【中島 恵】実はいま「永住」より「帰化したい」在日中国人が増えている…日本国籍を得ると手に入る「大きな特権」
出入国在留管理庁の3月の発表によると、日本在住の外国人は2025年時点で約412万人に上り、そのうち中国人は93万人を超える。彼らの多くは「永住者」「留学」「技術・人文知識・国際業務」などの在留資格で日本に住んでいるが、中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんによると「近年は中国リスクの影響もあり、永住よりも『帰化したい』と望む中国人が増えている」という。
同氏の新刊『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の一部を再編集して、在日中国人の生活の実態を解説する。
「帰化したい」とつぶやく在日中国人たち
中国から日本に来る人の中には、「技術・人文知識・国際業務」(技人国)の在留資格で一定期間、会社員として働いたのち、「永住者」の在留資格を取得する人がいる。基本的に10年程度日本に居住しなければ、「永住者」の申請はできない。
しかし、日本国籍を取得する「帰化」は原則5年以上の居住で申請でき、「永住者」より取得が比較的容易だといわれていた(2026年1月、日本政府は帰化要件を厳格化する方針を発表。原則5年以上→10年以上に延長することを決定した)。
25年末、本書の取材中に、私は「日本国籍を取得したい」、あるいは「取得した」という話をよく耳にした。帰化するとビジネスをする上で便利というだけでなく、他にもさまざまな事情、理由があることがわかった。
法務省の統計「帰化許可申請者数、帰化許可者数等の推移」によると、1967年以降、帰化許可者が最も多かったのは90年代後半から2000年代前半だ。2017年以降は1万人以下になり、以降、減少し続けている。
中国人の場合、最も帰化許可者が多かったのは2009年で5392人。2000年代はおおむね4000〜5000人くらいで推移していたが、最近「帰化したい」という話を聞くことが増えた背景には何か理由があるのだろうか。
本書で紹介した王さん(仮名)の例を紹介しよう。王さんが行動を起こしたのは23年12月。帰化申請については、法務省のホームページに概要がある。法務局に相談し、書類作成、面談、家庭訪問などを経て許可、という段取りになる。一般に申請から許可まで1年半〜2年程度とされているが、近年は法務局が非常に混雑し、長くかかる場合もある。王さんは1年7ヵ月かかった。王さんは日本語が流暢だが、帰化申請の手続きについてはSNSの小紅書(シャオホンシュー)を参考にした。
「当時住んでいた埼玉県在住の中国人による、帰化情報に関するグループに参加しました。メンバーは74人。そこで、申請書類を書くポイントやコツなど、さまざまなことを相談できました。先に申請している人から、やってよかったこと、やってはいけないことなど具体的なアドバイスをもらえて、本当によかったです」
法務局が書類を受理したあとは家庭訪問や職場訪問などがあり、厳しい審査を受ける。王さんは個人で仕事をしているため、法務局から仕事の取引先にも確認の連絡があった。25年7月に「官報」に自分の名前が載ったときには、ほっとすると同時に心底感激したという。
日本のパスポートのありがたみ
日本国籍取得の最大のメリットは海外渡航の利便性だ。毎年、英国のヘンリー&パートナーズが発表する「世界のパスポートランキング」によると、26年1月現在、日本はビザなし渡航できる国・地域が188ヵ国・地域で世界2位だった(1位はシンガポールで192ヵ国・地域、2位は日本と韓国で同列)。
私たち日本人は日本のパスポートの「ありがたみ」を痛切に感じる機会はあまりないが、パスポートと現金、クレジットカードさえあれば、明日にでもほとんどの国に行くことができる“特権”を持っている。だが、中国人の場合、ビザなし渡航できる国・地域は81で、同ランキングでは59位だ。
