黒木華が熱量をもって打ち込める唯一のこと

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1977年に結成したコーラスグループ「パル」をご存じだろうか。代表曲は、1979年から80年にかけて放送された、桃井かおりさん主演のドラマ『ちょっとマイウェイ』の主題歌「夜明けのマイウェイ」。「残酷な天使のテーゼ」の高橋洋子さんもカバーしたことのある人気曲だ。ドラマは三姉妹が経営する老舗レストランが、コックの引き抜きで経営の危機になるところを、様々な人と人の繋がりで再建していくところが描かれる。もうだめだと思うこともありながら、「人と人の繋がり」が、どれだけ力になるのかも感じさせられる内容だ。

黒木華さんの最新主演映画『アイミタガイ』は、実はこの「夜明けのマイウェイ」が主題歌として使用されている。タイトルの“アイミタガイ=相身互い”とは、「誰かを想ってしたことは巡り巡って見知らぬ誰かをも救い、やがて自分の元に返ってくる」という意味の言葉だ。本作のなかで黒木さんは、親友を失った喪失感を抱える主人公・梓を演じている。そんな彼女の心が徐々にほぐれ、人の想いが連鎖して幸せへとつながる様を描いた、心あたたまる作品だ。

役作りの仕方、心がしんどくなった時の対処法、そして黒木さんが経験した人との縁について語ってもらったインタビュー前編「黒木華がしんどくなったときに電話をかける「相手」」に続き、後編では俳優を続けている理由、心に傷を負った時の行動、主題歌「夜明けのマイウェイ」について聞いていく。

ここまでの熱量を持って打ち込めるものはお芝居だけ

幼少期より演劇に触れ、学生時代に野田秀樹さん主宰のワークショップにも通うなど、早くから演技の経験を積んできた黒木さん。芝居の何が、黒木さんをそこまで惹きつけるのだろう?

「まったく同じキャスティングで同じ作品をすることはなかなかないですし、同じ役をずっとやり続けることもめったにない。作品も役も一期一会。そういうところが、演じていてすごく楽しいんですよね。いろいろな人の人生を疑似体験できるところも楽しいです。

もともと何かに強く執着することがないたちで、振り返ってみても、ここまでの熱量を持って打ち込めているものはお芝居以外にはありません。子どもの頃から本当に好きでした。

人前に出ることは得意ではなかったものの、“誰か”というフィルターを通すと、ちゃんとコミュニケーションがとれる。それもお芝居好きな理由のひとつかもしれません」

海外の公立小学校では「ドラマ」という授業のある国が多い。「役」を演じることで、話すことが苦手な人、コミュニケーションが得意でない人もできるようになったり、役への共感をすることで「想像力」が発達するからだろう。

俳優によって、役柄は自分から遠いほどいいと言う人もいれば、どこかに共通する要素があったほうがやりやすいと言う人もいる。黒木さんは演技者としての自分をどんなふうに捉えているのか。

「それが自分でもわからなくて。どういうやり方をしているのか、自分自身を分析したことがないんです。気持ちの切り替えが早いため役を引きずることもありません。もちろん役とは常に全力で向き合っているつもりですが、演じた役が抜けなかったことは一度もないです。毎回、ただ一生懸命やろうという、それだけですね」

気持ちを整理できるだけの時間

『アイミタガイ』のなかで、梓は世を去った親友の叶海に宛て、メッセージを送り続けている。友人の死を受け入れられないからなのか、もしくは帰ってきてほしいという叶わぬ願いからなのかーー。自分だったらどうするか、考えさせられるシーンだ。

「やっぱり『このメッセージが届いてほしい』という想いが、梓の中にずっとあるんじゃないでしょうか。その気持ちはすごく理解できます。

もう亡くなったとわかっているけれど、それを認めることで崩れてしまう何かが梓の中にあるのだと思うんですね。ましてや人の死は簡単に乗り越えられるものではないだけに、なおさら。

きっとその気持ちを整理できるだけの時間がまだたっていないのでしょうし、叶海のお母さんも同様の理由でスマホを解約できずにいるのだと思います。もしも私が梓と同じ立場になったら、やはり同じように気持ちが整理できるまで待つでしょうね」

傷ついた時は泣いてスッキリします

本作には、いじめ、児童養護施設、戦争など、様々な「人の心に残された傷」が描かれている。人が心に一切の傷を受けずに生きることは難しいが、黒木さんはどのように傷と向き合っているのだろう。

「悩み事もそうですが、結局ほかの人は話を聞いてあげることしかできなくて、決めるのはその人自身。当人に整理する時間が必要なのであれば、つかず離れずの距離感で、でも『一人じゃないよ』という思いで見守っていてあげたいです。

私自身が傷ついた時は友達に甘えてしまいますね。『ちょっと聞いてー! 今日、こういうことで傷ついたんだけど!』と言って(笑)。傷ついたこともムカついたことも、友達に聞いてもらうだけで気が済んでしまうことが多いです。

友達にも話せないほど傷ついた時は……うーん、どうでしょう。昔はよく泣いていました。泣くとスッキリするから。最近は泣くほどしんどいことはないので、その機会もないのですが。おかげさまで毎日楽しく生きています(笑)」

梓の気持ちになって主題歌を歌唱

今回黒木さんは、エンドロールで流れる主題歌「夜明けのマイウェイ」を歌唱している。往年のヒット曲である同曲は、黒木さんの優しい歌声と相まって、悲しみを味わった梓から観る人へのエールのようにも聴こえる。

「主題歌を歌うことは、映画を撮り終わってしばらくしてから聞きました。言われた時は『ええっ、私が歌うの!? どうしよう!』と慌てました。私は歌手ではないですし、プロのミュージシャンでもないですから。

歌唱指導をしてくださった先生はもともと指揮者として活動されている方なんですが、その方が最初は『ちゃんと音を取って、音に正しく』とおっしゃっていたんですね。

でも途中で、『黒木さんは役者さんだから、歌詞の意味を踏まえたうえで、ご自身が演じた梓の気持ちになって歌うのがいいですよ』と言われて。それ以降はちょっと気持ちがラクになり、なんとか歌いきることができました。とても素敵な曲ですので、耳を傾けていただけたら嬉しいです」

黒木華

1990年、大阪府出身。2010年、NODA・MAP 番外公演「表に出ろいっ! 」でデビュー。『小さいおうち』(14)で第64回ベルリン国際映画祭銀熊賞を日本人最年少で受賞。そのほか映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)『日日是好日』(18)『浅田家!』(20)『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21)『せかいのおきく』(23)『青春18×2 君へと続く道』(24)、ドラマ「凪のお暇」(TBS/19)「イチケイのカラス」(CX/21)「僕の姉ちゃん」(TX/22)大河ドラマ「光る君へ」(NHK/24)など幅広く数多くの作品に出演。映画『八犬伝』(24)の公開が控える。

黒木華がしんどくなったときに電話をかける「相手」