「パット、下手じゃないよ」 全英制覇・桑木志帆の“思い込み”を解いた異色ハンドボール出身女性コーチの分析力
JGAナショナル強化委員会テクニカルコーチ・岩本砂織
全英女子オープンを制した23歳・桑木志帆(大和ハウス工業)が、明日14日初日のNEC軽井沢72ゴルフに凱旋出場する。日本人7人目(8度目)の海外メジャー優勝後初の試合で、13日は開催コースの長野・軽井沢72G北C(6590ヤード、パー72)でプロアマ大会に参加した。快挙達成後、桑木は「海外の試合で戦えるまで持ってきてくれた人」として、岩本砂織コーチの名を挙げた。THE ANSWERは異色の経歴を持つ同コーチを取材し、桑木との歩み、桑木に伝えたことなどを聞いた。(取材・文=柳田通斉)
「私、パターが下手なんです」。昨季、何度も優勝争いに絡みながら、あと一歩で初優勝を逃し続けていた桑木はそう言ったという。相談相手は日本ゴルフ協会(JGA)のナショナルチームで強化スタッフを務めてきた55歳の岩本コーチ。桑木が中学3年からの付き合いだ。
「私が中国地方のジュニアを集めた強化合宿に行った時に出会いました。志帆ちゃんは細くて、とても白かったですね。当時は渋野日向子さんらの他にもスター候補生がいたので、目立つ存在ではありませんでした。でも、『何てきれいなスイングをするんだろう。この子は絶対に伸びる』と直感しました。以降も何度か合宿がありましたが、その度に丁寧なお礼の連絡が来ることが印象的でした」
プロテスト直前、プロデビュー後も悩みを聞き、スポットで指導はしていた。そして、2025年シーズンのオフに桑木から、岩本のもとに正式にコーチングの依頼が届いた。自己評価は「パットが下手だから」。岩本は客観的なデータを用いて、その“思い込み”を覆した。
「志帆ちゃん、パターが下手なんじゃないよ。その距離が全部入ったら大変なことになるから」
岩本コーチは25年シーズンのデータを集め、桑木がどの状況でスコアを落としているのかを分析した。多くのショットが150ヤードからでもピン7.5メートル以内につき、3メートル以内につく確率も他の選手よりも高い。その距離のパットをコンスタントに入れることは至難だが、桑木は「バーディーチャンスを決められない」とストレスを重ね、崩れる傾向にあったという。
「ある意味、ショットメーカーゆえの悩みです。だからこそ、『パットが下手なわけじゃない』と伝えました。そして、ショートゲームのパッティング、アプローチの技術面は『脳から伝達される神経系の動き』になってくるので、細かくやりました。小さい動きを安定させることによって、『軸』や『間(ま)』がすごく良くなってくる。そこをオフに徹底的にやりました」
もう一つ、岩本コーチが意識したのは「依存させないこと」。プロの世界では、試合会場にコーチが帯同し、つきっきりで指導する光景も珍しくない。一方で岩本コーチの場合は会場まで行く試合を限定。桑木が偉業を達成した全英女子オープンでもコースで予選通過を見届け、その足で全米女子アマチュア選手権の開催コースへ向かっている。ナショナルチームの強化スタッフとして日本勢をサポートするためだ。
「依存ではなくて自立できた方がお互いの良好な関係を維持でき、尊敬し合えるからです。コーチとして私ができる仕事は試合前、予選通過までと思っているので、全英女子オープンでも前の週から入り、決勝ラウンド前にコースを離れました。個人的には優勝の瞬間を見たかったですけど、逆に私がいないところで志帆ちゃんが頑張って、優勝できた事実こそ意味があると思っています」
目つきが変わった全米女子オープン
岩本コーチは、桑木の成長を14位に入った6月の全米女子オープンで感じていたという。
「会場のリビエラは見た目以上に難しいコースで、100ヤード以内で『これを寄せないとボギーになってしまう』というピンチが何回もありましたが、最終日の前半にそういう状況を3つぐらいクリア(パーセーブ)したんですね。そうしたら、彼女の目つきがガラッと変わったんです。ここで、パーオンできなくてもパーが取れる楽しさを知ったと感じましたし、この経験が全英女子オープンのプレーオフ1ホール目の第3打につながったと思っています」
岡山県出身の桑木は4歳からゴルフを始め、岩本コーチとの契約前までは本格的な指導を受けずにここまで歩んできた。山口県出身の岩本コーチ自身は、高校時代までハンドボールに打ち込んでいた。
「岡本綾子さんの活躍をテレビで見て、こんなに稼げるプロゴルファーになりたいと思いました。でも、ゴルフ部がなかったので、まずは体のバネと体力をつけるためにハンドボールをやりました」
卒業後の1992年、フジテレビとホリプロが企画した女子プロゴルファー育成プロジェクトのオーディションに合格して渡米。ゼロからゴルフを始め、米女子ツアー通算88勝のキャシー・ウィットワースやキャシーの師匠であるハービー・ペニックに指導を受けて、同ツアーの下部ツアーを転戦。並行してレッスンのスキルも磨き、帰国後の04年、05年に服部道子のコーチを務めた。その後に契約した伊藤佳子の勧めで、大学生やジュニアを指導するようになり、14年にはJGAナショナル強化委員会テクニカルコーチに就任。そして、自身にとって通算3人目の契約プロとして桑木のサポートに携わるようになり、今後の話も進めている。
「私が次(試合会場へ)行くのは、メジャーのソニー日本女子プロ選手権です。オフの週にコースの下見へ一緒に行って、準備していきます。米女子ツアーが主戦場になる来季は今後、話し合って私が行く試合を決めていきます。ジュニアの指導や自分のスタジオでの仕事も続けていきます」
つきっきりではなく、程よい距離感。これを保ちながら、桑木が描く未来にも期待している。
「人間性も素晴らしいのですごく楽しみです。全英に勝った後、志帆ちゃんと最初に話したのは『これから世界的にも注目されるから、みんなに愛されて、尊敬される選手になっていこう』でした」
他の4つの海外メジャー優勝も目指すが、両者で一致している最大の夢は「全米女子オープンで勝つ」だ。岩本コーチにとっては、自分がゴルフを学んだ国の最も権威ある大会であり、桑木にとっては自分を変えてくれた大会。そこを目指し、この先もともに歩んでいく。
■岩本砂織(いわもと・さおり) 1971年7月21日、山口・周南市(旧徳山市)生まれ。高水高を卒業後、渡米。ゴルフを一から学び、プレーヤーとして活動しながら、トレーニング理論やメンタル、マネジメントなどの指導法を習得、2004〜05年には服部道子のコーチを務め、ツアー優勝をサポート。その後、日本ゴルフ協会(JGA)ナショナル強化委員会テクニカルコーチや日本オリンピック委員会の強化スタッフを歴任。17年にはJLPGA「ティーチャー・オブ・ザ・イヤー 清元登子賞」を受賞。個々の視覚、聴覚、触覚や骨格のクセなどを観察し、体に負担がなく再現性の高いスイングを作る「コアルーティーンメソッド」を提唱。
(柳田 通斉 / Michinari Yanagida)