日本に留学後、日本企業に就職し、駐在員としてアメリカなど海外支社に転勤する場合も、中国人は手続きにかなりの時間がかかる。日本に住み、日本から海外に出かける機会も増えたが、中国パスポートの不便さが理由で日本のパスポートを持ちたいと考える人は多い。
王さんは海外に住む母親に長いあいだ会っていなかったが、帰化申請中は出国を控えていた。日本のパスポートを取得できたら、早く海外に行きたいし、もちろん中国にも一度帰りたいと話していた。日本のパスポートを取得できたときは「日本の皆さん、これからよろしく、という新たな気持ち、そして、日本の一員として責任を果たしていきたいという思いを強くしました」と語っていた。
知人の30代半ばの男性も、同時期に帰化申請していた。理由を聞くと「以前よりもリスクが増えたこと」を挙げた。男性は高校卒業後に来日。日本語学校を経て大学に進学。卒業後は大手企業に就職した。その後、数回転職したが、24年の春節に帰省すると、思いがけない出来事が待ち受けていた。
「数日間滞在して、さあ日本に戻ろうという直前でした。突然、役人が実家に現れ、『出国するなら日本の在職証明書、在留証明書、勤務先の概要、パスポートを警察に届けてください』というのです。頭が真っ白になり、わけがわからなかったですが、それがないと出国できないというんです。
でも、出国の前々日で、在職証明書の取り寄せなんてできない。ものすごく焦りました。結局、できる限りの資料を集めて、なんとか出国できたのですが、そんなことは初めての経験でした。
あとから聞いた話では、その頃、東南アジアで中国人が関係する特殊詐欺が相次ぎ、福建省など海外に出る人が多い地域では、出国者の身元を厳重に調査していた時期だったそうです。同じ春節の時期、他の省から出国した人からは、同様の話は聞きませんでした。こんなことがあって、本当に日本に帰れなくなったら、自分はどうしたらいいんだろうと恐怖を覚えました」
この男性は日本に家族がいて、都内に自宅も購入している。人生の半分を日本で過ごし、「自分の場合、中国には何もない。キャリア、人脈はすべて日本にあります。中国に滞在中、病気で入院でもして数ヵ月もとどまることになったら、そして、国際情勢に大きな動きでもあったら、それも重大なリスクだと思いました」と話す。
日本人だとわかると優遇される
ほかにも帰化を思い立った理由がある。日本のパスポートを持つと、中国で丁寧な接遇を受けることだ。
「税関でもホテルでも、どこにいっても『日本人』だとわかると優遇されます。扱いが全然違うんです。でも、日本の永住権だと中国に帰っても何も変わらない。永住権は日本にいる間は便利というだけで、中国では大きなメリットにはなりません。
それに、永住権でも『中国人』ですから、地元政府が変な言いがかりをつけて、日本の永住権は無効だ、などととんでもないことを言い出しかねない。日本政府が認めた権利だと主張しても、中国にいる間は拘束されるリスクがあります。でも、日本国籍なら『日本人』になったわけですから、そのリスクは大幅に減ります。だから、自分は日本に帰化したいと思いました」
もうひとつ大きな理由は、日本国籍を持っていれば、日本でビジネスがやりやすいという点だ。銀行口座の開設も、行政の手続きも、すべてがスムーズに進められる。帰化する人が増えている背景には、「とにかく何をやるにも早くて便利で楽」という理由があるという。
「自分の場合、中国に帰って働く可能性はゼロですから、日本国籍の取得に迷いはありませんでした」とその男性は語る。
また、前述の王さんも、最近帰化する人が増えた背景として、次のように語っていた。
「私が知る限り、都内の不動産店の中国人は、ほとんどが日本名を名乗っており、帰化しています。物件の紹介をしてもらうとき、中国人は『担当者が日本国籍』だとすごく安心します。この人は日本国籍を取得できるくらいのきちんとした人で、日本に詳しいはずだし、悪いことはしない、というお墨付きのようなものです。だから、日本国籍を取得する中国人が静かに増えているんです」
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