Image: Sutterstock

年末に向けたAppleの発表会。これは先週のことだから、製品に関するさまざまな情報を端から端まで見ていると言う方もいるだろう。

Proではない無印iPhoneのカメラ配置が少しだけ変化した外観。写真だけでは違いがわからないAirPods。毎年買い換える必要がないようにも見えるApple Watch。

関心を失っている方もいるかもしれないが、今年のAirPodsとApple Watchは注目に値するし、iPhoneも買い換えタイミングを迎えたユーザーに魅力を提供していることは確かだ。

AirPodsファミリーとApple Watchファミリーがグローバルで記録的なセールスを続けているからといって、この2つはiPhoneとセットでその輝きを放つ。やはり秋の主役はiPhoneに違いない。

今年のiPhoneは、カメラの操作性を大きく高める仕掛け「カメラコントロール」を搭載し、特にiPhone 16に関してはiPhone 15 Proに匹敵する機能性を獲得して、先代のiPhone 15に対して大きく魅力を高めた。

昨年よりも何が進化したのか?スマホを買い換える際に、iPhone以外を選ぶべきなのか、それともiPhoneを選ぶべきなのか? 毎年、この時期に決まって考えるテーマだが、正直に言えば今年も内蔵カメラのアップデートを評価することになるとは思いもしなかった。

Appleは、“買い換えるなら最新のiPhone”とささやくように、ラインナップを整えてきた。今年もその点は同じだが、少しばかりいつもと異なるところもある。 操作性の面で、大幅な見直しをかけることでカメラとしての魅力を高めているからだ。

これまでのiPhone

必要以上に褒め称えるつもりはないが、AppleはiPhoneを毎年、世界で最も魅力的なスマートフォンに仕上げている。

カメラの数や搭載するレンズのスペック、折り畳み型などユニークな存在の製品もあるが、変化球や先鋭的なアイディアは使わず、真ん中への直球で勝負するのがAppleだ。

そうして発売された最新のiPhoneと、毎年もっとも競合するのは、それ以前に発売されたiPhoneになる。ご存知の通り、Proモデルはその年の“最先端”として1年でお役御免(販売終了)となるが、無印のナンバーシリーズは、年式ごとに少しずつ値下げされ、「お手頃モデル」の役割を担う。たとえば今年もiPhone 14とiPhone 15は、ラインナップに残されている。

最新OSさえ動いてくれるiPhoneでいい、という方にはSEモデルも存在する。

“無印”が魅力的な16世代

仕様選択の幅を絞っているとはいえ、Appleは自身の製品を超え続けなければ、新しい需要を生み出せない。

もちろん今年も内蔵カメラの性能は進化している。 最上位のProモデル、すなわちiPhone 16 Pro/16 Pro Maxは広角カメラだけではなく、超広角カメラも4800万画素Fusionカメラになった。

Fusionカメラは、それぞれのレンズの2倍望遠までをクリアに1200万画素で撮影できるため、超広角カメラの画像をクロップして生成するマクロ撮影の画質が大きく向上する。このこととオートフォーカスの合わせ技で、近接撮影の表現力が大きく上がった。Proモデルは望遠レンズの有無が無印とのもっとも大きな違いと思いがちだが、実はここが一番の違いかもしれない。

また、昨年は15 Pro Maxのみだったプリズムを使った5倍ズームカメラは、今回はiPhone 16 Proにも搭載される。

毎秒240フレーム撮影が可能なスローモーション撮影機能なども考えれば「やっぱりProモデル」と思うかもしれないが、今年はiPhone 16の方が昨年モデルからのアップデート幅は大きい。

超広角カメラは1200万画素だが、iPhone 15 Pro相当の機能が組み込まれており、オートフォーカスとマクロ機能は無印のiPhone 16でも利用可能だ。メインの広角カメラも、センサーサイズこそProモデルよりも小さいが4800万画素のFusionカメラであることは同じ。

カメラ体験の質は、iPhone 15 Proに近いもので、ほとんどの人にとって満足できるものだ。採用しているSoCがProモデルと共通でApple Intelligenceも利用できる。これならば、iPhone 16/16Plusを選んでも後悔はなさそうだ。

