『ロングバケーション』木村拓哉のもう一人の相手役になぜ松たか子が選ばれたのか…プロデューサーが明かす「意外な理由」
いま、日本のドラマはかつてほどの元気がないと言われている。特に民放発のドラマが、ネットフリックスなどの配信サービス制作のドラマの勢いに押されている現実がある。では、あのフジテレビドラマ黄金時代はどうやって生まれたのか。おカネがあったいい時代というだけなのか。たまたま才能のある人材がいたのか。制作体制が違うのか。
フジテレビに'81年に入局し、ドラマの演出家として活躍した永山耕三氏(69歳)。最終回の平均視聴率が32・3%を記録した『東京ラブストーリー』をはじめ、『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』『妹よ』『ロングバケーション』『ラブ ジェネレーション』など、いまも世代や国を超えて愛される数々のヒットドラマを生み出してきた、伝説の演出家が語る、「月9」のヒットの秘訣とは――。
取材・文/伊藤達也(ライター・編集者)
初回視聴率は衝撃の30%超え
「木村拓哉の時代になる―それはわかりきったことでした。ルックスがカッコいいのはもちろん、時代に乗っている、まとうオーラ……すべてを兼ね備えていた。
そんなスーパースターの連続ドラマ初主演作が、自分に回ってきた。どうせなら、まったく世に知られてない新鮮な女優を相手役に迎えたいと思いついたんです。それで思い出したのが、歌舞伎関係者の間での噂でした。「高麗屋の下の娘」が、とんでもなく可愛いらしいぞという……」
伝説のフジテレビ月9ドラマ『ロングバケーション』('96年)を世に出した演出家・永山耕三氏はそう語る。
通称『ロンバケ』。平均視聴率は約30%、最終回の視聴率は36・7%、瞬間最高視聴率は43・8%と数々の驚異的な数字を記録した、まさに歴史に名を残すヒットドラマだ。
『東京ラブストーリー』『ひとつ屋根の下』『妹よ』『ラブジェネレーション』……数々の話題作を手掛けた伝説の演出家が、自ら「連続ドラマの最高到達点」と認めるドラマ。その名作が残した数字の中でも、永山氏にとっていちばん印象的なのが「初回視聴率30%超え」という記録だ。
「視聴率至上主義の時代に、視聴者をどんどん惹きつけて数字を上昇させるドラマづくりはやってきました。でも、初回から30%をとるという挑戦は、はじめてのことでした。
会社の誰からも具体的に30%という目標を課されたわけではないんです。……しかし否応なしに「空気」は感じるわけですよ」
と、永山氏は苦笑いしながら、あの時代に受けた強烈なプレッシャーを思い出す。
人気絶頂を迎えようとしていたSMAP・木村拓哉が演じる繊細なイケメンピアニスト・瀬名秀俊と、当時のドラマ界でもっとも数字がとれる女優だった山口智子の演じる等身大のアラサーモデル・葉山南。二人のつかず離れずの恋愛劇を、トレンディドラマの第一人者・北川悦吏子の脚本で描く「月9」ドラマ―。
最高の座組が整っただけに、世間の期待は大きかった。
松たか子と母親との「お茶会」
永山氏は、視聴者をワクワクさせるような、新鮮な驚きも用意していた。それが、木村拓哉演じる瀬名の、「もう一人の相手役」のキャスティングだった。
瀬名が思いを寄せる音大生・奥沢涼子。葉山南のいわば敵役を誰に演じてもらうか考える最中、永山氏がたまたま歌舞伎関係者から聞いたのが、高麗屋の下の娘―つまり松本幸四郎(現・松本白鸚)の娘・松たか子の評判だった。
「すでにNHKのドラマに数本は出ていたけれど、大学に入学したてで、女優としてドラマに出演していくつもりがあるのか、彼女のビジョンがわかりませんでした。なので、とにかく一回会ってみたいと連絡したんです」(永山氏)
当時は新宿区・河田町にあったフジテレビに、マネジャーもいない女子大生は母親と一緒に二人でやってきた。プロデューサーの亀山千広(後のフジテレビ社長)と、4人での「面接」が行われる。
