ユーロ2024準決勝でイングランドがオランダに劇的逆転勝利 優勝候補本命がここまで苦戦続きなのはなぜか?
ユーロ2024準決勝オランダ対イングランド。前日フランスを下し、決勝進出を果たしたスペインの相手はどちらか。ドルトムントで行なわれた一戦は、最後まで目の離せない競った展開になった。
イングランドは前戦(スイス戦)、前々戦(スロバキア戦)と、決勝トーナメントに入り2試合連続で延長戦を戦っている。スロバキア戦は後半のロスタイムに同点に追いつくという大苦戦。スイス戦に至っては延長PK戦までもつれ込む、まさに薄氷を踏む勝利だった。
この2試合を含むイングランドの今大会全5戦の戦いぶりは、けっして褒められたものではない。もちろん選手のネームバリューに照らすと、という断りつきだが、このオランダとの準決勝も例外ではなかった。
後半45分、交代出場で入ったMFコール・パルマー(チェルシー)から、ゴール右45度で構える同じく交代出場で入った1トップ、オリー・ワトキンス(アストン・ビラ)にボールが渡っても、決勝弾への期待より、延長戦に備える気分のほうが大きく勝っていた(カッコ内は2023−24シーズンの所属クラブ。以下同)。
ワトキンスの出場時間は、これまでデンマーク戦の20分間のみ。アテになる戦力とは言えなかった。オランダのCBステファン・デ・フライ(インテル)もしっかり背後についていた。そのマークをかい潜り、反転して完璧なシュートを打ったとしても、GKバルト・フェルブルッヘン(ブライトン)の立ち位置を考えれば、ゴール成功率は5%以下といったところだった。
オランダ戦で決勝ゴールを決めたイングランドのオリー・ワトキンス(右)とジュード・ベリンガム photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA
その右足シュートがデ・フライの股を抜け、ゴール左ポスト脇のサイドネットに吸い込まれる光景は、そうした意味で劇的以外の何ものでもなかった。大会前、英国のブックメーカー各社からフランスと並び優勝候補の本命に推されていたイングランドが、無事、決勝進出を決めた瞬間だった。
しかし、快勝か苦戦かと言えば、苦戦だ。これまでの流れを払拭するような快勝劇ではなかった。現地時間14日(日本時間15日4時〜)にベルリンで行なわれる決勝戦、スペイン戦に向けて視界良好かと言えば、疑問符がつく。
【ボール支配ができなくなったオランダ】先制ゴールを決めたのはオランダMFシャヴィ・シモンズ(ライプツィヒ)。開始7分、右SBデンゼル・ダンフリース(インテル)が前線に送り込んだボールを拾ったイングランドMFデクラン・ライス(アーセナル)に襲いかかり、ボールを奪取。そのままノリよく前進すると、右足を振り抜いた。シュートは次の瞬間、ゴールの左上に突き刺さっていた。
イングランドはいきなりスーパーゴールを浴びてしまう。だが、その11分後(前半18分)、ダンフリースの右足裏が、ハリー・ケイン(バイエルン)がシュートに及んだ右足に接触。VARの末にPK判定が下ると、それをケインが決め、試合を振り出しに戻した。そして1−1の状況は、そこから後半45分まで続いた。
前半18分以降、試合を押したのはイングランド。前半32分、フィル・フォーデン(マンチェスター・シティ)がポスト直撃弾を放つと、逆転は時間の問題かに見えた。後半35分、オランダは1トップ、メンフィス・デパイ(アトレティコ・マドリード)が負傷退場。右ウイングで先発したドニエル・マレン(ドルトムント)を1トップに据える戦術的交代で急場を凌ごうとしたが、奏功せず、イングランドの攻勢をいっそう強める結果を招いた。両軍の差がもっとも顕著になった時間帯だった。