それに無印iPhone 16は、今世代でもっとも大きな写真系アップデートである「カメラコントロール」もProモデルと同様に利用できる。

「カメラ」を操作性のレベルで再設計

カメラを構成する要素にはいくつかある。もちろん画質は大きな要素だ。加えて、カメラ業界では“撮影領域”という言葉もよく使う。

これはとても暗い場所での撮影から、明るい場所までの実効感度の広さ。さらにマクロ領域から超望遠まで幅広くピントを合わせる能力、そして狭い画角から広い画角まで自在に操れる能力。

これまでのiPhoneはこうした部分にフォーカスを当ててカメラの性能を向上させてきた。しかし今年のiPhoneは少し違う。スマートフォンで撮影される場面や被写体などを想定した上で、スマートフォンでのカメラ撮影の操作性はどうあるべきかを検討し直し、設計し直しているからだ。

「カメラコントロール」は、iPhone 16とiPhone 16 Pro共通で利用できる専用コントローラーだ。ボタンと表現されている場合もあるが、厳密にはボタンではない。感圧センサーとTapTicsエンジンを用いた、MacBookのトラックパッドやiPhone 8以降のホームボタンのような仕組みが組み込まれている。

単に圧力センサーとフィードバックがあるだけではなく、静電容量式のタッチ操作が可能になっている。圧力センサーは、いわゆる”半押し”といった操作も可能で、Proモデルでは年内のアップデートで半押しによるAFロック機能が追加されることになっている。フィーリングは的確で、まるでカメラの半押しのようだ。

しかも、カメラユーザーが慣れ親しんだ半押しだけではなく、指のスライド操作で撮影パラメーターのほとんどを操ることもできる。写真の風合い設定であるフォトグラフスタイルを含め、明暗トーンカーブの深さ、ピントの合う範囲、ズーム操作、カメラ切り替え、そして露出補正など、必要な操作を指先だけで可能だ。

どんな設定変更を行うかは“半押しのダブルクリック”という、過去に経験したことがない操作を起点に行うため、ある程度の慣れは必要になるが、一度慣れてしまえば実にサクサクとこだわった撮影ができる。

正直、15世代と16世代の画質の違い、Proと無印の違いといった部分以上に、カメラ操作を再構築し、思い通りの絵作りを行えるようにハードウェアとソフトウェアの組み合わせで作り出した価値は大きいと思う。

この新しい操作性のために、買い換えてもいいと思うほどだ。Fusionカメラ搭載や超広角カメラのアップデートも含め、今年はiPhone 16/16 Plusの魅力、コストパフォーマンスの高さが際立っている。

Appleは、最新技術やコスト上昇を厭わないカメラコントロールなどのアイディアを惜しみなく投入しつつ、過去モデルとの絶妙なバランスを保ちながら製品ラインナップを構築することに今年も成功している。

後継機症候群に陥る前に

結果論ではあるが、Appleが昨年、無印のiPhone 15にA17世代のチップで導入した新しいアーキテクチャーのNeural Engineを導入しなかったのは、iPhoneシリーズのラインナップ構成を次のステップに移行する準備を進めるためだったと見ている。

今年モデルのもう一つの大きな進化軸であるApple Intelligenceを動かすためには、A17の世代で刷新された新しいNeural Engineが必須だからだ。たとえ意図してなかったとしても、価格を引き下げた上で併売となるiPhone 15と最新モデルの間には、“AI搭載”と“AI非搭載”の境目が生まれる。

今年のiPhone 16が進化幅が大きく、お買い得に感じるのは、こうした背景もあると推測するが、このような線引きが設定されたのは、今年ではなく来年の商戦に向けた布石だと思う。たとえApple Intelligenceがなかったとしても、“今年に関して”はいつもと同じようにカメラのアップデートとiOS 18の大幅な強化により、市場から受け入れられただろう。

それは、操作性の革新(カメラコントロール)という別の評価軸を加えたことで、カメラとしての使いやすさを総合的に上げることに成功しているからだ。

光学設計や画質面では、もちろん進化があるものの、その進化は小さなものになってきている。来年も同じように“カメラとしての付加価値を高める”ことを中心に、同様のアップデートを続けることは難しくなるだろう。

型落ちで価格が下がった旧モデルや中古のiPhoneで構わないと感じる人が増えることは、Appleにとって望ましいことではない。そんな“後継機症候群”に陥る前にAppleが打ってきた布石が、Apple Intelligenceとみる。

