東海エリアのソウルフード的な存在だ(写真:筆者撮影)

「スガキヤ」

東海三県に住んでいる人、住んでいた人なら知らない者はいない東海エリアのソウルフード的な存在だ。逆に首都圏に住んでいる人からすると、名前を聞いたことはあるが行ったことがないという人も多いかもしれない。

それもそのはず、「スガキヤ」は現在約260店を展開しているが、そのうち愛知県が163店、岐阜県が約40店、三重県が約30店(2023年7月現在)という東海地方に特化したラーメンチェーンなのである。

最盛期には関東でも約50店を展開しており、東京都内にもお店があったが2006年に完全に撤退しており、現在は関東地方で食べることができない。北陸地方にもあったが、2020年で完全撤退している。

東海三県で安いラーメン店といえば「スガキヤ」

「スガキヤ」といえばまずは「安い」というイメージが強い。全国的に見ても「安い」というイメージのラーメンチェーンは「スガキヤ」「日高屋」「幸楽苑」ぐらいではないだろうか。

【画像7枚】「今でもラーメンは430円」「ワンコイン未満」のスガキヤ。そのメニューと、貴重な過去の写真

「日高屋」「幸楽苑」のない東海三県からすると、安いラーメン店といえば「スガキヤ」一強となる。


(写真:筆者撮影)

「スガキヤ」の特徴はラーメン専門店ではないということだ。あくまで“ラーメン”と“甘味”のお店。コンセプトは今でも変わらない。

「スガキヤ」に行くと、ラーメンを食べている人とソフトクリームを食べている人が共存していて、これはなかなか他のラーメン店にはない絵である。


(写真:スガキヤ提供)

これは、「スガキヤ」の創業時に遡る。「スガキヤ」は1946年に名古屋の栄で誕生した。この時はラーメンは提供しておらず、甘味のお店だった。当時はお店の屋号もなく、「甘党の店」と呼ばれていたという。

その2年後、お茶だけでなくお店で食事もしてもらおうということでラーメンを提供し始め、「寿がきや」という屋号が付いた。この頃から「ラーメンとソフトクリームの店」というコンセプトで、七十数年にわたり令和の今日まで営業を続けてきている。当時の看板の写真を見ると「SWEET FOODS&RAMEN」とある。

「『スガキヤ』はそもそもラーメン屋という枠では考えておらず、お客様にはファストフード感覚で使っていただく考え方です。常に低価格で気軽に食べられることを大事に営業してきました」(スガキヤ 広報担当)

創業当時から「安い」ということが根底にある営業スタイル。これはすごい。まさに昭和の町中華などにも通ずるような考え方だ。

今年、初めて400円台に


(写真:スガキヤ提供)

ラーメンの価格は1948年当時で20円。今から10年前の2014年時点でも300円で、そこから300円台の時代が続き、今年3月21日に390円から430円に値上げし、初めて400円台になった。

ここ数年は原料価格の高騰や人件費の問題で毎年値上げを余儀なくされてきたが、そのたびに落胆の声がネットから聞こえてきたという。

常連客からすると「コーヒー一杯の価格でラーメンが食べられるお店」というイメージがついており、派手な値上げはできないのだという。400円台に上げること自体も相当な勇気が要ったそうだ。


(写真:筆者撮影)

安く提供するためには、経費の削減は必須である。その象徴のような存在が「ラーメンフォーク」である。ラーメンフォークはスプーンとフォークが合体したもの。スプーンの先にフォークが付いているという、他で見たことのない形状の食器である。

これが生まれたのは1978年。創業者の菅木周一氏が、当時毎日大量に捨てられている割り箸を見て、これはもったいないと立ち上がり、開発したのだという。

森林伐採の問題なども叫ばれていて、環境保護の観点から開発されたものだが、一方でこのラーメンフォークは「ケチ」から生まれたものとも言われている。とにかく経費を削減し、ラーメンを安く提供するための汗と涙の結晶なのである。

『なぜ、人はスガキヤに行くとホッとするのか?』の著者・高井尚之氏は、モノ不足の時代に育った当時の経営者には、「ケチ」が信条だった人が一定数おり、「スガキヤ」もそうだったに違いないと分析する。


(写真:筆者撮影)

正直、このラーメンフォークでは麺を食べづらく、結局箸を使う人が増え、ラーメンフォークはレンゲ代わりになってしまった。2007年に形を改良したものの、お店に行くと箸を使っている人が大半だ。

今は洗い箸が使えるようになったことでエコの面を考えても解決したが、ラーメンフォークは「スガキヤ」の象徴として今も残っている。そして、箸を使えない子どもたちには好評だという。

低迷期はほとんどない。その理由は?


(写真:筆者撮影)

このように低価格で営業を続けてきた「スガキヤ」だが、実は低迷期はほとんどない。さすがにコロナ禍は売り上げが低迷したが、その後回復し、2023年度は約114億円とコロナ前の業績を上回っている。

スガキヤが低価格でやってこられた理由は?

長く低価格でやってこられた理由を「スガキヤ」はこう分析している。

・完全地元密着
・毎週のように通ってくれるリピーターが多い
・宣伝しなくても自然にお客さんが来ていた

前述したとおり、ほとんどのお店が愛知・岐阜・三重に集中しており、このエリアに住む人々にとっては日常に溶け込んだ当たり前の存在になっている。


ショッピングセンターやスーパーマーケットのフードコートを中心に出店しているので、席数も無限にあり、ラーメン店特有の席の回転に縛られないのも大きい。安いので学生も多く利用し、週末はファミリー利用も多く、自然にお客さんの集まる形になっている。

逆に首都圏でうまくいかなかったのは、圧倒的な認知の違いであろう。黒字経営の店もあったが、首都圏では「日高屋」や「幸楽苑」と戦わなくてはいけなくなる。

首都圏では、“ラーメン”と“甘味”の店としての「スガキヤ」が認知される前に完全な価格競争になってしまうだろう。一度挑戦をしたが、スパッと撤退していることも潔いと感じる。

なかなか他エリアにはない稀有な存在である「スガキヤ」。これからも独自の道を歩み続ける。


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)