イングランド対オランダ。過去の対戦を振り返っても、これほど一方的な展開になったことはない。たとえばイングランドが大差をつけてオランダに勝利した試合として知られる自国開催の欧州選手権、ユーロ1996(4−1)でさえ、試合を押していたのはオランダだった。かつてのオランダは、ボール支配率でブラジルにさえ勝るほどだったが、スペインと決勝を争った末に敗れた2010年南アフリカW杯あたりから、支配率も代表チームの力も落ちていく。
1974年西ドイツW杯で準優勝して以来、世界のトップグループに君臨し続けてきたオランダ。イングランドより高い水準を維持していたが、2014年ブラジルW杯で3位になって以降、右肩下がりに転じた。かつては劣ることはなかった隣国ベルギーにも上を行かれる始末だ。
イングランドに一方的に支配される姿を見ると、今回フレンキー・デ・ヨング(バルセロナ)、トゥーン・コープマイネルス、マルテン・デ・ローン(ともにアタランタ)のMFトリオをケガで欠くとはいえ、往年のレベルに達していないことを実感させられるのだった。
【イングランドの布陣の問題点】1988年の欧州選手権、西ドイツ大会を制した頃のオランダを10とすれば、現在はせいぜい7程度。反対にイングランドは、現在が10の状態にある。自国開催のW杯で優勝した1966年のことはわからないが、ここ50年ぐらいでは断トツのレベルにある。自国開催のW杯でなくても優勝候補の一角に押されそうな高い戦力を誇る。
大会前、フランスとともに優勝候補の本命に推されるのも当然と言えた。スペインが下馬評でイングランドの後塵を拝すようなことは、10年前なら考えられなかったことである。
今日的な視点に立つとオランダは格下。イングランドにとっては負けるわけにはいかない戦いだった。そのプレッシャーがどれほどプレーに影響を与えたかどうか定かではないが、次第にオランダが息を吹き返す後半の展開は、これまでイングランドが戦ってきた5試合と同様、好ましくない展開に見えた。
イングランドの布陣は3−4−2−1。ラウンド16のスロバキア戦までは4−2−3−1で戦ってきたが、前戦で、5バックで戦うスイスに合わせて採用した3−4−2−1を、このオランダ戦にもそのまま適用した。
イングランド式4−2−3−1の問題は、「3」の左を担当するフォーデンが、その場に留まらず、中央あるいは右に移動するため、左の高い位置でプレーする選手がいなくなることだ。左SBのキーラン・トリッピアー(ニューカッスル)がなんとかカバーしようと高い位置を取ったが、彼もまた左でプレーすると攻撃力を発揮できにくいタイプなので、イングランドの左は事実上、穴になっていた。ガレス・サウスゲート監督が3−4−2−1の採用に踏み切った理由だろう。
しかしその分、攻撃は真ん中に偏った。サイドアタッカーは両サイド各1人。左のトリッピアーは高い位置を取れず、右のブカヨ・サカ(アーセナル)も平均的な立ち位置が10メートルほど下がったので、いつものようにゴールライン際からマイナスのボールを送り込めずにいた。
その3−4−2−1は、表記どおりクリスマスツリーの型を描いた。攻撃は中央が大半で、オランダの守備陣には極めて守りやすい状態にあった。左のライン際からの折り返しは、後半43分、トリッピアーと交代で入ったルーク・ショー(マンチェスター・ユナイテッド)の1本だけだった。
想起するのは、スペインが数年前まで陥っていた"中盤サッカー"だ。ニコ・ウィリアムズ(アスレティック・ビルバオ)、ラミン・ヤマル(バルセロナ)という両ウイングの登場で、そこから脱することに成功したスペイン対して、うまさが増したことで中盤サッカーに向かいつつあるかに見えるのがイングランドだ。
決勝戦の注目は、イングランドの左対スペインの右となる。
イングランドが3−4−2−1で臨むなら、トリッピアー(あるいはショー)対ダニエル・カルバハル(レアル・マドリード)+ヤマルの対決になる。イングランドはここで後手を踏む可能性が高い。その分を中央攻めで補おうとするのだろうが、このマッチアップを英国ブックメーカー各社は6対4でスペイン有利と見ている。注目したい。