「4人でお茶しながらお話をしたんです。聞くと、彼女もこの仕事を続けていきたいと希望していたし、この人ならピッタリだと思いましたね」
お茶会で選ばれた新人女優は、最高のピースとしてこのドラマにハマった。
「『ロンバケ』のクランクイン、最初の撮影は、第2話の瀬名と奥沢涼子が東京ドームの遊園地でデートする場面だったんです。撮影現場でも、松さんには臆するところがなかった。そりゃあ、家に帰れば松本幸四郎がいて、親戚には人間国宝がズラリなんだから、キムタクだ山口智子だ……と周囲にスターがいても舞い上がらないんです。それでいて、新人らしい初々しさもありました」(永山氏)
木村拓哉演じる瀬名に好意を寄せられながら、竹野内豊演じる葉山真二に傾いていく涼子……おっとりしたお嬢様ながら無意識に超イケメン二人を翻弄する役どころは、やっかみ含みの非難の対象となってもおかしくない。
とくに、葉山南を視聴者に共感されやすいキャラクターとして描いていた北川脚本において、対する涼子は「憎まれ役」として配置されていたわけだが、お茶の間で「炎上」することはなかった。その理由を、永山氏はこう分析する。
「現実の松さん自身に、邪心がなかったんですよ。天性のお嬢様だからこそ、奥沢涼子という役を演じきれた」
こうして'90〜'00年代の「月9」を彩る……にとどまらない、日本を代表する女優・松たか子の本格的なキャリアがスタートしたのだった。
さらに、『ロンバケ』の制作にあたって永山氏を悩ませたのが、「主題歌」をどうするかという問題だった。『東京ラブストーリー』の主題歌・小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』に負けない曲を作りたい―そんな思惑があった。
瀬名と南、大人のシェアハウス生活をオシャレに演出するために、ニューヨークのテイストを入れ込もうとした『ロンバケ』。主題歌も、アメリカで大流行していた女性R&Bグループ「TLC」のようなイメージで考えていた。
プロデューサーの亀山にも、あるアイデアがあった。
「とにかくデュエットソングがいい、と言うわけです。というのも、亀ちゃんはかつて担当したドラマ『誰かが彼女を愛してる』('92年)の主題歌として中山美穂&WANDSの『世界中の誰よりきっと』の大ヒットを経験している。『とにかくデュエットは売れるぞ』というわけです」
亀山の主張を聞いて永山氏が想起したのが、'73年にリリースされたダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイのヒット曲『My Mistake (Was To Love You)』だった。このナンバーを元に、永山氏はドラマの世界観を構築していった。
CDのミリオンヒットが連発した時代。なかでも「月9の主題歌はとんでもなく売れる」と、各レコード会社、音楽事務所からのフジテレビへの売り込みは激しかった。争奪戦の中、永山氏のもとに、あるミュージシャンの関係者から「ぜひ、主題歌を作らせてほしい」と連絡があった。
当時33歳の久保田利伸。日本人離れした本格的なR&Bの歌い手は、'95年に本場・ニューヨークに活動拠点を移していた。'90年には、初出場の紅白歌合戦で女性R&Bシンガーのアリソン・ウィリアムズとのデュエットを披露し、その実力を世間に知らしめてもいる。
永山氏は、久保田に会いにアメリカへと飛んだ。
【後編を読む】『「緊張感で嘔吐し続けた」『ロングバケーション』プロデューサーが明かす視聴率30%超え期待への強烈なプレッシャー』
「週刊現代」2026年6月8日号より
【つづきを読む】「緊張感で嘔吐し続けた」『ロングバケーション』プロデューサーが明かす視聴率30%超え期待への強烈なプレッシャー
