1970年に発売されたロングセラーの日興薬品工業「純製 赤まむしドリンク」(左)と2017年に現代版赤まむしドリンクとして発売した「レッドマムシ」(中)、2022年に発売されたノンカフェインの「レッドマムシライト」(筆者撮影)

筆者はフードカメラマンとしても仕事をしている。コース料理を撮影する場合、テーブルに並べた料理の位置を調整しつつ、高いアングルからカメラを覗かねばならない。脚立への昇り降りを繰り返すため、脚と腰がヤラれてしまう。そんなときに頼りにしているのが栄養ドリンクだ。

この日は朝から晩まで2日間、泊まりがけでの撮影だった。現場へ向かう途中でその日の昼食と飲み物、そして栄養ドリンクを買おうと思い、コンビニに立ち寄った。栄養ドリンクの棚を見ると、異彩を放ちまくっている商品があった。

赤まむしドリンクがレッドマムシに進化していた?

志村けんと研ナオコによる伝説の夫婦コントに登場する栄養ドリンク「赤まむしドリンク」が鎮座していたのだ。と書いても、意味がわかるのは50代以上の方だと思う。若い世代の方は「志村けん 研ナオコ 赤まむし」で検索してみてほしい。


日興薬品工業の赤まむしドリンク「純製 赤まむし 黒」1本130円。※日興薬品工業の楽天市場の価格(筆者撮影)

研ナオコボイスの「赤まむし〜」を脳内再生させながら4本の赤まむしを買い物かごへ入れた。2日間で朝と昼すぎに1本ずつ飲むという計算だが、スタミナ補給に効果があるかはわからない。

そもそも赤まむしドリンクは製薬会社が販売するリポビタンDやチオビタドリンク、アリナミンVなどの医薬部外品ではなく、効果や効能を謳うことのできない食品、清涼飲料水である。筆者としてはハードな現場で気合いを入れるための、いわば景気づけの意味合いが強いので、医薬部外品かどうかは問題ではないのだ。

【画像】2017年に発売されたレッドマムシ、日興薬品工業本社社屋とレッドマムシのキャラバンカー、美容成分を配合したドリンク、GABAを用いたドリンク、免疫力を高めるドリンク、カフェインゼロのレッドマムシライトなど

購入した赤まむしドリンクのラベルを見ると、製造者に日興薬品工業と記されていた。しかも、本社があるのは筆者が暮らす愛知県。親近感が湧き、ネットで調べてみたところ、とんでもない事実を知った。

赤まむしドリンクが現代版として進化し、エナジードリンクを謳うラインナップ品が誕生していたのだ。その名も「レッドマムシ」。ロゴもパッケージもすこぶるカッコ良く、他社のエナジードリンクと並べても遜色はない。これなら若者はもちろん、赤まむしドリンクを知る世代の心もつかむはず。長い時を経て、赤まむしドリンクの大逆襲がはじまったのだ! これは是非、開発者に話を聞いてみたいと思い、電話で取材を申し込んだ。


「レッドマムシ」1本270円。※日興薬品工業の楽天市場の価格(筆者撮影)

「レッドマムシが発売されたのは2017年で、今では店頭販売している所は少なく、ほぼネット通販のみの扱いになっています。それでもよろしければ……」とのこと。興奮している筆者とは裏腹にテンションはかなり低い。どんな事情があるのかは知る由もないが、とりあえず話を聞きに行くことにした。

「高度経済成長期と呼ばれた1955年から1973年にかけて、全国で十数社あったと聞いていますが、さまざまなメーカーから『赤まむし』の名を冠した栄養ドリンクが発売されていました。そのブームに乗ろうと弊社は1970年に創業しました」と話すのは、日興薬品工業営業部部長の梅本啓さんだ。

2000年の薬事法改正で人気は下火に

赤まむしのメーカーとしては後発組だったものの、当時では最新鋭の設備を導入したことで高品質かつ低コストで生産することができたため業界でも一目置かれる存在となった。

ちなみに静岡県浜松市の名物、春華堂の「うなぎパイ」は、1961年の発売当初は青色のパッケージだった。キャッチコピーの「夜のお菓子」に込められた思いも本来は「家族だんらんの時間に食べてほしい」というものだったが、精力剤的な意味に誤解されて客の反応も今ひとつだった。春華堂はそれを逆手に取って、当時売れていた赤まむしのラベルに使われていた赤・黄・黒を基調としたパッケージに変更したところ、爆発的人気となったという。

一方、赤まむしは、1980年代に年間総生産数1500万本を超えて、スーパーやホテル、旅館など販路を拡大した。


日興薬品工業営業部部長の梅本啓さん。レッドマムシの開発にも携わっている(筆者撮影)

「当初は何となく身体に良さそうな飲み物としてお客様に捉えられていましたが、志村けんさんと研ナオコさんのコントに使われたのをきっかけに夜のイメージになってしまいましたね。2020年に志村さんが亡くなって、研ナオコさんとのコントが追悼番組で放映されました。その翌日に赤まむしドリンクの問い合わせをいただきました」(梅本さん)

