今夏の報道を徹底検証してみると――

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 生活必需品が買い占められ店頭から無くなるたび「ワイドショーが煽ったから消えた」という言説が登場する。最近もテレビが煽ったせいで店頭から米が消えた、という批判的な記事が週刊誌などで報じられていた。

 映像メディアだから、空になった商品棚などの画を通じ、消費者に与える影響は小さくないことは確かだ。とはいえテレビも反省してきた。これまでの教訓を活かして消費者をミスリードしないよう「伝え方」には注意してきたはずだ。

 はたしてテレビ報道が、店頭から米が消える要因を作ったといえるのか。騒動がひと段落したいま、テレビが米不足をどのように伝えていたのかを詳しく検証してみたい。【水島宏明 ジャーナリスト/上智大学文学部新聞学科教授】

【画像】米を求め…開店前に恥ずかしい「大行列」 パニック購買は防げたはずだ

フジテレビが積極的だった「令和の米騒動」報道

 一部の店で品物が足りないという情報があると「自分の家は大丈夫?」と不安に思うのが人間の心理だ。古くは1973年のオイルショックで、全国のスーパーからトイレットペーパーが消えた。この時は、危機感を抱いた人々が慌て、砂糖や洗剤などにも飛び火し、買いだめが横行した。近年も、2020年のコロナ禍で、トイレットペーパー不足やマスク不足などが発生したことは記憶に新しい。

今夏の報道を徹底検証してみると――

 さて、今回の「米不足」の問題。テレビ報道を追っていくと、これを“令和の米騒動”として報道している局が目立つ。本来の米騒動は、1918年(大正7年)に米価の高騰を受け、全国各地の住民たちが立ち上がって暴動に発展した歴史的な出来事だ。そして1993年(平成5年)に記録的な冷夏により発生したのが“平成の米騒動”で、この時は全国各地の小売店の店頭から米が消えた。政府が備蓄米を用意するきっかけにもなった。これらを踏まえ、今年の出来事を“令和の米騒動”と呼んでいるわけだが、積極的に報道しているメディアがいくつかあった。

 その筆頭がフジテレビだ。フジテレビは夕方のニュース番組「イット!」で、意図的にこの呼称を多用して報道していた。たとえば8月19日の放送では、猛烈な暑さのためにスーパーで米の品薄が続いているとして“令和の米騒動”と銘打ち、大きく報道している。横浜市保土ケ谷区のスーパーで、米を買えてひと安心している女性とのやりとりは、以下のとおりだった。

(米を買った女性)「もしかしたらあるかなと思ったら、あるじゃん!と思って…」

――ご自宅には?

「もう本当にないです。ちょっとしか…。だから今日どうしようと思っていた」

 この女性はふだんネットで米を注文しているが、最近は品切れが続いていたと語る。

 番組では米の高騰を受け、ほかの食品へ切り替える人たちの様子も映し出した。ある女性客は「パスタ、ラーメン、うどん、ビーフンとか、麺類で補うしかない」と語っていた。

 番組では、米不足の理由を「去年の猛暑による不作」「訪日外国人の急増による需要増」など解説し、「この令和の米騒動、いったいいつまで続く?」とスタジオで農水省の見解や米流通専門家の解説を紹介する構成だった。まとめ方としては「9月中旬に新米が出てくれば品揃えが戻る。10月中旬には価格も落ちつく見通し」という論調だ。

 スタジオでは、出演者が、コロナ禍のマスク価格のように、米を「買い込み」してしまう心理もわかると発言し、青井実キャスターが「慌てないで買い占めないことも大切」と注意喚起し、締め括っていた。報道としては「不必要に煽る」ことをせず、視聴者に自制を求める、バランスがとれたものだったと評価できる。

 フジはその後も頻繁に「令和の米騒動」という言葉を使い、米の品薄や高騰などを伝えていた。筆者の記録では、8月25日の「日曜報道 THE PRIME」で特集したほか、「イット!」で8月21日、27日、9月5日、11日と続報を伝えている。その多くで、農水省や専門家の見通しを伝えたり、米が入荷する店・しない店の違いはどこにあるのかを調査したりと、視聴者に“安心情報”を伝える姿勢に専念していたように思う。米不足で現状の値段ではやっていけなくなったという「老舗のせんべい屋」の苦境までも“令和の米騒動”と括って報じた軽さには、やや辟易したが……。

TBSと日本テレビは?

