本物の人間関係を面倒くさがる子どもが量産される…言語学者「イエスマン生成AIへの慣れが生む暗雲」
■いつでも“構ってくれる”生成AIの悪循環
前回に続き「『AIおしゃべりアプリ』に対してどう感じているか」を言語学者33人に訊いたアンケートの結果を基に、本稿を進めていきます。
肯定的見解がある一方で、リスクに関する意見も寄せられました。
例えば、「生成AIは酷(ひど)いことばを投げつけられても傷つかないので、ことばが人を傷つけうることを学べない」という懸念があげられました。本書『言語学者、生成AIを危ぶむ 子どもにとって毒か薬か』で先述しましたが、生成AIの背後には感情も人格もないので、この点において生身の人間との対話と大きく異なるわけです。
関連して、「生成AIはいつ、どれだけ仕事を頼んでも文句を言わないから便利だ」という意見を聞いたことがあります。これは確かに事実としては正しい言明でしょう。しかし、これは諸刃(もろは)の剣だとも感じています。
というのも、子どもがそのような「生成AIに対する接し方」が普通であると考え、人間に対して同じような態度を取るようになったら問題です。生成AIは、いつ何を問いかけても返信してくれますが、人間相手にはそれを求められません。すると、ますます、いつでも「構ってくれる」生成AIを心地よく感じてしまい、悪循環に陥る可能性があります。
■“都合の良い応答”にチューニングできる危険性
現状の生成AIでは、それが出した答えが「良い」か「悪い」か、使用者がフィードバックを送れる仕組みになっています。
ということは、それぞれの利用者が「自分にとって都合の良い応答をしてくれる形」にチューニングできてしまうわけです。
しかし、人間の相手の応答をチューニングすることは不可能です。実際の人間関係では、相手が自分にとって「良い」応答をしてくれることのほうが希(まれ)かもしれません。
言葉による「すれ違い」も多く経験するものです。人間は、自分と違う意見を持った相手と、時に失敗を経験しながら、やり取りすることで成長していくとも言えます。ですから、相手や状況によって話し方を変える工夫も重要です。
それなのに、自分にとって心地よい返事ばかりしてくれる、いわば「イエスマン」的な生成AIとの応答に慣れてしまうと、実際の人間関係が面倒に感じられてくる――そんな可能性も十分にあると思います。

■人間とのやり取りが煩わしくなる可能性
さらに、生成AIは「反応がとてつもなく早い」という特徴があります。このスピード感に慣れてしまうと、人間同士の「返事に時間がかかるのは当たり前」という関係に、逆にストレスを感じてしまうかもしれません。
実際、現代ではLINEなどを使った連絡において「すぐに反応がないと不安になる」「既読スルーに傷つく」といった声がよく聞かれます。生成AIの即時応答に慣れた結果、こうした傾向がさらに強まり、人間とのやり取り自体が煩わしく感じられてしまう未来も、ありえない話ではないと思うのです。
実は、これは「未来」の話ではなく、実際に起こりつつある変化かもしれません。
というのも、2025年現在でも、自分で文面を考えるのではなく、「生成AIにメールを書いてもらう人」が増えてきたようです。それが好意を持った人へのメッセージの場合もあるようですし、謝罪メールなどの場合もあるようです。
またX(旧Twitter)上では、「XのAI機能であるGrokを通して勝手にファクトチェックを押しつける」という行為まで始まっているようです。つまり、人間と人間の間を、生成AIが「仲介する」ことが普通のこととなってきたのです。
■思い通りにならない経験こそ学びの場
最近、学生から「二週間、親が留守だったけど、ずっとChatGPTと話していられてけっこう楽しかった。友だちに電話することもなかった」という声を聞き、衝撃をうけました。
「いつもユーザーに寄り添った回答をくれる」という心地よさは、生成AIの強みとして、さらに世の中に広がっていくでしょう。ですから、この「対話相手として生身の人間が面倒くさくなる問題」はなおさら深刻です。
この懸念に対して、一つの明確な処方箋となりうるのは、子どもの頃から、「人間同士でちゃんと向き合うことの大切さ」を、実体験を通して育んでいくことだと思います。
生成AIとのやりとりは楽で心地よいものです――そう設計されているのですから仕方ありません。それに比べて、生身の人間同士の会話には、「気まずさ」「すれ違い」「思い通りにならないもどかしさ」などがつきものです。
しかし、そうした「思い通りにならない経験」を乗り越えてこそ、他者を理解しようと努力する力が育つのだと思います。
「人間とのやりとりこそ、人生にとって、かけがえのない学びの場である」という感覚を子どもたちの心にまず植えつけることが、これからの「生成AI時代」に重要になると思います。

■ピッチングマシーンのように使うのはどうか
こちらはアンケートで寄せられたものではないのですが、興味深い意見をお聞きしましたので、紹介いたします。

その方は高校の英語教育に関わっている方で、私たちと同じく生成AIには慎重な立場なのですが、「高校生が自分の英語能力を磨くために、バッティングセンターに置いてあるようなピッチングマシーンのように使うのは悪くないのでは」とおっしゃっていました。
たしかに、生成AIには「いつ」「どこでも」「どれだけの量」相手してもらっても文句を言わない、という性質があります。
ですので、ピッチングマシーンというのは良い喩(たと)えだと思います。
ただし、ピッチングマシーンを相手にしているだけで野球の能力全体が向上するかというと、そうではないでしょう。バッティングの練習にはなるでしょうが、走塁や守備の力は伸びません。

■生成AIはあくまでも機械でしかない
さらには、ピッチングマシーンで練習ばかりしていると、かえって変な癖がついて、人間のピッチャーへの対応能力に悪影響を及ぼす可能性だってあります。
つまり、「ピッチングマシーン=野球のすべて」というのが誤解であるのと同じように、「生成AIとのやりとり=コミュニケーションのすべて」というのも誤解なのです。
そして、ピッチングマシーンに慣れすぎてしまうことで弊害が起こりうるのと同じように、生成AIとのやりとりだけに慣れてしまうことにも危険が伴いそうです。
あくまで「生成AIは機械でしかなく、それがコミュニケーションのすべてではない」という認識があれば、ピッチングマシーンとしての使用は悪くないかもしれません。ただし、子どもにその認識が保てるのかは不安なところがあります。
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川原 繁人(かわはら・しげと)
慶應義塾大学 言語文化研究所教授
1980年東京生まれ。1998年、国際基督教大学入学。2002年、マサチューセッツ大学言語学科大学院入学。2007年、同大学院より博士号取得(言語学)。卒業後、ラトガーズ大学にて教鞭を執りながら、音声研究所を立ち上げる。2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在、教授。専門は音声学、音韻論、一般言語学。著作『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)、『「あ」は「い」より大きい!?』(ひつじ書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)他。複数の国際雑誌の編集責任者を歴任。
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(慶應義塾大学 言語文化研究所教授 川原 繁人)
