ユーロ2024準決勝 フランスの敗因は、スペインに劣った中盤とエムバペのワンプレー
ユーロ2024準決勝、スペイン対フランス。スペインやや有利の下馬評だったこの一戦は、キリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン→レアル・マドリード)のアシストプレーで、早々に均衡が崩れた。開始9分、左サイドでエムバペは、ウスマン・デンベレ(パリ・サンジェルマン)からサイドチェンジ気味のパスを受けた。そこから中を見据えて折り返したボールを、ランダル・コロ・ムアニ(パリ・サンジェルマン)が頭で先制弾としたのだった(カッコ内は2023−24シーズンの所属クラブ。以下同)。
フランスの布陣は4−3−3。前線には左からエムバペ、コロ・ムアニ、デンベレが並んだ。FW3人による大きな展開から生まれたこのゴールは、フランスが今大会、流れの中から奪った初の得点でもあった。
エムバペと対峙するスペインの右SBはヘスス・ナバス(セビージャ)だった。これまで5戦中4試合でスタメンを飾ったダニエル・カルバハル(レアル・マドリード)が、前戦で退場になって出場停止のため、172センチと小柄な37歳の大ベテランに大役が回ってきた。
しかし、開始9分のシーンではオフサイドを取り損ね、その流れで招いたエムバペとの1対1でも、間合いを詰めきれずにいた。ナバスがエムバペに圧を掛けきれなかったことが、精度の高い折り返しを許し、得点をアシストされた原因だった。
ナバスはさらに、前半14分、フランスMFアドリアン・ラビオ(ユベントス)を倒し、イエローカードを出される。スペインは前半19分にも、エムバペに強烈なシュートを浴びる。DFに当たり枠内には飛ばなかったが、スペインは自軍の右サイドで後手を踏み、ペースを失っていた。
このままでは危ない。前半21分に生まれたユーロ最年少ゴールは、そうした悪いムードのなかで飛び出した起死回生の一撃だった。16歳と362日。ラミン・ヤマル(バルセロナ)が放った25メートルの左足シュートは、まさに針の穴を通すようなコントロールショットだった。
試合後、優勝したかのように喜びを爆発させたスペインの選手たちphoto by Kazuhito Yamada/Kaz Photography
フランスMFラビオにしっかりマークされるなかで、ヤマルは細かなステップでタイミングをずらしながら、シュートコースを見出した。きれいな弧を描き、ポストの内側を直撃したその一撃が、もう1、2センチ内側にずれていれば、GKマイク・メニャン(ミラン)の右指に引っかかっていた可能性は大だった。逆にもう1、2センチ外側にずれていれば、ポスト直撃弾に終わっていたに違いない。ポストの内側に当てて枠内に落下させた、寸分の狂いもない、あまりにも完璧すぎるその左足キックは、同点ゴール以上の付加価値を秘めていた。
実際、試合の流れはこれをもって一変する。直後からスペインお得意のボール支配が始まった。逆転弾が生まれたのは、そのわずか4分後だ。
一連のパスワークのなかからMFダニ・オルモ(ライプツィヒ)が右サイドに展開すると、ボールはナバスの鼻先に出た。ここまで後手を踏んでいたナバスだが、怯まず勝負に出る。対峙するフランスの左SBテオ・エルナンデス(ミラン)を半歩、抜き去るや、アーリークロスを送り込んだ。CBウイリアン・サリバ(アーセナル)が身を挺してこれをクリアしたが、ダニ・オルモの前に浮き球となってこぼれ出る。
準々決勝ドイツ戦同様、彼の切れ味はこの日も健在だった。身体を寄せてきたオーレリアン・チュアメニ(レアル・マドリード)をリフティングのモーションから鋭角に外すやシュートを打ち込むと、ボールはカバーに入った右SBジュール・クンデ(バルセロナ)の足に当たりながらフランスゴールを揺るがした。逆転ゴールの瞬間である。
シュートを決めたダニ・オルモもさることながら、それ以上に見逃せないのは、失点に絡み、イエローカードをかざされていながらも、果敢な縦突破に及んだナバスだ。