 フジと同じように“令和の米騒動”というフレーズを用いて報道したのが、TBSと日本テレビだ。

 TBSはフジと違い、“令和の米騒動”という言葉をことさら強調していた印象はなかったものの、ニュース番組の「Nスタ」「news23」、情報番組の「情報7daysニュースキャスター」「THE TIME,」「ひるおび」等で、米の品薄や価格高騰を伝えていた。

 こちらも農水省や専門家の見立てを紹介しながら、消費者に買いだめに走らないように注意を喚起する作りだった。いずれ価格が落ちつくことを繰り返し強調してもいた。少しユニークだったのは、9月10日の「THE TIME,」で、米を節約するメニューを紹介していたことだ。大根メシ、もち麦、オートミール、とうもろこし、白滝、豆腐などを「かさ増しごはん」として伝えていた。

 対して日本テレビは、フジ同様に“令和の米騒動”というわかりやすいフレーズをさかんに使っていた印象だ。

 日テレは情報番組「DayDay.」や読売テレビ制作の「情報ライブ ミヤネ屋」、ニュース番組「news every.」「news zero」で、“令和の米騒動”を繰り返し伝えていた。筆者が注目したのは、9月3日の「DayDay.」だ。米不足、購入制限や値上がりの現状などを伝えた後で、テレビで伝える際の「難しさ」を、出演者たちがスタジオで率直に話していた。

(山里亮太キャスター)「ない、ないってテレビとか見て、こうやってみんなが早く買うってことをやっているから、けっこうこの情報の届け方が、偏って届けたせいでこの現象を生んでしまったんじゃないかなと思うと、ちょっと怖いなと思うんですけどね」

(ヒロミ)「うちのママも言っていたから(米は)スーパーからないよ」

(アンミカ)「実際、本当にないんですよ。(スーパーとか行くと)。ないってことは不足しているのかなって思いこんじゃうんですよ。ニュースとか見ていて。でも不足しているわけじゃなくて、『少ないだけですよ』って聞いたら。頭ではわかっていても、ここ最近震災とかもあって、『念のため備蓄』なんて言って、あるうちに急いで買っちゃうと今度それで値段が上がっちゃって。矛盾はわかりながら、しかも来年になったらいっぱい備蓄しちゃっているから、買わなくなって余っちゃうんじゃないかって思うから、今、正しい情報を知って、冷静にならなくちゃっていう気はしています」

(山里)「そうなんですよ。『米不足、危ないですよ』みたいなことをやっちゃうと、こういうことを招いてしまう」

 ここで武田真一キャスターが、農水省の担当者に聞いた情報をまとめて伝える。

「農林水産省はこれから新米がどんどん入っている。10月頃には米の在庫も増えてくる。価格も下がってくる可能性もあるんじゃないかなとしながらも、値段は需給の関係なので社会状況などによって変動するので落ちついてくるとは明言できないそうです」

(山里)「さきほどアンミカさんが言っていたようにちゃんとした情報を取得すれば、あんなたくさん買って…と急な需要を生んで、じゃあ、価格高くしようとはならないわけですね…」

(アンミカ)「私たち消費者の行動ひとつで値段の変動に影響するんだなって…。守りたい存在があるとつい、そうしてしまいたい気持ちもわかるんですけど、大事ですね」

 山里キャスターの言葉などを聞く限り、テレビはかなり抑制的に、不安な気持ちを煽らないよう注意しながら報道しているといえた。

“令和の米騒動”の報道に批判的? テレビ朝日とNHK

 テレビ朝日は、情報番組「グッド!モーニング」「羽鳥慎一モーニングショー」「大下容子ワイド!スクランブル」や、ニュース番組「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」などで、米の品薄や価格高騰について伝えていた。だが、“令和の米騒動”という表現はできるだけ避けていた印象を持った。

