「踊る大捜査線」新作公開が示す刑事ドラマの悲喜
平成・令和の刑事ドラマに多大な影響を与えた人気シリーズ(画像:FOD「踊る大捜査線」ページより)
関東地区では9月16日からドラマ「踊る大捜査線」(フジテレビ系)が再放送され、平日午後ながら連日SNSをにぎわせていました。
さらに9月28日から11月16日にかけて過去の映画全4作とスピンオフ映画「容疑者 室井慎次」を一挙放送。映画全4作の地上波一挙放送や、最新リマスター版(4Kリストア版)の地上波放送は初めてであり、TVerやFODでの無料配信も含め、同シリーズのファンを喜ばせています。
映画全作の地上波一挙放送のスケジュール(画像:「踊る大捜査線」公式サイトより)
これらの一挙放送はシリーズ新作映画が公開されることを記念したもの。さらに新作は10月11日に「室井慎次 敗れざる者」、11月15日に「室井慎次 生き続ける者」と2カ月連続で公開されるなど、大型プロジェクトです。
「亀山・君塚・本広」トリオが再集結
あらためて振り返ると、「踊る」シリーズは2003年公開の映画「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が観客動員数1260万人、興行収入173.5億円を記録し、20年超が過ぎた今なお邦画実写のトップに君臨。映画シリーズ6本の累計動員数3598万人、累計興収487億円を超えるなど、一世を風靡したシリーズであることは間違いないでしょう。
ただ、ドラマのスタートから27年、映画「FINAL」から12年もの時が過ぎ、さらに今回の映画には主人公・青島俊作と主演・織田裕二さんの名前はクレジットされていません。
それでも「踊る」シリーズの再放送を令和の今、見ることにどんな意味があるのか。ヒットにつながった背景、後の作品に与えた影響、今だから気づく新たな発見などをあげていきます。
まず新シリーズが12年ぶりでも、青島や織田さんがいなくても注目度が高い理由の最たるところは、「プロデュース:亀山千広、脚本:君塚良一、監督:本広克行」のスタッフが再集結することでしょう。下記に3人が手がけた主な作品をあげていきます。
亀山さんは「あすなろ白書」「若者のすべて」「ロングバケーション」「ビーチボーイズ」(すべてフジテレビ系)などのヒットドラマをプロデュースしたほか、「海猿」シリーズ、「THE 有頂天ホテル」「それでもボクはやってない」「HERO」「容疑者Xの献身」などのヒット映画の製作に携わりました。
君塚さんは「心はロンリー気持ちは『…』」シリーズ(フジテレビ系)、「ずっとあなたが好きだった」「誰にも言えない」(TBS系)、「ナニワ金融道」シリーズ(フジテレビ系)、「教場」シリーズ(フジテレビ系)などの脚本を担当。
本広さんはドラマ「アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜」「SP 警視庁警備部警護課第四係」「ナンバMG5」(すべてフジテレビ系)、映画「サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS」「サマータイムマシン・ブルース」「UDON」「少林少女」、アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」(フジテレビ系)などの監督を務めました。
今秋の新作「室井慎次」のように青島以外の登場人物が主人公を務める作品も多い「踊る」シリーズは、織田さんの主演作であることと同等以上に「亀山・君塚・本広トリオの作品」と言っていいでしょう。
(画像:「踊る大捜査線」公式サイトより)
刑事ドラマの定番を覆した脚本
中でも「踊る」を国民的ヒット作に導いた中心人物は、脚本を手がける君塚さん。
ラブストーリーの概念を超えた「ずっとあなたが好きだった」だけでなく、最後までジャンルのわからない作品だった「ラブコンプレックス」(フジテレビ系)、月9ドラマにロードムービーの要素を採り入れた「ホーム&アウェイ」(フジテレビ系)など、これまでドラマのジャンルや放送枠のセオリーをあえて避けるような物語を手がけてきました。