想起したのはヨハネスブルクのシティグラウンドで行なわれた2010年南アフリカW杯決勝対オランダ戦だった。決勝ゴールをアンドレス・イニエスタが叩き出す直前、右サイドを数十メートル、ドリブルで切り裂いた韋駄天ぶりである。あのプレーがなければ優勝はなかったと言いたくなる、スペイン人にとっては忘れることができないに違いない、ライン際のドリブルだった。
逆境に立たされてもナバスは"らしさ"を発揮した。他方、その時、ナバスのマーカーであるエムバペは何をしていたかといえば、20メートル横で足を止め、傍観しているだけだった。ナバスがポジションを上げた際には一緒に下がったものの、スペインがパスを回しているうちにマーカーへの注意力を失っていた。
【ナバスを甘く見たのか】フランスはこれまで、エムバペは相手SBが攻め上がる際、守備に戻らずにすむ態勢になっていた。マイボール時には左ウイングを務めるが、相手ボールに転じると1トップとして構えたのだ。マルクス・テュラム(インテル)が、マイボール時には1トップ、相手ボール時になると左ウイングとして、まさにエムバペの影武者の役を果たしていたからだ。
だが、この日のエムバペの役割は純粋な左ウイングだった。1トップとして先発したコロ・ムアニと、攻守が切り替わるたびにポジションを入れ替えることはなかった。相手SBの攻撃参加を牽制する役割も課されていたのだ。
フランスベンチが、スペインの右SBが37歳のベテランであることを甘く見て、大きな労力は不要だろうとエムバペを左ウイング専門で起用したという見立てもできる。あとで振り返ったとき、エムバペはこの自身の対応についてどう思うだろうか。
ウイングが守備をサボったばっかりに決勝ゴールを許すというシーンを、これまで筆者は大一番で幾度も見ている。左ウイングの場合で言うならば、以下のふたつが記憶に鮮明だ。
ひとつは2007−08シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝で、クリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・ユナイテッド)がカルレス・プジョル(バルセロナ)のマークを怠ったことが原因で生まれた2失点目のシーン。そして2003−04のCL準々決勝第2戦で、ジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリード)がウーゴ・イバーラ(モナコ)のマークを怠ったことで生まれた逆転弾のシーンだ。
この日のエムバペ対ナバスの関係は、そこに加えたくなる象徴的なワンシーンになる。開始直後の9分、エムバペがナバスに完勝していたことも、エピソードに加わる。
後半13分、ナバスは足に変調をきたし、ベンチに下がった。スペインの右SBには戦術的交代で、CBで先発したナチョ(レアル・マドリード)が回った。ナチョはDFならどこでもこなせる多機能型選手だが、SBとしては守り屋だ。専守防衛に徹することになる。
案の定、ナチョの上で構えるヤマルは、それとともに活躍の機会が減少した。右サイドでスペインは推進力を出せなくなった。フランスにとっても、エムバペにとっても、おあつらえ向きの展開になった。しかし、エムバペの動きはいまひとつエネルギッシュさに欠けた。
フランスの敗因を、スペインとの比較で語るならば、中盤がなかったことに尽きる。攻撃は選手の身体能力頼みになっていた。迫力はあったが単調で、細やかさ、面白さ、柔らかさ、彩りに欠けた。パスワークの妙が楽しめたミシェル・プラティニ時代のフランスとは真反対のチームになっている。これはいまに始まった話ではないが、今回はその色が特に濃かった気がする。
フランスにほしいのはスペイン色だ。この試合をまとめるならば、面白いサッカーと強いサッカーがバランスよく、車の両輪のような関係になっているスペインが、柔よく剛を制した一戦、となる。