 8月20日の「グッド!モーニング」でこの問題を報じていたが、“令和の米騒動”と報じる一部メディアもあると触れつつ、農水省は「ひっ迫していない」と見ていると伝えた。「在庫量が少ない」という情報が独り歩きしていること、南海トラフ巨大地震の注意情報で必要以上に購入備蓄する人が急増したことで品切れ状態が続いているとして“令和の米騒動”を強調する他のメディアとは距離を置き、むしろやや批判的に伝えている。

 テレ朝では「米不足」「価格高騰」など、テロップでもできるだけ正確な表現に努めていた。また、大阪府の吉村洋文知事が備蓄米の放出を政府に要請したことに対する、農水大臣の反応、それに対する知事のコメントなども詳しく報じている(8月28日「羽鳥慎一モーニングショー」)。他局ではここまで詳しいものはみられなかった。

 生産者に焦点を当てて伝えようとする姿勢も感じられた。米農家の苦労や悩みにもフォーカスし、米の価格は生産者の苦労に見合ったものとはいえないのでは?と視聴者に問う。JA全農あきた運営委員会会長が「現場に行くたびにもう農業をやめるという声が本当に多いです。聞いていてつらいです。どうか米価を上げて少しでも農家の思いに応えたい…」と涙ながらに訴える場面を伝えた9月5日の「大下容子ワイド!スクランブル」がその典型だ。

 テレ朝の報道を見ていると、米問題の仕組み(日本の米政策)の複雑さを詳しく知るがゆえに、“米騒動”として、どこか茶化すような姿勢に与するのは避けたいという意識が感じられる。筆者が調べたところ、テレ朝の放送では、他メディアに言及するケース以外で“米騒動”という言葉を使用していなかった。

 とはいえ、テレ朝も、米の品薄や価格高騰などの取材先はフジや日テレ、TBSなどとほぼ同じだ。また、ニュース記事のネット配信記事(ABEMA NEWS)では「令和の米騒動」という言葉を使っていることは注記しておきたい。やはり「わかりやすさ」という点では、代わる言葉が見当たらないのかもしれない。

 その点、NHKは“令和の米騒動”という表現を一切使っていない。あくまで米の「品薄状態」と、“不足”という表現にとどめている。8月24日「サタデーウオッチ9」などで、店頭では品薄状態になっていることや今後の出荷の見通しなどを伝えていた。

米不足を煽っているのは誰か?

 以上、見てきたように、テレビでは濃淡もあるものの、どの局もかなり抑制的に報道していたということができる。

 テレビ報道そのものの影響力は、かつてと比べて低下の一途をたどっている。インターネットおよびSNSが全盛の現代、テレビ報道で煽られて米の買いだめに走る……ということは、実際には稀だろう。テレビ各局もこの10年あまりの間で、消費者の行動に悪い影響を与えないよう注意を払うようになった。それが各局の「慌てる必要はない」という安心情報も併せて伝える姿勢に見て取れた。

 だが難しいのは、テレビの映像や発言が「切り取られ」、ネット上に拡散される時代でもあることだ。

 テレビでは10分20分かけて放送されたものが、1枚の画像、10秒足らずの映像に加工され、ニュアンスが伝わらないままでSNSで拡散してしまう。テレビ報道も「Xのつぶやき」などをそのまま引用するケースが多くなっている。今回チェックしたニュース番組でも、フジの「イット!」は「Xのつぶやき」を頻繁に取り上げ報道していた。結果、消費者インタビューなどの“不安の声”が、テレビ→SNS→テレビ→SNSと、どんどん拡大し、拡散されていく。“不安の声”がテレビとSNSで“無限ループ”する構図だ。そして、それを押しとどめる力はもはやテレビにはない。ネット時代に、異なるメディア同士が共鳴する現象を「間メディア性」と呼ぶが、この傾向はますます進んでいることがわかる。

 まとめると、米騒動を招いた要因はテレビかと言われると、そうとは言いきれないものの、テレビがその材料を与えていることは否定できない、ということになる。ただ繰り返しになるが、不安を煽らない形での報道を、各局もこれまで以上に注意している。SNSの時代に、かつての主要メディアたるテレビはどう伝えていけばいいのか。まだ正解がない課題の難しさを改めて見せつけた“令和の米騒動”の報道であった。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部