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将来の相続トラブル防止や子育て支援を目的とした「生前贈与」。親の善意で渡したまとまったお金が、かえって子どもの家庭に亀裂を生むケースも少なくありません。本記事では、弁護士法人山村法律事務所の代表弁護士・山村暢彦氏が、よかれと思って一人娘の夫婦へ「110万円ずつ」贈与した結果、娘夫婦を離婚危機に追い込んでしまった70代元公務員夫婦の事例をもとに、生前贈与の注意点について解説します。

娘夫婦に110万円ずつ…〈年金月35万円〉70代元公務員夫婦が選んだ「生前贈与」

「まさか生前贈与が、娘夫婦を離婚の危機に追い込むなんて……」

ヨシノリさん(仮名・71歳)と妻のヤヨイさん(仮名・71歳)は、現役時代ともに地方公務員として働き、現在の年金収入は夫婦合わせて月約35万円。このほか、退職金を含めた預貯金は約5,500万円あり、現在は都内の持ち家で余裕のある老後を送っています。

ヨシノリさん夫婦は、自分たちに万が一のことがあったときに相続トラブルが起きないようにと、少しずつ財産を整理することにしました。そこで選んだのが、年間110万円の基礎控除の範囲内で非課税となる「暦年贈与」です。

「娘のところには小さな孫が二人いるので、教育費の足しにしてほしいと思いました」

ヨシノリさん夫婦には、結婚して独立した一人娘・レイナさん(仮名・35歳)がいます。レイナさんの口座に110万円、そしていつも家族を支えてくれているレイナさんの夫の口座にも110万円、合計220万円を振り込みました。

レイナさんからは感謝され、ヨシノリさん夫婦は「これで子や孫の助けになるなら」と満足していたといいます。

しかし、その平和な空気はたった3日後に打ち砕かれました。

贈与からわずか3日後…「もう離婚する!」実家に泣きついてきた一人娘

贈与を行った週末の夜、突然インターホンが鳴りました。ドアを開けると、レイナさんが孫二人を連れて泣きはらした目で立っていました。

「もう限界。あの人とは離婚するから、しばらくここにいさせて」

驚いたヤヨイさんがレイナさんをリビングに座らせて事情を聞くと、原因はヨシノリさんたちが渡した「220万円の使い道」を巡る夫婦ゲンカでした。

レイナさんは、もらったお金を「将来の教育費として、絶対に減らないように定期預金に入れておきたい」と提案しました。しかし、夫はそれに強く反対。「今の時代、銀行に寝かせておいても意味がない。まとまった資金ができたんだから、全額を新NISA口座に入れて投資信託で運用すべき」と主張したのです。

レイナさんは投資に対して「元本が減るかもしれない危ないもの」という拒否感を持っていました。

「私のお父さんとお母さんが孫のためにくれた大事なお金なんだから、絶対に減るリスクのあるものには使いたくない!」

そう反発するレイナさんに対し、夫は「少しはお金の勉強をしてくれ」「そんな考えだと将来苦労する」と反論したといいます。バカにされたと感じたレイナさんは激怒し、そのまま家を飛び出してきたのでした。

定期預金か新NISAか…親からの「220万円」をめぐる娘夫婦の口論

ヨシノリさん夫婦はレイナさんの話をじっくりと聞き、「旦那さんも家族の将来を真剣に考えてくれているのだから、感情的にならずにもう一度よく話し合ってみなさい」となだめました。数日後、レイナさんは渋々ながらも自宅へと戻っていき、夫婦でしっかりと話し合いの場を持ったそうです。

その後、なんとか離婚の危機は免れ、レイナさんたちは「半分は定期預金、半分は投資に回す」という妥協点で折り合いをつけました。

「親としては、ただ孫のために使ってほしくて生前贈与をしただけでしたが、安易にお金を渡すことは夫婦の価値観のズレを浮き彫りにしてしまうのだと痛感しました」

よかれと思って取った行動が思わぬ波紋を呼んでしまいましたが、この騒動はヨシノリさん夫婦にとって大きな気づきとなりました。

これからの老後計画や資産の引き継ぎについては、親の独りよがりにならず、家族全員で率直に話し合いながら、明るく前向きに終活のステップを踏んでいこうと決意を新たにしています。

弁護士が解説】受け取った側がトラブルに…「生前贈与」を行う際の注意点

本件のように、善意で贈与したお金の使い道をめぐって、受け取った側の家族が対立してしまうことは珍しくありません。贈与した側にとっては非常に残念ですが、生前贈与を行う以上、こうしたリスクも考えておく必要があります。

私自身はNISAを活用した長期運用に肯定的ですが、「親から孫のために託された大切なお金」と受け止めれば、レイナさんが元本を減らしたくないと考える気持ちもよく理解できます。

法的には、贈与が成立すれば、そのお金は受け取った人の財産となり、原則として自由に使えます。本件では娘と夫に各110万円を渡しているため、それぞれが自分の分を管理・処分することになります。今回は定期預金かNISAかという対立でしたが、極端にいえば、受贈者が遊興費やギャンブルに使っても、贈与者が当然に返還を求められるわけではありません。

孫の教育費など特定の目的で渡すのであれば、贈与前に、誰へ渡すのか、何に使うのか、誰が管理するのかまで話し合っておくことが望ましかったといえます。もっとも、家族間の贈与について、将来の使途を契約で細かく縛り続けることには限界があります。

結局のところ、これは法律だけで解決できる問題ではありません。贈与の趣旨を共有し、その趣旨に沿った使い方を相手に委ねられるだけの信頼関係があるかという側面も踏まえて、進める必要があるでしょう。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士