「新しいジャンルを作るという最大の目標の過程を表現できた」SPICE初登場のa子、1stアルバム『GENE』に込めた「遺伝」を紐解く
甘いウィスパーボイスで幻想的な世界観を繰り広げる反面、話口調は関西弁というギャップが魅力的なシンガーソングライターのa子。2024年2月にポニーキャニオン内レーベルのIRORI Recordsからメジャーデビューし、1stシングルは全国AM・FM36局のパワープレイを獲得。3月にはアメリカ・テキサス州オースティンで開催された『2024 SXSW Music Festival』に招致され、国内外のリスナーを増やしている。『SXSW』から帰国後すぐに取りかかったのは、7月10日(水)にリリースするアルバム『GENE』の終盤の収録だった。日本語で「遺伝子」を意味する同作に込めた思いや、追求し続けているa子らしい音像について、かねてから交流のある大阪のラジオ局FM802 DJの板東さえかが紐解いていく。
●歌詞の中のa子は、普段のと違う面なのかも●
ーー『SXSW』での2日間、3ステージの出演お疲れ様でした。お帰りなさい!
何があったか覚えてないくらい忙しかったです。一瞬でした。
ーーアメリカには何日間行かれていたのですか。
10日間行きました。初めてのアメリカでビビりまくってましたね。スリが多いと聞いてたので、クリエイティブチーム・londogのみんなとお揃いで盗難防止ポーチを買って持っていきました。あと思ったより雨の日が多かったので、日本より声の調子が良くてびっくりしました。
ーー『SXSW』は歴史のあるイベントで、私も5年前に行きました。当時既にシェアサイクルや電動キックボードが導入されてて「これは広大な土地やからできること」と思ってましたが、今回衝撃的だったことはありましたか?
日本は電動キックボードを整列させて戻すじゃないですか。LAではほったらかしで、そこら中に転がってて「ここに置いとくんや……!」と違いを感じましたね。でもゴミはそんな落ちてなくて綺麗やし、町の人たちもすごく優しかったです。企画で30人くらいにインタビューをしたんですけど、皆さん丁寧に答えてくれました。
a子 - LAZY : MUSIC VIDEO
ーー音楽好きが集まってるお祭りの『SXSW』ならではですね。それぞれ刺激を持ち帰って、4月17日(水)には新曲「LAZY」をリリースされました。
3月は過密スケジュールでした。アメリカから帰った2日後から2日連続でアルバムのレコーディングをして。その2日後に「LAZY」のMV撮影をしたから、ちょっとお顔が死んでるんですけど……(笑)。
ーー「LAZY」は今まで疾走感ある四つ打ちビートを鳴らしている印象はなかったので意外でした。
過去1で速い曲かな。ギタープレイヤーの白川詢くんに「イントロのこのカッティングは速いんだよ。めちゃくちゃ大変なんだからね!」と言われました(笑)。
ーー音像へのこだわりは、a子ちゃんの創作活動において大きな要素かなと。以前お話を伺った時も、「racy」はスティーヴ・レイシー、私の好きな「samurai」はフライング・ロータスのドラムンベース、と明確に鳴らしたい音のイメージがあると仰っていました。
自分がその時にハマってる曲や、やりたい曲をベースにして音を作り始めます。「LAZY」はトゥー・ドア・シネマ・クラブとか、ブロック・パーティのようなUKロックの感じのギターを鳴らしたくて。ドラムだけでみてもトゥー・ドアが生で、ブロックが打ち込みやから、エンジニアの浦本(雅史)さんとはその間の音作りにしたいねと話してました。
ーー「LAZY」は甘い声で、<くたばりそう>とかスパイシーなことを言うのが強烈に魅力ですよね。
出身がヤンキーが多い播州(兵庫県南部)やからか、関西の口の悪さが、ちょっとね、出てるんですかね(笑)。
ーーハハハ(笑)。いや、どうかな。「〇〇なの」とか「〇〇でしょう」とかの語尾が、a子ちゃんの世界観に働きかけてる部分がすごい大きいなと。
これはわざとで、昔から語尾を統一してます。歌詞の中のa子はそういう言葉遣いをしているイメージなんです。「LAZY」と「惑星」のYouTubeのコメントで「「〇〇でしょう」がこの人のキャッチフレーズに聞こえる」と言ってくださる方がおって。意外と気になってくれてるのが嬉しかったです。
a子 - 惑星 : MUSIC VIDEO (Ako - Planet)
ーー鋭いですね。心の中や普段話してる時は、関西弁で「〇〇やねん」みたいなテンション感ではある?
