【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第15回(前編)

 7月26日に行なわれた第11戦ハンガリーGPで、2026年シーズンの前半戦が終了した。

 今シーズンはレギュレーション変更が実施され、車体とパワーユニット(PU)は大きく変わった。しかしそんななかでも、ワークスのメルセデスとフェラーリは評判どおりの活躍をした。

 その一方で、新たにアストンマーティンと組んだホンダは、PUの開発に失敗して開幕から低迷し、ファンの期待を大きく裏切ることになった。だが、アストンマーティンはハンガリーGPで車体の大型アップデートを行ない、競争力を上げることに成功。第12戦オランダGPでは、今度はホンダがPUを大幅にアップデートしてくる。

 果たして、アストンマーティン・ホンダは復活するのか? そしてオランダからスタートするシーズン後半戦の見どころは? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

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元ホンダ技術者・浅木泰昭氏に前半戦を振り返ってもらった photo by Ryo Higuchi

 新しいレギュレーションが導入された2026年シーズンの前半戦は、すごく面白かったですね。理由はふたつあります。やっぱり「抜いたり、抜かれたり」というシーンが、これまでよりも多かったことです。

 以前は、速いチームとドライバーがトップに立つと、そのままチェッカーフラッグを受けるというレースが多かった。その頃に比べると、明らかにオーバーテイクが増え、目が離せない展開になっています。

 もうひとつの理由は、各チームやドライバー、PUメーカーの実力が結果にきちんと反映されていることです。「運次第でどこが勝つかわからない」というギャンブルのようなレースであれば、それはF1らしくないので、レギュレーションを見直す必要があると思います。

 でも、これまでの結果を見る限り、各チームやPUメーカーの開発競争とレースのエンターテインメント性がしっかりと両立していますので、前半戦に関しては悪くないんじゃないかなと感じました。

【想定外だったのはホンダだけ】

 PUの開発競争に関して言えば、チャンピオン争いで本命視されていたメルセデスが前半戦11戦中8勝と、その評価にふさわしい成績を出してきました。また、フェラーリもさすがと言えるでしょう。しっかりとメルセデスの対抗馬となり、シーズンを盛り上げてくれています。

 初めて自社製のPUで戦うことになったレッドブルも、ほぼ私のイメージどおりのスタートでした。でも、レッドブルとドライバーのマックス・フェルスタッペン選手が近年、タイトル争いの常連だったことを考えると、多少不満に感じているかもしれません。

 レッドブルが未勝利で前半戦を終えた原因は、車体にあるのか、PUにあるのか、はっきりとは見えません。ですが、レッドブルの車体とPUのパッケージとしての競争力は、メルセデスやフェラーリと比べて、かなりの差があると思います。

 もし、マシンの差がコンマ数秒以内に収まっているのであれば、フェルスタッペン選手の実力なら、何度か優勝してもおかしくないはず。でも、彼が安定してトップ争いに加わることができないということは、メルセデスとフェラーリが明らかに優位に立っていることを証明しています。

 一方、新規参入のアウディは、細かいトラブルなどはありますが、しっかりと戦えるPUを作ってきました。ドライバー(ガブリエル・ボルトレート、ニコ・ヒュルケンベルグ)は中団グループで戦って何度か入賞を飾っており、昨年までのザウバーとほぼ同じようなポジションにつけています。あまり大きな変化がないように感じるかもしれませんが、初めてPUを作ってきたことを考えると、大したものだと思います。 

 PUとして想定外だったのは、ホンダだけです。今となっては車体も大きな問題を抱えていたことが明らかで、アストンマーティン・ホンダとしては、まともなスタートを切れなかった。

 でも、開幕前のテストから約半年が過ぎ、アストンマーティンは前半戦を締めくくるハンガリーGPに車体の大型アップデートを投入し、競争力が大きく向上しました。さすがはエイドリアン・ニューウェイさんです。

