全米が注目したビーバーのニビ(ニューハウス野生動物保護センター公式Instagramより)

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「生まれた場所」に戻せば1年も経たずに命を落としてしまうだろう――。大統領選が間近に迫った米国で、「生まれ」と「育ち」に関する法廷闘争が勃発した。ただし、訴訟の主役は2歳のビーバー「ニビ」だ。「野生に戻せ」という当局の指示に訴訟で対抗した経緯が、米国内外で大きなニュースになっている。

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生後およそ1週間、体重500グラム足らず

 事の発端は2022年5月、米マサチューセッツ州が大雨に見舞われたことだった。州の認可施設であるニューハウス野生動物保護センターは、雨上がりの路肩で生後およそ1週間の赤ちゃんビーバーを発見する。無傷だったものの、体重は500グラム足らずだった。

全米が注目したビーバーのニビ(ニューハウス野生動物保護センター公式Instagramより)

 発見場所の近くにビーバーの巣があったことから、センターは野生に戻そうと親の出現を待った。だが、数度のチャレンジは実らず、一時的な保護を余儀なくされる。保護した野生動物をできるだけ早く野生に戻すためのセンターではあるものの、赤ちゃんビーバーは野生の生き方を学ぶ前。無理に放しても生き延びられる保証はなかったからだ。

 赤ちゃんビーバーをニビと名付けたセンターは、野生の生き方を学ぶ“友達”として他の保護ビーバーを探した。やがて数匹の友達候補がやって来たものの、ニビは“他人”ならぬ“他ビーバー”をすべて拒否。骨折で保護されたウサギとの関係が円満なことなどから、ニビが嫌うのはなぜかビーバー限定とみられている。

「野生に戻せ」という当局のお達し

 ビーバーの友達はできなかったニビだが、人間のファンは日に日に増えていった。よく食べよく遊ぶ姿がSNSで人気を集めたからだ。茶色の毛に覆われたずんぐりボディや、口の端が少し上がって微笑んでいるように見える顔など、そのアイドル性は確かに十分。他の野生動物も大変愛らしいが、ニビの“SNS映え”は一線を画している。

 当然のようにニビがセンターの看板動物となった頃、今年6月に州当局から「健康なニビを野生に戻せ」というお達しが届いた。とはいえ、ニビの“ビーバー嫌い”は筋金入りで、野生の生き方を完全に習得できていない。

 センター代表のジェーン・ニューハウスさんはメディアに対し、ニビを教育動物とする認可申請が却下された後、野生に戻せという通知が届いたことを明かした。また、「当局の誰もこのビーバー(ニビ)に会ったことがない」そうで、すなわちニビの現状を把握していない状況での判断だったのだ。

州知事の介入でスピード解決

 それでも当局は10月1日にニビを引き取り、人から離れた適切な生息地に放すと通知した。埋まらない溝を前にしたセンターは、弁護士を介して裁判所に緊急差し止め命令を申請。裁判所は審議を4日に行うとした上で、完全な審議が行われるまではセンターに留まってよいとの判断を下した。

 並行してSNSでも抗議の声が沸き起こり、ニビの「不必要な移動」に反対するオンライン署名は1日の開始当日に1.2万人分を集めた。マスコミも注目し始め、ついに州のトップが大胆に「介入」する。州知事のモーラ・ヒーリー氏は審議前日の3日、ニビを教育動物とする許可証の発行を発表した。

 一件が表面化してから1週間程度の超スピード解決。米国内外で多数のメディアがこれを報じる様子からは、「良心の存在」を信じたい意志のようなものが感じられる。対してSNS上では、不況で路頭に迷う人間たちについて「彼らはどうなるのか」とする投稿もあった。大統領選や世界情勢の混迷で殺伐とした雰囲気が漂う今だからこそ、ニビの美談は示唆に富んでいるともいえるようだ。

デイリー新潮編集部