形成が叶わなかった場合、どのような対応をしていけばいいのでしょうか。老後に夫婦で納得できるバランスを探るためのマネープランについて、ある夫婦の事例を通して見ていきましょう。※事例の人物名はすべて仮名です。
老後資金1,300万円、「なんとかなる」と思っていた妻
ショウジさんは、大学卒業後に都内の中小企業に入社し、営業職として38年間勤め上げました。妻のフミノさんは結婚後、子育てのかたわらパートに出て長年家計を支えてきました。
ショウジさんが60歳の定年を迎えた日、支給された退職金は1,100万円。これまでコツコツ貯めてきた貯蓄600万円と合わせれば合計1,700万円です。子どもの教育ローンや住宅ローンの返済が想定以上に長引き、思うように貯蓄を増やせなかった時期もありましたが、定年時には住宅ローン400万円を残すのみ。ローンは退職金を使って繰上げ返済したため、老後資金は1,300万円になりました。
「それなりに蓄えもあるし、夫の再雇用と私のパート代があれば暮らしていけるだろう」と、フミノさんはどこか楽観的に捉えていたのです。
これまで家族のために休みなく働きづめだったショウジさんと、家事や育児、パートに追われてきたフミノさん。フミノさんは夫の退職祝いとして、前々から計画していた「草津温泉への旅行」をずっと楽しみにしていました。
老後資金1,300万円の現実
しかし、退職日の夜、二人の前に突きつけられた現実はフミノさんの期待を大きく裏切るものでした。
一番の計算違いは、ショウジさんの再雇用の失敗です。ショウジさん自身は60歳以降も再雇用制度で同じ会社に残り、65歳まで働く希望を持っていました。しかし、勤務先の業績悪化を理由に再雇用は叶わず、実質的な雇い止めに遭ってしまったのです。
再雇用を諦めたあとの再就職活動も難航を極めました。公的年金の受給が始まる65歳までの「無年金の5年間」を凌ぐため、ショウジさんは取り急ぎアルバイトを始めたものの、手取り収入は当然現役時代よりも減少。バイト代とフミノさんのパート代を合わせても生活費には届かず、毎月少しずつ貯蓄を取り崩さざるを得ない状況に陥りました。
手元にある1,300万円は、一見するとまとまった金額に見えます。しかし、65歳までの5年間は生活費を補填していくことを考えると、決して余裕のある額ではありませんでした。
将来に怯える夫と、崩れ落ちた妻
資金がじわじわと目減りしていく恐怖に加え、ショウジさんには身体的な不安も重なっていました。長年のデスクワークで痛めていた腰痛がこのところ急激に悪化し、思うようにアルバイトのシフトに入れなくなっていたのです。
「もし腰が悪化してバイトをクビになったらどうしよう」「早々に介護が必要になったら、一体いくらかかるんだ……」
ショウジさんは日々、老後破綻と介護不安に怯えていました。そんな夫を気遣いながらも、フミノさんは「これまで2人で頑張ってきたのだから、記念に草津温泉へ行って羽を伸ばしたい」と話したところ――。将来への不安で押し潰されそうなショウジさんに、その願いを受け入れる余裕はありません。
「世間では『老後2,000万円問題』なんていわれていたのに、ウチは1,300万円しかないんだぞ。65歳までの生活費で減るし、これから病気や介護でなにがあるかわからないんだから、旅行なんて贅沢できるわけがないだろう。いま夫婦で病気もせず健康でいられるだけで十分じゃないか。これ以上、一体なにを求めるんだ?」
夫の言葉に、フミノさんは思わず泣き出してしまいました。
「海外旅行に行きたいっていっているんじゃないのに……。本当に、本当にウチは草津温泉すら行けないの?」
むしゃらに働き、ローンを完済して支え合ってきた結末が、少し遠出する程度の温泉旅行すら許されない状況であるという現実に、フミノさんの涙は止まりませんでした。
定年後の無年金期間を踏まえた、本当に必要な老後資金の額
草津温泉旅行にかかる費用は、やりくり次第で数万円程度に収まるものです。日々のちょっとした節約や予算の工夫があれば十分に叶えられるはずの「ほんの小さな喜び」でしょう。
しかし、将来への漠然とした恐怖や減収の不安に支配されてしまうと、そうしたささやかな楽しみや節目の思い出作りすら罪悪感やリスクに思え、叶えることができなくなってしまいます。お金を守ることに必死になるあまり、夫婦の心の潤いまで削ぎ落としてしまう状況は、決して望んでいた老後の姿とはいえないでしょう。
数万円単位の出費であれば、日々の生活費の微調整や工夫でカバーすることは十分に可能です。「なにが起こるかわからないから一切使わない」という過剰な防衛反応は、夫婦間の溝を深め、これまでの苦労を虚しくさせてしまいます。不安なときこそ、人生の潤いとなる小さな楽しみを計画的に組み込む柔軟性が求められます。
60歳から65歳までの収入減少期において、「いくらまでなら取り崩していいのか」「旅費や予備費に回せる予算はいくらあるのか」を具体的に数値化しておくことが重要です。数字として上限を把握できれば、「この数万円なら使っても問題ない」という客観的な安心感を得ることができます。
健康リスクや介護リスクに備えて防御を固めることは大切ですが、健康な「いま」を犠牲にし続けては本末転倒です。「健康でいられること」に感謝しつつ、将来への備えと「二人でいまを楽しむための予算」をセットで話し合い、納得できるバランスを夫婦で探っていく姿勢も欠かせません。
ショウジさんのいうように、「健康でいられること」は老後最大の資産ですが、夫婦の心の健康と絆を保つためには、感情論ではなく具体的なマネープランに基づいた現実的なすり合わせが求められます。

