顧客ロイヤルティを高めたい企業は多いだろう。「NPS」(Net Promoter Score)で、商品やサービスに対する信頼・愛着を測る調査をするとマイナススコアになることも珍しくないなかで、「+56」という驚異の数字を持っているのは森永製菓のファンコミュニティだ。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。今回は、「チョコボール」や「ハイチュウ」でおなじみの森永製菓マーケティング本部で広告部長を務める猪瀬剛宏氏に、ファンコミュニティ「エンゼルPLUS」の成功要因、マーケティングの有用性について聞いた。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):2013年に立ち上げられたファンコミュニティ「エンゼルPLUS」の会員数が81万人を超えたと聞きました。猪瀬剛宏(以下、猪瀬):ファンコミュニティは立ち上げても活性化や継続が難しいと言われていますが、「エンゼルPLUS」は11年目を迎えました。アクティブ率も高く、コミュニティはかなり盛り上がっています。立ち上げた経緯としては、2008年頃からスマートフォンが普及しはじめたこと。コミュニケーションのあり方が変わりはじめ、一方的なマス広告だけが有効ではなくなってくる危機感がありました。この頃から「顧客との接点」に興味を持ちはじめた企業も多いと思います。そういった経緯で当社も「お客さまとリアルにつながる媒体」として「エンゼルPLUS」を立ち上げました。ファンコミュニティとしてはかなり早かったと思います。

「ゆるさ」を重視して居心地のよさを醸成

DD:どのようなコンテンツを用意されているのでしょうか。猪瀬:もっともアクティブなのがサイトの最上部にある「エンゼルギャラリー」です。こちらは会員が自由に投稿できるようになっており、アレンジレシピや「今日食べたおやつ」などが随時アップされます。会員の皆さまは「お菓子好き」という共通点があるので、いいねやコメントもアクティブなのが特徴です。反響が大きいので、必然的に投稿数も伸びています。「エンゼルPLUS掲示板」では運営側も会員も自由に書き込んでいて、10万件近くのコメントがつく投稿もあります。もちろん当社からのキャンペーンや新製品のお知らせなどもありますが、広告を感じさせないように「ゆるさ」を重視しています。

猪瀬 剛宏/森永製菓株式会社 マーケティング本部広告部 広告部長。1991年森永製菓入社。2003年マーケティング本部。2007年営業マネジャー、2014年マーケティングマネジャーを経て、2018年4月より現職。同社のファンコミュニティ「エンゼルPLUS」の責任者。「エンゼルPLUS」では、お菓子好きなお客さま同士が気軽に楽しめて、ゆったりくつろげる場づくりを目指している。プライベートでは「食べ放題」マニア。年末は社内メンバーを募り、浅草の食べ放題メニューのある洋食屋に行くのがお気に入り。

DD:「ゆるさ」というのは面白いですね。猪瀬:会員数が増えているのは、この「ゆるさ」「居心地のよさ」があると分析しています。管理人のKAZ(記事末写真左:松野員人氏)もサイト内で顔を出していますし、出張先で食べたものなどをアップする「何食べた?」も人気コンテンツです。ありがたいことに「森永製菓の社員と話したい」というファンの方も多いので、運営側も積極的に参加するようにしています。また、会員の自由度も高く、UGCが生み出されてコミュニティが自走しているのも、投稿しやすい、コメントしやすい居心地のよい空間だからこそだと考えています。DD:やはり11年という実績で、お客さまに求められる空気感を掴んだという感じでしょうか。猪瀬:会員の発話が少なければ施策をやめたり、違うものを投入するなど、細かいチューニングは続けてきました。運営側の圧が強いのはもちろんNGですが、ゆるすぎても「面白くない」という反応がわかります。そのあたりは「お客さまの生活のなかで、この施策のメリットは何か」を考えるようにしています。トライ&エラーの繰り返しではありますね。立ち上げ当初は「お客さまの囲い込み」という考え方だったのですが、お菓子という商材は「非計画購買」がほとんどです。つまり、狙って買いに行くことは少なく、店頭で見かけて買うというもの。しかもお菓子が好きなお客さまは森永製菓だけが好きなわけではなく、他社さんのお菓子も好きなはず。ですから「囲い込み」という考え方はそもそも違うんですね。ただしゆるくつながっていれば、店頭で見かけたときに「チョコモナカジャンボ買おうかな」という気分になってくれる可能性があります。「ゆるくつながる」ことは大事なんです。

