リアル・トラウム、Bunkamuraオーチャードホールへの道【Vol.5】3大テナーから、IL DIVO、LE VELVETS、 そしてREAL TRAUMへ

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ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴ、3人の世界を代表するテノールたちが集い、「3大テノール(原語的には3テナーズ)」を名乗って初めてコンサートをしたのが、1990年のことである。FIFAワールドカップの前夜祭として、ローマの遺跡=カラカラ浴場において開催されたのだ。まさに日本はバブルの最盛期であり、平成に突入したばかり、世界のトップテナー3人が集うという、ある意味バブリーなこの企画は、人間の声の魅力による最高のエンターテイメントとして、世界を席巻した。日本では96年に旧国立競技場を会場として、7万5千円という高額なチケットが飛ぶように売れたのだ。さらに99年にはなんと東京ドームでの公演も行い、クラシックという枠組みをはるかに超えたエンターテイメントとして輝かしい歴史を刻んだのである。ベルカント唱法を使って、朗々とクラシックやポピュラーの名曲を圧倒的な迫力で歌うと言うスタイルの魅力は、オペラやクラシックと違った新しいエンターテイメントとして世界中を魅了したのである。

3テナーズ公演は2003年を最後に終わるのだが、それと交代するように同じ年に結成されて、2004年に燦然と音楽シーンにデビューしたのが、IL DIVOであった。テナーにバリトンも加えた4人の声楽家たちで構成され、クラシック音楽の声楽メソッドでポピュラー音楽を歌うという、「クラシカル・クロスオーヴァー」というスタイルを確立し、自分たちの音楽をポペラ(ポップ+オペラ)と呼んだ。04年のデビュー作『イル・ディーヴォ』で全英1位、その他25か国以上でチャート5位以内に入り、一躍人気グループとなった。2006年発売の第2作目『アンコール』も成功を収め、同年のFIFAワールドカップのテーマソング「タイム・オブ・アワ・ライヴズ」も大人気となり、2試合の会場でトニー・ブラクストンとともに歌った。三大テノールもIL DIVOもワールドカップとの関連の中で、その存在感を発揮したのは偶然の一致なのだろうか。ラテン世界で人気の歌唱スタイルとラテン世界で人気のサッカーというスポーツが結びついた時の祝祭感みたいなものが、この両ユニットを世界的なエンターテイメントに押し上げた原因のひとつなのかもしれない。また、3テナーズが20世紀的なエンターテイメントの完成形だとするならば、21世紀の新しいスタイルとして登場したのが、IL DIVOだったのかもしれない。

2016年春のジャパン・ツアーでは、最終公演の会場である日本武道館公演はソールドアウトになり、追加公演までも設けられた。2021年、カルロス・マリンが新型コロナウィルスの感染によって死去。2022年からは暫定的にスティーヴン・ラブリエが後任のバリトン担当として入り、ツアーも一緒に回っていたが、2023年に正式にメンバーとして加入し、現在は20周年のアニバーサリーツアー中である。

IL DIVOが世界を席巻し初来日で国際フォーラムAでの全6公演(3万人動員)を売り切った翌年2008年結成されたのが、LE VELVETSであった。クライスラー&カンパニーや葉加瀬太郎を世に送り出したプロデューサー=ロビー和田が「音大出・身長180㎝以上」を条件にオーディションで選び抜いた5人、宮原浩暢・黒川拓哉(バリトン)・佐賀龍彦・日野真一郎・佐藤隆紀(テノール)で結成された。彼らに先立って、06年にはすでに“あの”山崎育三郎と田代万里生を擁するエスコルタや、THE LEGENDなどが結成されていたが、早々に山崎が脱退してエスコルタは解散したりする中で、LE VELVETSは地道な活動を経て11年ごろからメジャーな存在となり、12年にワーナー、15年にはエピックレコードからCDもリリースし、ついにBunkamuraオーチャードホールで3連続公演を売り切って、人気の頂点を築いた。この頃、まさに和製IL DIVOとしてのポジションを確立したと言って間違いないだろう。ところが、17年に黒川が脱退、グループ活動を一時休止し、18年に活動再開するものの、21年には佐賀龍彦が脳梗塞でツアー直前に活動休止した。22年に佐賀は徐々に復帰するものの、完全な復調には至らず、残念なことに9月21日の大阪公演をもって4人での活動は最後となるようだ。一時代を築き、独自の世界を提示してきたグループだけに惜しまれる。いつの日か佐賀が復調して、活動再開することを祈りたい。

それでも、クラシカル・クロスオーヴァーの男性ヴォーカル・ユニットの系譜は途切れることはない。昨年2023年に浜離宮朝日ホールでデビュー公演を果たした、リアル・トラウムというグループの人気が急伸長している。1周年記念の浜離宮は早々に売り切り公演となり、なんと25年2月16日にBunkamuraオーチャードホール公演を発表した。LE VELVETSがオーチャードにたどりついた年月の長さを考えると、このグループの成長の速さには目を見張るものがあり、IL DIVO並みのスピードと言えるかもしれない。ウィーン市立音楽大学でオペレッタを学び、メルビッシュ湖上音楽祭に参加するなど国際的なキャリアを歩むテノールの高島健一郎をリーダーとして、東京芸術大学を卒業した同門の声楽家たち4人が集ったユニットであるが、高島以外には、ミュージカル畑で活躍する杉浦奎介と新国立劇場の研修生出身の鳥尾匠海と言う2人のテナー、二期会に属しオペラの世界で活躍するバリトン堺裕馬、この4人によって、ドイツ語で「夢を実現する」といった意味のグループ名通りに実績を積み上げてきたと言えるだろう。筆者は、一年前のデビューコンサートも今年のものも見る機会があったのだが、完全に別のグループのように成長を遂げていた。その人気を背に自信に満ち溢れ、そのパフォーマンスはすでに風格すら漂うほどであり、間違いなく世界のクラシカル・クロスオーヴァーのトップグループのひとつであると感じさせられた。

キャラクターが四者四様でヴァラエティに富んでいるのは、IL DIVOやLE VELVETSと同様であるのだが、これまでのグループがイタリアやラテンにレパートリーの中心であったのに対して、高島がウィーンで学び今年もドイツの歌劇場でレハール44公演に乗ることからも分かる通り、リアル・トラウムはドイツやウィーンの香りがレパートリーからも漂う。レハールの名曲「君は我が心のすべて」をグループのシンボル・ソングのように歌い続け、シューベルトの歌曲「魔王」を4人で役を歌い分けてみたりと、これまでのグループになかったレパートリーの掘り起こしをしている。もちろん、「誰も寝てはならぬ」や「オ・ソレ・ミオ」といった三大テナーから脈々と続くレパートリーもきっちりとおさえてはいる。また、メンバーの多くがYouTubeチャンネルを各々もち、SNSでの映像展開など個人での活動も充実させていることも、新しい時代のクラシカル・クロスオーヴァーの到来を感じさせてくれる。グループのチャンネルの動画「千の風になって」は111万再生を記録したり、メンバーの鳥尾匠海のショート動画で「鬼のパンツ」を歌ったものはなんと333万再生を記録し、YouTuberとしての活躍も見逃せないものとなりつつある。

事前に関係者から「実は来年早々にオーチャードホールでやるんです」と聞いたとき、少し心配になったのだが、7月20日のコンサートを見たときにそれは杞憂であると確信した。2025年2月16日には満席のオーチャードホールで歌うリアル・トラウムを目撃することになるだろう!

文=神山薫