第2のカメ止め!奇跡の自主映画「侍タイムスリッパー」快進撃 単館から全国283館まで拡大
9月に単館でスタートした映画「侍タイムスリッパー」が、全国283館まで拡大し、快進撃を続けている。インディーズ作品、口コミによるヒットなど共通項が多いことから、2018年に興収30億円以上をたたき出した「カメラを止めるな!」の再来とも叫ばれる。脚本、撮影、編集など11役以上をこなした安田淳一監督は、撮影終了時の所持金が6250円しかなかったことも話題。人生を賭けた情熱に東映京都撮影所の職人たちが呼応し、巻き起こった奇跡のストーリーを辿る。
幕末から現代にタイムスリップした会津藩の侍が、時代劇の“斬られ役”となるコメディ「侍タイムスリッパー」が評判だ。“第2のカメ止め”と呼ばれ、拡大上映されるや興収5・1億円を突破。侍タイ(さむたい)旋風の源流を辿ると、舞台裏も笑いあり涙ありと映画さながらだった。
2017年に京都の映画祭で行われた時代劇の企画コンペ用に構想した物語が原型。コンペは落選したが、30分のドタバタコメディだったものをブラッシュアップし、1年かけて脚本を制作した。劇中の殺陣師は、日本一の斬られ役と呼ばれた福本清三さんを念頭にし、脚本も渡していたが、21年に逝去。安田監督は「福本さんがいらっしゃられないなら、やっても仕方ないと思った」と振り返るが、翌22年、事態は動く。
福本さんの関係者に呼ばれ、東映京都撮影所を訪れると、小部屋に美術部や衣装部の職人たちがずらりと揃っていた。生前の福本さんが「侍タイ」を気にかけていたことから、どうにか映像化できないかと話が進んだ。
当時を振り返り、安田監督は「難しい顔をされていたベテランの美術の方が『これは自主映画?本来ならお金がかかりすぎるから反対する。でも、ホンが面白いからどうにかならへんか?』と言って下さった」と説明。撮影の少ない夏場の撮影所を使い、刀もかつらも100以上を相場より安く借してくれた。それでも製作費は2500万円。貯金を切り崩し、愛車のスポーツカーを売って、工面した。
念のため別の撮影所の見積もりもとったが、金額は10倍以上したという。「いかに破格の値段で受けてくれたか。人に言うと『東映京都っぽいなぁ』と言われます。足を向けて寝られないですよ」と感謝は尽きない。
撮影終了後、さまざまな請求書に対応すると、貯金残高は6250円。「そのときは『セーフ!』と思ったんですけど、1週間後に別の請求書が何十万ときて、結局はクレジットカードのキャッシング機能で払いました」。文化庁からの600万円の補助金が怪しくなったときには必死の交渉でなんとかこぎ着けた。
もともとは映像制作会社で結婚式の映像などを作っていた。「侍タイ」でも1人11役以上を担当しているが、それは当時も同じ。撮影、編集、イベントの企画、演出など、何でも屋だった。
師匠にあたる当時の社長からの言葉が原点。「平安神宮の結婚式の映像を撮るんですけど、師匠から『いい映像を撮るのがプロじゃなくて、お客さんが見たい映像を撮るのがプロやで』と結構、しっかり教えられたんです。参列者が横切っていくだけの映像を師匠は2分くらい使う。『10秒でええのになぁ』と思って聞いたら『安田くん、カットとしては10秒でええねんけど、あのおっちゃん元気でやってるんやなぁとかみんなが盛り上がるところだから、ここは長回しせなあかんねん』って。映像は自分じゃなくて、お客さんのためのものだっていう教えは、今も生きてます」。
現在は米農家との二刀流。次回作の構想もあるが「人生をかけるような撮り方は本当にしんどいんで、もうね、自分のお金で撮るのは勘弁してほしいです」と笑う。
「ふと思うんですよね。スタッフやキャストに恵まれ、口コミで広げていただいて、いろんな方の助けと幸運がないと、ここまでいかへんなって。とてもドヤ顔する気分には到底なれないです」。上映館は300以上に広がる予定で、奇跡の物語は続いていく。