●YouTube黎明期から全盛期へ…時代にも愛された作品に

これといったストーリーはなし。フリーターの3人組が深夜、ファミリーレストラン「ビッグボーイ」でダラダラとユルい会話を繰り広げる“だけ”のドラマ『THE3名様』。今年は初の連続ドラマ『THE3名様Ω』(全24話)がFODで配信され、劇場版第2弾『映画 THE3名様Ω〜これってフツーに事件じゃね?!〜』が30日に公開される。

2005年にDVDリリースから始まった同ドラマがなぜ、19年たった今も連ドラ化・映画化されるほどの需要を持っているのか。同映画のプロデュース・監督を務める森谷雄氏に話を聞くうちに、「原作者との蜜月関係」「原作への愛」というキーワードが見えてきた――。

『映画 THE3名様Ω〜これってフツーに事件じゃね?!〜』プロデュース・監督の森谷雄氏


○きっかけは主演陣の3人「この漫画面白いんですけど」

普通に考えれば「画がもたない」…過去に制作会社でドラマ企画などに携わっていた筆者の経験では、コミック『THE3名様』はそう言われ、実写化しようとすれば難航する。なにせ物語という物語が存在しない。ファミリーレストランでフリーターの3人がただしゃべっている“だけ”の映像作品を「誰が観るのか」「誰がお金を出してDVDを買ったり借りたりするのか」という疑問が制作責任者に浮かぶのは当然だ。

だが、『THE3名様』はその常識を打ち破った。DVDシリーズは2010年まで13本を数え、いわゆるDVDカルチャーのトップを走り、2022年に突如、復活。それも劇場版であり、1週間限定公開だったはずが、新宿バルト9では5週間も公開されるほどのヒットを得た。この企画が動き始めたきっかけを、森谷監督はこう語る。

「主演陣の佐藤隆太さん、岡田義徳さん、塚本高史さんの3人からコミックを見せられたんです。お3方は僕が初めてプロデュースした映画『ROCKERS』(03年)に出演しており、その打ち上げで3人から“この漫画面白いんですけど、今ここに僕ら3人いますよね”と言われたのが入り口。でも僕は、その申し出を放ったらかしにしていたんですよ(笑)。その2年後、僕がプロデューサーとして携わったフジテレビ月9枠のドラマ『東京湾景〜Destiny of Love〜』で佐藤さんと再会。僕が“まだやりたいと思っていますか?”と尋ねると“もちろんです!”と。“じゃあやろうか”と企画がスタートしました」

監督には『SMAP×SMAP』『ココリコミラクルタイプ』などを手がけた構成作家・福田雄一氏を起用した。つまり福田雄一氏を“監督”にするという入り口にもなったのだ。そしてこれが10作品以上も続くほどの大ヒットに。

「3作品ほど撮った頃、YouTubeが出てき始めたのです。(1シチュエーション、ユルい展開、ショートストーリーである)本作はYouTubeに向いているのではないかと言われ始めたので、実際にYouTube用に撮り下ろし、英語字幕までつけて配信したら相当に相性が良かった。(今も続けられているのは)SNS全盛期到来という時代背景とうまくマッチした結果かもしれません」

●原作者がほぼ毎日撮影現場に

(C)2024「THE3名様Ω」Partners (C)Makochin Ishihara

この作品の特殊性は他にもある。実は撮影現場に、ほぼ毎日のように原作者の石原まこちん氏が訪れていたというのだ。当初、石原氏は同作が映像化されると聞いても信じていなかった。そこで担当編集が石原氏を連れて現場へ。佐藤、岡田、塚本のキャストと会い「本当だったんだ!」と驚いたという。そして、石原氏も再現度と原作愛にあふれた映像版の3人を大好きに。12年の時間を挟んだが、映像化復活は石原氏も強く望んでいたことだった。

「石原まこちん先生が現場にいることで、俳優陣も“このセリフなんですけど”と原作者に直接相談する光景も見られました。原作ものの映像化というのは、そのままやればいいのではない。俳優陣、制作陣、それぞれこだわりがあり、原作という“二次元”を映像という“三次元”にするには当然、意見をすり合わせていかなければならない。現場ではよくディスカッションが行われていました」

二次元を三次元にする場合、どうすれば再現度を高くできるかという課題については、フィギュア制作を参考に語りたい。例えば二次元のキャラクターをそのままデザインすると、不思議なことに違和感が生まれる。ゆえにフィギュア制作者は脚をやや長くするなどのデフォルメをする。ミニカーなどであれば実際の車のデザインよりも丸みを持たせたりする。つまり、“実際”から少し変えた方が“再現度が高い”と評されるのだ。