年間で3万コミュニケーション

DD:会員数が81万人というのはかなりの数字だと思いますが、引き上げる施策は何か行われたのでしょうか。猪瀬:ナショナルキャンペーンの応募には「エンゼルPLUS」の会員登録をマストにしていますが、それ以外は特に施策は行っていません。キャンペーン終了後に離脱が少ないのも特徴です。以前に会員数を増やそうと懸賞サイトにリンクしてみたことがあるのですが、森永ファンではない人が増えてしまったことがありました。それ以降は登録者数の増加だけを意識した運営はやめました。現在は会員を対象にしたNPS(顧客ロイヤルティを測る指標)の調査で+56という高いスコアをいただいています。DD:リアルイベントの「おやつサミット」もかなり人気ですよね。猪瀬:全国で9カ所、各120人を無料で招待し、お菓子工作やクイズ大会などを行うイベントで、東京開催は倍率が10倍超えになるほど人気です。弊社社員に地元のお土産を買ってきてくださる方や、森永グッズを持ってきてくださる方などもいて、その熱量の高さは他社にない特徴なのではないかと思っています。我々も会場に出向き、直接お客さまとコミュニケーションさせていただき、いろいろな対話ができるのはやはりリアルイベントの強みです。リアルな接点が重要なのはいうまでもありませんが、やはりお客さまとの「共創」は目指したいところです。ことしの3月に「アレルギー物質28品目不使用」のお米のアイス「OKOMETO」を発売しました。こちらは、アレルギーに悩むお子さんを持つ会員の方に座談会に参加していただき、商品化した事例です。「エンゼルPLUS」内では冷菓マーケティング部の担当者が開発の思い、商品の特徴などをブログで発信し、大きな反響がありました。DD:「エンゼルPLUS」の社内での立ち位置はいかがですか?猪瀬:昨年10年目を迎えたことやブランドイメージをリフトしたことが評価され、社長賞をいただきました。また、「エンゼルPLUS」のなかでアンケートをとると、インセンティブがなくても1万件近い回答がすぐに集まるため、各ブランドのマーケターにも注目されています。リアルな声がすぐに入ってくる場があるというのは、社内でも重要なメディアになっています。コミュニティ内のアクティブ率が高くなければ達成できない数字だと思いますので、有用なコミュニティになっていると思います。またXやInstagramも運用しており、社員やスタッフが一人ひとりに返信する「1 to 1コミュニケーション」も弊社の特徴です。さらにはハッシュタグを追いかけて「これ食べたけどおいしかった」などとつぶやいている人に「ありがとうございます」とコメントする「アクティブコミュニケーション」もはじめました。こちらは必ずしもファンではないのでネガティブミュニケーションになるケースもまれにありますが、多くは喜んでくださって「フォローします」「商品買います」というコミュニケーションが生まれています。計算すると年間で3万コミュニケーションくらいになり、一時はAIで対応することも考えましたがやめました。社員にとってはなかなか負荷がかかりますが、意味のある取り組みだと思いますね。DD:今後の課題はありますか?猪瀬:森永製菓グループは「2030年にウェルネスカンパニーへ生まれ変わります」と宣言しており、「inゼリー」をメインとした体の健康を提供する商品も、より多くのお客さまの手に取っていただけるよう取り組んでいます。「エンゼルPLUS」のなかにも「inトーク」「in your health」というコンテンツを用意してトレーナーや栄養士が健康に関する豆知識や、簡単なトレーニングなどをお伝えしたりしています。ただ、会員のほとんどは「お菓子好き」な方なので、こちらのコンテンツを活性化させるのは今後の課題ですね。健康マーケティング部では「プロギングイベント」をはじめています。プロギングとはゴミ拾いをしながらジョギングをすることで、「エンゼルPLUS」の会員に対しても健康意識を醸成するためにコミュニティ内で発信をはじめています。DD:お菓子からヘルスケアはなかなか距離がありますね。猪瀬:私も甘いものが好きでこの会社に入社した経緯があるので、お客さまの気持ちはよくわかります。急に健康志向へと方向転換しても共感は得られないと思うので、こちらでも「ゆるく」はじめているという感じですね。「エンゼルPLUS」の管理人KAZでもあるマーケティング本部 広告部 松野員人氏(写真左)、猪瀬氏Written by 島田ゆかりPhoto by 三浦晃一