バブル期になり、1989年の新語・流行語大賞に選ばれた「24時間戦えますか」のキャッチコピーで一世を風靡したリゲインをはじめ、ユンケルやグロンサン、タフマンなど栄養ドリンクは熾烈な競争を繰り広げていた。赤まむしドリンクは大手メーカーには敵わなかったものの何とか生き残ることができた。ところが……。

「2000年の薬事法改正を機に、効果や効能を明記した医薬部外品が赤まむしドリンクと同じ棚に並ぶようになり、とても太刀打ちできなくなりました。2000年代から弊社は自社商品の開発、製造からOEM事業へとシフトしていき、赤まむしドリンクの生産量は最盛期の1/3以下になってしまいました」(梅本さん)

雑誌の企画から誕生したレッドマムシ

2017年に発売されたレッドマムシは、売り上げが低迷する赤まむしドリンクにテコ入れするために開発したのかというとそうではない。タレントの所ジョージがメインキャラクターを務める雑誌、『Daytona(デイトナ)』から赤まむしドリンクのリニューアルプロジェクトを提案されたのだった。

Daytonaにはモータースポーツのチームがあり、レッドブルやモンスターエナジーではなく、日本のエナジードリンクの元祖ともいうべき赤まむしドリンクへのオマージュとして、マシンに赤まむしドリンクのラベルを基に制作したステッカーを貼っていたという。

「海外からエナジードリンクが入ってきたことで、国内の市場状況は大きく変わりました。良質な日本製のエナジードリンクを共同開発して、海外ブランド製品を迎え撃ちたいという思いが伝わってきたのでコラボすることにしました」(梅本さん)


日興薬品工業本社社屋とレッドマムシのキャラバンカー(筆者撮影)

レッドマムシのこだわりを聞く前に飲んでみた。喉を通るときに強烈な刺激がガツンと伝わり、辛口のジンジャーエールをさらに濃厚にしたような味わいが広がる。うっ、喉の奥が焼けるように熱い。赤まむしドリンクは甘ったるい印象があったが、レッドマムシに甘さは皆無。ハードな現場で気合いを入れるのはもちろんのこと、深夜の原稿書きや長距離ドライブなどの眠気覚ましにはピッタリだ。

「刺激にとことんこだわり、しょうがエキスのほか、黒コショウ抽出液も入っています。赤まむしドリンクに使用しているマムシ抽出液や、疲労の原因といわれるアンモニアを解毒させるオルニチンやアルギニンも配合しました。カフェインの含有量は、清涼飲料水製品において100mlあたり120mgと国内最多級です」(梅本さん)

いっさいの妥協を許さず、こだわり抜いて作ったことと、赤まむしドリンクの発売から46年もの時を経てリニューアルしたことで新商品の展示会では問屋やスーパーのバイヤーからも「面白い!」と評判は上々だった。こうして満を持して2017年3月に発売となった。

赤まむしドリンクは会社の歴史そのもの

ところが、いざ蓋を開けてみると、食いついてきたのは50代以上の男性のみで、ターゲットにしていた若い世代からは見向きもされなかった。そもそも赤まむしドリンクを知っている世代は中高年であり、若者にとってマムシ抽出液配合のエナジードリンクは、マムシ酒やハブ酒と同列に受け止められるかもしれない。

「イベントで若い方に試飲してもらおうと声を掛けたのですが、『絶対にイヤ!』と思いきり拒絶されたこともあります。そんな有り様なので、発売したものの半期で棚落ちになりました。今ではほぼネット通販のみの扱いになり、細々と作り続けています。あ、言い忘れていましたが、レッドマムシのパッケージは『チキンラーメン』のキャラクター、ひよこちゃんのデザインを手掛けた中野シロウさんが担当しました。きっと、黒歴史になっていると思います」(梅本さん)


近年発売された美容と健康をサポートする自社開発商品も赤まむしがルーツ(筆者撮影)

栄養ドリンクの用途はスタミナ補給からはじまり、2000年代に入ると、コラーゲンペプチドやヒアルロン酸など美容成分を配合したものや睡眠の質を改善するとされるGABAを用いたもの、シールド乳酸菌で免疫力を高めるものなど多様化してきた。日興薬品工業もオリジナル商品を数多く開発している。


2022年に発売されたノンカフェインの「レッドマムシライト」(筆者撮影)

「無謀にも1年半前にカフェインゼロのレッドマムシライトを開発しました。自社開発商品で利益を生み出すのはもちろんですが、OEM事業におけるサンプル商品としての意味合いもあります。赤まむしドリンクを廃番にすることなく、半世紀以上も製造し続けているのは、すべての商品の原点であり、弊社の歴史そのものだからです」(梅本さん)

以前まで栄養ドリンクが陳列されていたコンビニの冷蔵棚はエナジードリンクやゼリー飲料に大部分を占められ、栄養ドリンクはどんどん隅に追いやられている。しかし、あの茶色い小瓶の蓋を回して開栓し、左手を腰に当てつつ、グビリと一気に飲み干すのが筆者にとってはスタミナ補給の儀式なのだ。誰が何と言おうと栄養ドリンク派を貫き通そうと思っている。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)