顧客争奪戦に発展したNISA口座数で、ネット証券4位に浮上した(撮影:梅谷秀司)

これまで顔ぶれが固定されてきた「ネット証券主要5社」に、新たな勢力が割って入ろうとしている。「初心者マーケットNo.1」を唱え、急速に口座数を伸ばしているPayPay証券だ。

ネット証券5社の中では、SBI証券と楽天証券の「2強」が抜きんでている。PayPay証券の番所健児社長は「2強に次ぐ第3極としてのポジションが確立されつつある」と、業界内で存在感を高める自社の成長に自信を深める。

NISA口座数で4位に急浮上

すでに実績が出ているのが、今年から新制度に移行したNISAだ。PayPay証券の6月末のNISA口座数は30万を超え、松井証券とauカブコム証券を抜いて4位に浮上した。

しかもNISA口座の申し込みを開始したのは、わずか9カ月前の2023年10月。「他の陣営が長年にわたって(NISAを)手がける中、わずかな期間でここまで支持をいただき(足元でも)増加の勢いは変わっていない」(番所社長)。

1月にスタートした新NISAをめぐっては、すでにNISA口座を持っている既存顧客を銀行や証券会社が奪い合う攻防戦に発展した。

この半年間で最大となる108万口座を獲得したSBI証券では、金融機関の乗り換えが可能となった2023年10月から12月末の間にも約36万口座を獲得しているが、そのうち63.4%は金融機関の変更によるもの。変更の約6割はネット証券他社からの乗り換えだった。逆にauカブコム証券では他社への流出が増加し、新NISAという追い風の中でも口座数を減らす結果になっている。


一方、PayPay証券では、10月から獲得したNISA口座の95%以上が金融機関の変更を伴わないNISA初心者。つまり投資経験が浅いか、もしくは投資未経験者だ。顧客の年齢分布も30代までが約半数を占めており、他社と比べて顧客層の若さが際立つ。

若年層を中心に急ピッチで口座数を増やすことができている原動力は、スマホ決済サービス「PayPay」とのシームレスな連携だ。日常的に使われるPayPayのアプリ内で有価証券の買い付けや売却を行うことができ、買い付けにはPayPayのチャージ残高(PayPayマネー)やPayPayポイントも利用できる。

PayPayのユーザー登録者は約6500万人を数え、加盟店は1000万カ所以上。巨大な顧客基盤と経済圏を持ち、生活に根付いたPayPayアプリ内で、しかも簡単な操作で有価証券の売買を行える「ハードルの低さ」が、顧客を獲得するうえでの武器になっている。

商品選定も他社とは一線を画す。SBI証券や楽天証券では取り扱う投資信託の本数が2600本程度なのに対し、PayPay証券はわずか128本。国内外株式などを含めても取り扱い銘柄数は481しかない。

番所社長は「ほかのネット証券は株と投資信託を合わせて1万3000くらいの銘柄を提供しているが、投資初心者がその中から最適な運用商品を探し出すのは難しい。スマホの操作性の観点からも、支持を得られる商品を厳選して取り揃えている」とし、現状の銘柄数が「投資のスタート地点において十分な数」だと強調する。

送客機能を果たす「ポイント運用」

PayPayからの送客機能として大きな役割を果たしているのが「ポイント運用」だ。PayPayポイントを使って5つのコースから疑似的な投資運用を行えるサービスで、口座を開設しなくても利用できる。利用者数は1700万人を超え、足元ではPayPay証券で新規に口座開設する9割がポイント運用経験者だという。


取材に答えるPayPay証券の番所健児社長(撮影:梅谷秀司)

「ポイントなので現金が減るかもしれないという不安を持つことなく運用体験を始められる」(番所社長)。ポイント運用の利用者に実際の資産運用サービスを案内することで総合口座やNISA口座の開設につなげており、「PayPay経済圏と連携することでマーケティングコストがほとんどかからない構造になっている」ことも大きな強みだ。

2024年6月末で総合口座数は117.7万にのぼり、昨年度の1年間だけで52.2万口座から107.7万口座へと倍増させた。今年度中の200万口座達成を視野に入れており、実現すれば5位の松井証券(157万)、4位のauカブコム証券(173万)を抜き去る公算が大きい。2強のSBI証券(1293万)、楽天証券(1133万)とは距離があるものの、3位のマネックス証券(262万)も射程にとらえることになる。

NISA口座に関しては「今年度中に(3番手のマネックスに)追いつく、追い越すくらいの数字を目指している」(番所社長)とし、こちらは早々に2強に次ぐ3番手の地位を手中に収める構えだ。

一方で、収益性の観点では課題を残している。

前身のOne Tap BUYをPayPay証券に名称変更したのは2021年2月。以来、赤字が続いており、「数年以内に(単年度黒字を)達成できるところまで来ている」(番所社長)と言うが、達成時期については明言を避ける。

PayPay証券は、顧客の預かり資産を増やすことで収益の拡大を目指すストック型のビジネスを志向している。だが、現時点では投資初心者によるNISAでの運用が軸になるので、どうしても1人当たりの投資額が小さい。そのうえ、投資信託の信託報酬が極限近くまで下がる中では、顧客を爆発的に増やさなければ収益化を図ることは難しい。

口座の稼働率も他社に見劣りしている可能性がある。例えば、楽天証券では2024年6月の総合口座の稼働率が64.3%、NISA口座の稼働率が74.1%にのぼるが、PayPay証券は稼働率を公表していない。ある証券アナリストは「投資初心者は口座を開設しても実際の買い付けには至らないケースが目立つので、稼働率が他社よりも低い可能性が高い」と見る。

FXや信用取引といった収益化に直結するラインナップを揃えていないことも、黒字化に時間がかかる要因だ。番所社長は「株式手数料などを無料化する一方で、リスクの高い商品を推進して収益を上げるやり方はサステナブルではない」とし、「あくまで投資初心者に資するサービスでストックを積み上げていく」考えを強調する。

ただ、「NISA取引だけではほとんど収益にならない」(ネット証券幹部)のが現実。足元の市場変調が投資初心者のNISA運用にブレーキをかける不安も浮上している。

「デジタル給与」が追い風に

もっとも、PayPay証券はマーケティングコストや完全内製化しているシステムコストなどの面で、他社よりも優位性があるのは確か。PayPayが厚生労働省から8月9日に事業者として指定を受けた「デジタル給与」も追い風になる。

PayPayアカウントへのデジタル給与払いが予定通り年内にスタートすれば、PayPayマネーが銀行口座に近い性格を帯び、まとまった資金が入ってくるため、「1人当たりの投資額が拡大する」(番所社長)ことが期待される。

口座数の拡大だけではなく、収益を上げられるビジネスモデルをどう構築していくのか。その姿を示すことができたとき、名実ともに「ネット証券3番手」の地位を確立しているはずだ。

(北山 桂 : 東洋経済 記者)