『THE3名様』でも原作リスペクトのファミリーレストラン「ビッグボーイ」のロケ地を制作側が準備。あとは脚本通り、演者が真剣に演じ、それを一流のスタッフが撮る。実は同作にアドリブはない。すべて作り込まれている。

「お客様に笑っていただくのに、こちらがふざけてしまってはいけない。人は、誰かが真剣にくだらないことをやっている姿を滑稽に感じるものですから、作る側も演じる側も“真剣”そのものでないと、笑ってもらえないんです。関わっている全員が全員、大真面目にやっている。それが本作最大のポイントです」

こうして二次元の会話が三次元の会話へと形を変えていく。この大変な作業を含め、物語らしい物語のない、ファミレスの客席という状況で、画をもたせた佐藤、岡田、塚本の3人には「尊敬しかない」「俳優という職業をやっている人は本当にすごいと思います」と熱い口調で語った。

(C)2024「THE3名様Ω」Partners (C)Makochin Ishihara

○主演陣からとんでもない提案「連ドラでやりたい」

誤解を恐れず言わせてもらえれば、同作は非常に「ニッチ」な作品である。「刺さる人には刺さる。刺さらない人にはまったく刺さらない」、そういった類の映像作品だ。その劇場版第1作がヒットした時、森谷氏は佐藤らからとんでもない提案を受けて耳を疑う。なんと「連ドラでやりたいですね」と言われたのだ。

「僕はもともとフジテレビでプロデューサーをしていましたが、独立後の第1作が『THE3名様』。その関係でフジテレビの石井浩二さん(『笑っていいとも!』『ココリコミラクルタイプ』などのプロデューサー、現・ビジネス推進局長)から『THE3名様』が好きだと言っていただいていたんです。そこで隆太くんたちから連ドラをやりたいと話をされていると伝え、石井さんを口説き始めました」

本来フジテレビには「楽しくなければテレビじゃない」という過去のキャッチコピーのように、他局ではやらないような企画を形にする“遺伝子”がある。『オレたちひょうきん族』で一世を風靡(ふうび)し、ドラマでは「トレンディドラマ」を発明。シチュエーションコメディとしては『やっぱり猫が好き』など、変わったものも面白がって発表し、時代を作ってきた。

森谷氏はそのフジテレビ出身ということもあって真っ先にフジに話を持っていったのである。フジの“遺伝子”を受け継ぐ石井氏は「本当にやっていいの?」「あの3人が本当にやってくれるの?」と興味を示し、森谷氏は「やりますよ」と断言。FODでの配信が決まり、さらには関東ローカルの深夜で地上波放送まで決定。さらに森谷氏は、単なる連ドラだけではなく、「Ωプロジェクト」として2本目の映画へ向けての道筋も立てた。まさに“冒険”だ。

「ファッションもノリもずっと変わらず、40代になっても変わらずファミレスでしゃべり続ける3人。変わったことと言えば、コロナ禍のソーシャルディスタンスで座席の背もたれが高くなったぐらいでしょうか(笑)。ですが今度の劇場版は、映画としてのパッケージ感を持った作品になっています。スペシャルゲストも登場し、初めてカメラが『ビッグボーイ』の外へ!? バカバカしいことをしながらも映画としてのクオリティを担保した自信作。ぜひ、劇場へ足を運んでみてください」

『映画 THE3名様Ω〜これってフツーに事件じゃね?!〜』8月30日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー配給:ポニーキャニオン(C)2024「THE3名様Ω」Partners (C)Makochin Ishihara

●森谷雄愛知県出身。日本大学芸術学部卒業後、テレビ制作会社を経て、フジテレビジョンでプロデューサーデビュー。独立して2005年にアットムービーを設立し、『33分探偵』『深夜食堂』『ザ・クイズショウ』『東京ラブストーリー』などのドラマ、『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』『しあわせのパン』『最初の晩餐』『ミッドナイトスワン』などの映画、そしてDVD・テレビ・映画・配信などで展開される『THE3名様』シリーズを手がける。

























(C)2024「THE3名様Ω」Partners (C)Makochin Ishihara

衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。雑誌「TVガイド」「メンズナックル」など、「マイナビニュース」「ORICON NEWS」「週刊女性PRIME」など、カンテレ公式HP、メルマガ「JEN」、書籍「見てしまった人の怖い話」「さすがといわせる東京選抜グルメ2014」「アジアのいかしたTシャツ」(ネタ提供)、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中。 この著者の記事一覧はこちら