【車体の本当の実力はまだわからない】

 マシン設計を手掛けるニューウェイさんたちも、最初は自分たちの車体の実力がわからなかったのかもしれません。

 ホンダのPUがダメなのは、異常振動の問題や、他社との加速スピードなどの比較データを見れば明白。PUがダメだと、車体の開発陣は自分たちの立ち位置を把握しにくいところがあります。

 だからアストンマーティンは、最初のうちはホンダに対して批判的な発言をしていたこともあったと思います。でも、開幕から数レースを走ってデータを分析していくと、「低迷しているのは、PUだけが原因じゃない」とだんだんわかってきた。

 そのことが、ハンガリーでのアップデートによって、ある意味で証明されました。こんなにもパフォーマンスが向上するということは、PUだけでなく、車体も失敗作だったということですよね。

 とはいえ、車体の本当の実力は、まだわからないと思います。ハンガリーのようなハイダウンフォースのサーキットには合っているかもしれませんが、すごくドラッキー(空気抵抗が大きい)なマシンで、長いストレート区間があるようなところでは、パフォーマンスを発揮できない可能性もあります。

 だから、もう少し見ていく必要はありますが、少なくともハンガリーのようなコースでは中団グループで戦えるところまで持ってくることができた。そういう意味で言うと、最初のコケ方はひどかったけれど、よく立て直してきたと言えます。 

 あとは、ホンダですよね。オランダGPでアップデートを施したPUを投入しますが、どのくらい性能が向上しているのか。そこが後半戦の大きな見どころです。開発をがんばっていれば、後半戦はけっこう面白いポジションに来るのではないかと期待しています。 

 私が第4期のF1プロジェクトに合流した時(2017年の夏頃)は、なぜホンダのPUがメルセデスやフェラーリに大きく後れをとっているのか、その原因がまったくわかりませんでした。

 私は量産車でさまざまなエンジンを開発してきましたが、その経験でいうと、燃焼効率を1〜2%上げるのはものすごく大変なんです。でも、当時のF1でホンダとライバルのPUを比較すると、燃焼効率が約10%も違っていたのです。

【燃焼を再現することに集中すればいい】

「何十年もエンジニアをやってきたけれど、ほかのメーカーに対して燃焼効率が10%も負けるなんてありえない。ライバルメーカーの人間は、絶対にズルをしているに違いない」

 当時の私は、そう思っていました。

 しかし、テスト中に偶然、これまで見たこともないほど速い燃焼が起こりました。そこにしがみついて開発を続け、苦しみながらも"高速燃焼"を何とか自分たちのものにすることができました。

 高速燃焼はその名のとおり、速い燃焼を実現させることでパワーと燃費を向上させる、という新たな燃焼方式です。ただ、信頼性や制御性を両立させるのが非常に難しい技術なのです。

 当時のメルセデスやフェラーリも、同じようなことをしていたと思います。そして今年のレギュレーション変更によって、ホンダのPUは高速燃焼が起きにくくなっているのではないかと予測します。それがライバルに後れをとっている大きな原因のひとつだと思います。

 でも、私がPUの開発責任者を務めていた時代と現在では、状況がまったく違います。当時は高速燃焼という現象を見たこともありませんでしたし、なんでライバルに負けているのか、その理由さえもはっきりとわからなかったのですから。

 しかし現在のホンダは、やるべきことが明確にわかっています。シンプルに、これまでのような燃焼を再現することに集中すればいいんです。もちろん、レギュレーション変更によって圧縮比と燃料流量を下げられたなか、2025年シーズンまでのようなレベルの燃焼をコントローラブルに発生させるのは簡単ではないと思います。

 でも今、PU開発に関わっているホンダの後輩たちは、高速燃焼を見たことがあるんです。新しいレギュレーションの下でも、そこにたどり着くことができると私は信じています。

(つづく)

◆第15回・後編>>改良版PUの実力は?「Q3の常連になる可能性も......」


【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada