コロナ禍以降、オンラインで酒類を購入するのはすっかり一般的になった。さまざまなお酒を幅広く楽しみたいという消費者のニーズも高まり、酒類小売業者はEC上での販売方法として、「飲み比べ」「福袋」といった形で販売することも多い。そんな詰め合わせ販売にエンタメ性を持たせ、ECのサービスのひとつとして「酒ガチャ」として提供するのが、商品企画から製造、販売まで一気通貫で手掛けるKURANDだ。ガチャではあるものの、酒ガチャにハズレはない。KURANDの取締役である河端竜児氏は、「新しいお酒との出会いを気軽に楽しんでもらいたいという思いから、オンラインでの酒類の購入体験にエンタメ性を持たせたかった」と語る。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。河端氏に「酒ガチャ」を成立させる体験設計やリピートしたくなる仕組みづくり、そしてその裏にある想いを聞いた。

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キャッチーなフレーズで購入のハードルを下げる

DIGIDAY編集部(以下、DD):SNSで話題の「酒ガチャ」の累計利用回数が35万回突破したと聞きました。どのようなサービスなのでしょうか。河端竜児(以下、河端):「ガチャ」と名乗っていますが、ソーシャルゲームなどのガチャのように本当になにが当たるのかわからないわけではなく、お客さまの好みに合わせて商品をランダムでお届けするサービスです。好きなお酒のジャンルや、味、原料などの好みを選択できるようになっているので、苦手なものが届いてしまうといったことは起こりません。たとえば、日本酒の甘口・辛口といった基本的な選択はもちろん、80種類の食材や原材料のなかからアレルギーや苦手な素材など除外したいものを選ぶことができるので、自分の好みに近いお酒を購入できる仕組みになっています。クランドは全国各地の酒造メーカーと提携し、自社ブランドのお酒を企画、ECで販売しています。日本酒、焼酎、クラフトビール、ワインなど幅広いジャンルのお酒を取り扱い、商品企画から販売まで手掛けているからこそ実現できたサービスではないでしょうか。

河端 竜児/KURAND株式会社 取締役。大学を卒業後、金融機関に勤務。企業向けに融資を3年間担当。1年半の世界一周の旅に出て、約40カ国を訪問。現在はEC事業責任者として「酒ガチャ」に携わる。ソーシャルゲームでガチャを回す人の気持ちになりたいと思い、試しに野球のゲームのガチャを回してみたところ、どうしても欲しくなってしまい30万円分回してしまった。もうやっていない。

DD:なぜ「ガチャ」だったのでしょう。河端:サービス自体は2018年12月に福袋として、ECでスタートしました。当初はなにが届くかわからない、なんの変哲もない福袋でした。SNSを中心にお客さまから購入後の声をいただいていたのですが、そのなかに「これはお酒のガチャだ」というものがありました。「ガチャ」というフレーズはキャッチーで面白いですし、そのままサービス名にすると話題になるのではないかと考え、ストレートに「酒ガチャ」になりました。DD:消費者の声がそのまま採用されたんですね。河端:話題性だけではなく、キャッチーなサービス名にすることで、お客さまがオンラインでお酒を購入することのハードルを下げられないかという思いもありました。酒類のEC化率はほかのジャンルに比べても低いため、オンラインで購入する動機の設計は重要です。そうしたなかで「ガチャ」というワードは、「飲み比べ」や「詰め合わせ」という言葉より、購入しやすく興味を持ってもらえるのではないかと思いました。ネーミングによってエンタメ性を持たせ、一歩踏み出しやすい環境をつくったといえるかもしれません。

体験したことのあるガチャの楽しさを提供

DD:「ガチャ」というワードの魅力なのか、一般的な言葉なのに印象に残ります。河端:そもそもECでは試飲などもできないため、いかに目に止めてもらえるかを常に意識しています。デジタル上でのみのコミュニケーションだからこそ、わかりやすく、面白いネーミングは特に重視しているポイントですね。その意味で「酒ガチャ」にはお客さまに覚えていただきやすいワードの強さがあるので、商品のデザインも面白く頭に残りやすいものにしています。ロックで飲むための純米大吟醸酒「シロクマ・ロック」暗闇のなかでは、水色のラベルの蓄光インクが光り、ロック風にDD:実際に手応えはいかがでしょう。河端:20〜30代の普段あまりお酒を飲まない方たちに、ガチャガチャを回すように楽しく気軽にお酒を購入していただきたいと考えてはじめたサービスですが、まさにそういった層の方々に利用いただけています。ガチャを回す経験は、子供のころのガチャガチャからはじまり、いまはソーシャルゲームのガチャ。その好奇心を掻き立てるようなサービスにできたと感じています。

ソーシャルゲームのガチャとは違うハズレのない魅力

DD:ガチャだとランダム性が高く、何が当たるかわからない楽しさの反面、「ハズレ」に対するネガティブな意見もありそうですがどうでしょう。河端:サービスを開始した当初は、届くまで中身はまったくわからない文字通りのガチャでした。結果的に、「日本酒は嫌いだ」「甘いお酒は苦手だ」といったネガティブな意見が購入後に出てくることになりました。我々が目指していたのは単なるガチャの再現ではなく、ガチャのような感覚で気軽に、手軽にオンラインでお酒を楽しんでもらうことです。そこで、自分の好みに合うお酒が届くような仕組みにアップデートしていきました。最終的に、ガチャでありつつも、苦手なものが届きにくいという現在の形となり、お客さまから支持されるようになりました。DD:ガチャのエンタメ性は担保しつつ、自分の好みに合うお酒が届く。既存の仕組みのいいところだけを掛け合わせた「酒ガチャ」の魅力は深そうですね。河端:1度当たった商品は2回目以降当たらないような仕組みになっているので、購入するたびに、新しいお酒と出会う楽しみがあります。リピーターが多いのですが、お客さまにも、お酒と出会える楽しさに魅力を感じていただいているのではないでしょうか。普段は手に取らないようなお酒も自分好みの範疇で届くため、「こんなお酒好きだったのか」とお客さまが自分の新たな嗜好を知るきっかけにもなっています。サービス面でも、購入後に付与されるポイントに応じてお酒を1本プレゼントするというキャンペーンを行ったり、ランクアップ特典も用意したりと、購入するたびに自分が手に取らないような商品との出会いが生まれるように設計しました。こうした「新たな出会い」の機会を積極的に提供していることが、さらなる購入につながっていると考えています。DD:ハズレのない、常に新しい発見があるガチャは何度も回したくなりそうです。河端:そもそもこのガチャは必ず購入金額よりもお得になる仕組みになっています。当たり要素が強く、1万円のガチャを購入していただくと、3万円のお酒が当たったり、5万円のお酒が入っていることもあります。一度、35万円のお酒が当たるというキャンペーンもやったことがあります。そういった当たり要素の大きい商品は楽しみや期待も膨らみ、お客さまにとってプラスになると思っています。「こんな当たり商品が届いた」といった結果をお客さまがSNSにアップしてくださることが多く、それが増えていくと「酒ガチャ」のハードルもさらに下がっていくと思っています。

期待値を超える商品がUGCを増やす

DD:ユーザーの自発的な投稿が多いのも、「酒ガチャ」の特徴ですね。河端:キャンペーンや特典目当てにソーシャルポストするのではなく、期待値以上の商品が届いたという嬉しさでお客さまが自発的にあげてくださっていることは、重要だと思っています。期待値を超えたからこそ、お客さまの本音や熱量のある投稿となり、それを見た人が次のお客さまになり得る可能性があります。「こんないい商品が当たった!」という誰かの投稿から、別の誰かによる「自分もこんな商品当たってほしい」という理想的なサイクルがSNS上で成立しているのが、「酒ガチャ」の魅力のひとつだと自負しています。DD:誰かに共有したくなる仕組みが整っているということですね。河端:当たりの商品を期待値以上のものにするのももちろんですが、常にお客さまが欲しいと思う商品を並べておくことができるかどうかも重要です。毎月30商品程度は新商品を開発し、スピード感を持って新しいものを販売することで、お客さまが新しい商品と出会う機会を増やせています。いまでは500種類以上の商品を取り扱うまでになりました。新しく出会う商品は珍しく、自ずとアップしたくなります。また、同梱物としてリーフレットを入れていますが、これにもちょっとした工夫をすることで、商品と一緒に写真を撮りたくなるような仕組みを構築するなど、とにかくUGCを増やす仕組みを整えて、それを見た人が新たにお客さまになる循環をいかに実現するか、を重視しています。DD:河端さん自身は、お酒をどのようなものだと捉えていますか。河端:1年半海外を旅行していたときがあるのですが、その際に言語が通じなくても、お酒がコミュニケーションツールの役割を果たしていると感じました。英語が流暢に話せるわけでもなく、英語が通じない場所を訪れたときでも、お酒が「共通言語」だったんです。そのとき、コミュニケーションの媒介としてのお酒の力はすごいと改めて感じました。今後は日本だけでなく世界中の造り手と連携し、世界にマーケットを展開していきたいと思っています。DD:お酒だけでなく、「酒ガチャ」というサービスもコミュニケーションを生むきっかけになりそうですね。河端:基本的には自分用に購入される場合が多いですが、ギフトとしてもご利用いただけるよう期間限定の企画なども用意するようにしています。普段はあまり会話がない父親と、父の日のギフト商品の面白さや珍しさでコミュニケーションが生まれる、ということがあるかもしれません。贈った側が遠方に住んでいても、受け取った家庭で会話が生まれるという展開もありますね。こういったコミュニケーションを生み出せる「酒ガチャ」を提供していきたいと思っています。Written by 坂本凪沙Photo by 三浦晃一