「踊る」シリーズも同様で、それまで放送されていた刑事ドラマの逆を行く、あるいは、別の楽しみ方を見せることを徹底。
しかし、「踊る」シリーズは「ずっとあなたが好きだった」の冬彦さんのような奇抜な設定や展開ではなく、あくまでリアリティを追求するという選択をしました。これこそが国民的ヒット作になったポイントでしょう。
それまでの刑事ドラマは、「主人公をはじめとするカッコイイ刑事たちが犯人を追い詰め、逮捕する」というコンセプトの物語。「主人公が犯人を逮捕するクライマックスでカタルシスを得てもらう」という形が定番化されていましたが、「踊る」は青島が犯人を逮捕するシーンはほとんどなく、本庁(警視庁)に手柄を取らせるようなシーンが目立ちました。
そもそも物語の舞台は本庁の捜査一課などではなく所轄の湾岸署。各エピソードは事件の解決に青島を取り巻く警察の人間関係を絡める形で描かれました。
その人間関係のリアリティと面白さは君塚さんが丁寧に現場取材をしたことの表れであり、しかも青島が元営業マンであることも含め、視聴者が自分に置き換えて見やすいものだったのです。
視聴者は放送が進むたびに「この刑事ドラマはひと味違う」と気づき、青島たちに感情移入しはじめる人が続出。本庁と所轄の格差は、一般企業の本店と支店、主要部署とその他の部署などに置き換えられ、それぞれの刑事が会社員と同じような気持ちで働いていることが伝わり、共感を集めていきました。
「相棒」シリーズとの明確な違い
ここまでの話を整理すると、君塚さんが「舞台、主人公のキャラクター、事件解決の流れなどをそれまで放送されてきた刑事ドラマとは異なるものにした」こと。
しかも、それが奇抜なものではなく、リアリティを感じさせ、自分に置き換えて感情移入しやすいものだったこと。これらが数ある刑事ドラマの中で「踊る」を国民的ヒット作にした理由の1つでしょう。
さらに君塚さんは、「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)などをはじめとする刑事ドラマでよく見られた、刑事の呼び名、カーチェイス、銃撃戦、犯人に情けをかけるなどの定番シーンをことごとく排除。
言い方を変えると、定番を避けるだけでリアリティにつながり、大きな差別化ができるほど、「踊る」放送前の刑事ドラマは偏っていたのです。
君塚さんはそのように刑事ドラマの定番を避けてリアリティを優先させたうえで、ドラマらしいエンタメ要素をプラス。
それは「所轄のノンキャリア・青島と本庁のキャリア・室井慎次(柳葉敏郎)が立場の差を超えた絆を育んでいく」「事件を通して感情をぶつけ合いながら、同じ理想の警察を求めてバディのようになっていく」という、視聴者に「警察はこうあってほしい」と感じさせる熱い関係性でした。
それまでのような刑事のカッコイイ姿ではなく、警察内部の人間模様にスポットを当てた「踊る」シリーズが圧倒的な支持を集めたことで、刑事ドラマというジャンルそのものが一変。逆に「警察内部の人間模様をベースにしながら、どのように主人公たちの活躍を描くか」という観点から制作されるようになり、現在に至っています。
2010年代、視聴率低下に悩まされた民放各局はリアルタイム視聴の多い中高年層を手堅くつかむために刑事ドラマを量産しました。
連ドラ全体の3分の1から半分を占めるクールもある中、その多くで警察内部の人間模様を描いたことで刑事ドラマというジャンルそのものが飽きられ、「踊る」に次ぐ国民的ヒット作は生まれていません。
事件解決や主人公の活躍に加えて警察内部の人間模様も描いた「『相棒』(テレビ朝日系)があるじゃないか」と思う人がいるかもしれませんが、同作は「中高年層を中心に安定した人気を保つことで連ドラシリーズ化する」という嗜好性がはっきりしたタイプの作品。
「コアなファンを満足させる脚本・演出を練る」ことを優先させるなど、「踊る」のようなあらゆる世代の人々に向けた国民的な刑事ドラマとは異なるコンセプトなのです。
「踊る」の影響を受けすぎている?