Apple Intelligenceが軸になるのは来年以降か

さまざまなAI機能がデモンストレーションのビデオと同じように、賢くスムーズに動くことが少ないと感じている人はいるだろう。実際、発表会におけるデモンストレーションと、実際の機能の動作が異なることは少なくない。もちろん内部的にはテストで動作をしているのだろう。

しかし、動作が賢くスムーズなことと、“機能が洗練されたもの”かどうかはまた別の話だ。

Apple IntelligenceはApple自身が認めているようにベータ版である。つまり開発途上であるとともに“試行錯誤をしながら提供している機能”ということだ。さらにベータテストも垂直に立ち上げるのではなく、申し込み制で順次開放していく方式が採用されている。

日本語を含む6つの言語で提供されているが、各言語で現在想定している機能がすべて提供されるのは1年後ぐらいになると、Apple自身がこのApple Intelligenceの紹介の中で書いている。ベータテストの間に、さまざまなユーザからのフィードバックを経て、できることが大きく変化していることも可能性としてはある。

また、6月に発表されたときの情報がそのまま生きているのであれば、Appleは各言語ごとに異なるカルチャーやビジネスマナーを反映した上で、この機能を提供したいとしていた。

これはメールの返信に使う、あるいは何かの定型的なレターを作成する際などには重要な部分だ。

もっとカジュアルな機能、例えばiMessageに使うGenmoji(オリジナルの絵文字を生成する機能)や挿絵に使うイラストの画風に関してでさえ、地域的な好みを反映する必要があると思う。このような調整を行う中で、そもそも予定していた機能の方向性を大きく変える可能性もあり、だからこそベータ版なのである。

おそらく、このままテストを進めた上で、来年の6月のWWDC(開発者向け会議)までにApple Intelligenceの方向性がを定めるといったスケジュールになっているのではないだろうか。つまり本当にAI機能がiPhoneのラインナップ上、重要な年次アップデートの要因になるのは来年秋以降のことになるだろう。

先鋭化していくProモデルの行方

無印がオススメとはいったものの、“Pro”モデルの洗練された仕上がり、極めて高い完成度は、決して衰えているものではないとも思う。ただし、妥協のない設計は高額な値付けも伴う。

Appleの開発、商品企画のメンバーを気遣うわけではないが、その価格に見合う製品に仕上げていくための解決策を見つけなければならない。そんな難しいテーマに挑むAppleを取材することが筆者は好きだが、近年は少々、先鋭化が進みすぎているように感じる。

たとえば、iPhoneを使って写真をセンサーRAWデータで撮影して編集することはなかなか楽しい作業だ。作品としてどのようなルックに仕上げていくか、ちょっとした色の風合いだけでもこだわって、作り上げていくプロセスが楽しい。

動画をProResコーデックで撮影し、さらにLogデータで輝度を記録することで、後から自在にグレーディングを行えることも、それなりの知識は必要になるが、欠かせない機能という人もいるかもしれない。しかし、iPhoneで映画を撮影したいと思う人がどれだけ多いだろうか。

もちろんプロの道具としても利用できるほどにクリエイティブなツールであることが、iPhoneのProモデルの持つアイデンティティとは言えるかもしれない。

こうした機能を駆使した道具としての先鋭化と、誰でも使えるシンプルな製品のイメージ。iPhoneはこれを両立していくことができるのだろうか。今年の発表ではそこが大きな疑問点として引っかかった。

もう10年ほど前のことだが、世界で最も愛されている老舗カメラメーカーの伝説的な開発者と話をした際、彼は「うちのカメラは後継機症候群に陥っている」と後輩たちのことを気遣っていた。

画素数向上と低照度画質の向上は撮影領域を広げてはいたものの、“写真を楽しむ”という本来の目的を見失い、“より高スペックな後継機を作る”ことに集中していることに懸念を持っていたのだ。

その後、そのメーカーは、しばらくの停滞期を迎えた。もちろん。スマートフォンとカメラでは全く違う製品ジャンルだ。しかし、世界最高といわれる製品をより良いものにしていかねばならない環境という意味では似ているとも言える。

Appleは後継機症候群に陥る前、“より良いiPhone”を繰り返すサイクルが続けられている間に、新しい価値創出を目指した。 Apple Intelligenceは、その目論見に見合う完成度にまで成熟できるのか。答えは1年後に出ているだろう。