その意味で2000年代に入って以降の刑事ドラマは「『踊る』の影響を受けすぎている」という感がありました。
警察内部の人間模様に加えて、コメディパートを挿入する刑事ドラマが増えたことも影響の1つ。「踊る」は神田総一朗署長(北村総一朗)、秋山晴海副署長(斉藤暁)、袴田健吾刑事課長(小野武彦)の“スリーアミーゴス”が登場するシーンを筆頭に、笑いを誘い、視聴者に息抜きをしてもらうようなシーンを織り交ぜました。
その成功を受けて以降の刑事ドラマはコメディパートを必須要素のように入れる作品が目立ちます。
特に2010年以降はジャンルを問わずシリアスなムードが続くドラマを避ける人が増え、もともと刑事ドラマは殺人事件を扱うことが多いだけに、コメディパートを入れて緩急をつけることが定番化。
その主な手法は「踊る」と同じようにユニークなキャラクターや会話劇で笑わせるか、家庭や居酒屋での団らんシーンをはさむかの2つですが、やはり「『踊る』の影響を受けすぎて偏っている」と感じさせるところがあります。
だからこそ逆に「太陽にほえろ!」「西部警察」(テレビ朝日系)、「あぶない刑事」(日本テレビ系)などのようなリアリティよりエンタメ重視の作品。また、笑いをまったくはさまない作品と、逆に笑いに振り切るような刑事ドラマがあってもいいような気がします。
「踊る」シリーズの驚くキャスティング
一方で現在ドラマの再放送を見ていて、「もっと『踊る』の良いところを踏襲してほしい」と思わせるところもありました。それは犯人や事件関係者のキャスティング。再放送されるたびに、SNSには「あの人が出ていたのか」という驚きまじりの声があがり、ネット記事がアップされ続けています。
実際、犯人役では、メジャーになる前の近藤芳正さん、篠原涼子さん、伊藤俊人さん、伊集院光さん、阿部サダヲさん、古田新太さん、宮藤官九郎さんなどが出演。
現在放送されている刑事ドラマの犯人役はすでに知名度のある俳優が多く、「犯人と予測されてしまう」という課題を抱えているだけに、未来への先行投資という意味も含め、「踊る」の再放送から学び直す必要性を感じられました。
また、爆発物処理班の眉田克重を松重豊さん、カバンを引ったくられる中学生を水川あさみさん、室井の部下である捜査員を田中哲司さん、サラリーマンから愛人契約を持ちかけられる女子高生を小池栄子さん、恩田すみれ(深津絵里)に恋する藍原誠治を伊藤英明さん、事件のショックで失声症になる少女を仲間由紀恵さんなどが演じました。
映画版でも木村多江さん、佐々木蔵之介さん、田中圭さんなどが事件関係者や捜査員などで出演するなど、のちに主演や売れっ子バイプレーヤーとなる俳優を次々に発掘。
これら以外でも「『踊る』シリーズを通ってきた」という俳優は多く、今振り返ると令和のドラマシーンにつながる登竜門となった感があります。
さらに山崎邦正(現・月亭方正)さん、篠原ともえさん、つぶやきシローさん、渡嘉敷勝男さん、マキシ・プリーストさん、原ひさ子さん、高木ブーさんなどの何気ないゲスト出演もありました。
令和の今ならXのトレンド入りしそうな遊び心のある仕掛けや芸人の積極起用を幅広く行っていたことも、「時代を先取りしていた」と言っていいかもしれません。
その他でも「踊る」シリーズは、「洋画が優勢だった映画業界の流れを変えた」「テレビドラマの映画化を定着させた」「それによってテレビ局に莫大な収入と影響力をもたらし、低迷のイメージを軽減させた」などと称える声もありました。
再放送と新作公開が「青島待望論」に
12年ぶりの新作公開が報じられたとき、歓喜の声ばかりではなく、「何で今さら」「過去の遺産にばかり頼る」などの否定的なコメントもありましたが、裏を返せば「それだけ特別な作品」ということ。
日本における刑事ドラマ、実写映画の歴史でトップクラスの実績と評判を得た作品なのですから、スタッフとキャストが健在で制作できる限り、続けない手はないのです。
同じく1990年代にスタートした刑事ドラマでファンの多い「古畑任三郎」(フジテレビ系)は、脚本の三谷幸喜さんこそ健在ですが、主演の田村正和さんが亡くなったことで続編の制作が難しくなりました。
一方、「踊る」シリーズは前述した3人のメインスタッフも、織田さんや柳葉さんも健在。「今秋の柳葉さんが主演を務める『室井慎次』が成功すれば、織田さんの『青島俊作』が実現するかもしれない」という夢につながっていきます。
だからこそファンは今秋の新シリーズを歓迎していますし、「再放送を視聴し、劇場に足を運ぶことがスタッフや織田さんへの“青島待望論”につながる」と思っているのではないでしょうか。
国民的なドラマだからこそ、若い世代を中心に「『踊る』は知ってはいるけど見たことがない」という人がターゲットに入りやすいこと。現在放送されている刑事ドラマに刺激を与えることなども含めて、過去作の再放送や新シリーズの公開はさまざまな意義を感じさせられます。
(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)