そうですね。歌詞と全然違う。「〇〇なの」とか「〇〇だわ」とか言わん……言うな、言うかもしらん。メンバーに無理なお願いをする時は、かわいこぶって「もう嫌なの!」と言うかもしれないですね(笑)。歌詞ではいつもの自分と違う面が出ているのかもしれません。
ーー歌詞で言うと、<はなさんで>は関西弁ですよね。
たまに歌詞に関西弁を入れるんですけど、今回はBメロをまるまる関西弁にしました。
ーー関西人は心掴まれますからね。「LAZY」もやけど、a子ちゃんは愛について結構歌っていると思うんです。
インディーズの時に出したEP「ANTI BLUE」(2022年)までは、子供の頃からの不安を、大人の目線で自分なりの答えを出してあげるような曲を作ってたんです。ひねくれてたので、愛を語るのも恥ずかしかった(笑)。でもそれ以降、londogや色んな人と出会うことで、心の余裕を持てるようになって、自然と愛の言葉を出せるようになりました。キーボードや編曲をしてくれてる中村エイジさんと「愛は恋愛してなかろうが、親とうまくいってなかろうが、全人類がなんとなく共通の認識として持てる唯一の感情。フランス映画やクリエイティブ作品の題材になるのは、エンタメとして分かりやすいからなんかな」と話したことがあって。「a子の歌詞に自然と愛の言葉が入ってくるのは良い傾向で、いろんな人に聞いてもらうための成長のひとつなんじゃない?」と言われて「正解!」と思いました。
●粒ぞろいのアルバム『GENE』、板東的3選は……?●
ーー7月10日(水)にリリースの1stアルバム『GENE』。歌詞もですけど、ワードチョイスが世界観に直結してますね。
自分のアイデンティティは、色んなエンタメやクリエイティブなものを吸収して出来上がってるんですよね。過去の偉大な作品たちから受け継がれている自分の作品も、その大きい流れの中の一部になってほしいとの思いを込めて、遺伝子の意味の『GENE』にしました。
ーーその視野の広さは昔からですか?
2022年頃からです。中村さんと、ギタリストの齊藤真純くんと3人で曲を作ってる時に、「私1人でこんなに悲しいし、1つの国だけでも悲しいニュースや大変なことが起きてるということは、国の分だけそれがあるということ。だったら、自分の作品を聴いた人が何かを感じて行動して、それがさらに他の人の行動のキッカケになる……、みたいに連鎖して解決に繋がればいいなと思ってる」と話してたんです。中村さんは「へー」という感じだったんですけど、真純くんが良いねと言ってくれて。その後LINEで「a子が言ってるようなことを提唱した学者がいてさ。「ミーム」という言葉を考えたリチャード・ドーキンスって人だよ」と教えてくれました。『利己的な遺伝子』と提唱していたと知っていたので、その時からアルバムのタイトル候補でした。
ーー凄い素敵。私は『GENE』全13曲に、a子というアーティスト像が現れているなと思ったんですよ。粒ぞろいの曲の中から、板東的3選を挙げてもいいですか。
おお!
ーー1曲目は「miss u」。
「miss u」は90年代から2000年初期を意識して作りました。オリヴィア・ロドリゴのアルバム『Guts』(2023年)が出た時に中村さんから教えてもらって、聴いたら「マジでやばい」となって、そこから音作りをはじめました。
ーーニッチでインディが好きな人もハマれるのに、ポップスまで消化してるのがオリヴィアの音楽性ですよね。「miss u」もそのポテンシャルしかないと思いました。
JUDY AND MARYの「そばかす」とオリヴィアのサウンドを組み合わせたらどうなるんだろうと思って。ロックがやりたくて作りました。こんな感じで、参考にしている色んな方々の過去の作品から、遺伝して自分の曲ができてます。
ーー私が大好物なわけですよ! そして2曲目は「情緒」。
嬉しいです。「ANTI BLUE」収録曲ですが、思い入れのある曲なのでアルバムにも入れました。当時はポップスに寄せられるように試行錯誤してたんですけど、今聞くとめっちゃインディなんですよね。この時の自分たち、何考えてたんやろうってくらい(笑)。
a子 - 情緒 (Live)
ーー歌詞もよくて、味わい深いスルメみたいだなと。
歌詞もメロディーも高校生の時に作ってたんですけど、「ANTI BLUE」の時に久石譲さんのジブリ感のあるピアノを取り入れて作り直しました。生のドラムを録ったのが初めてで、当時は私が勘でミックスしたんですけど「あれ? なんかうまくいかんぞ」みたいな事が起きました(笑)。でも妥協は全くせずに少し不格好ながら精一杯やった曲だから、可愛いもんです。
ーー1stアルバムに並んでる中ではすごい大人に感じましたけどね。
当時、自分たちがやりたかったけどできなかったことを、照内さん(照内 紀雄)にミックスを直してもらったからかも。聞き比べて、それぞれの良さを感じていただけたらと思います。
ーーそしてラストを飾る「ボーダーライン」。これめっちゃ好きです。「ボーダーライン」の驚きにたどり着きたくて、1曲目から聴き直したくなります。
意外です! いつもウィスパーボイスで歌ってるんですけど、やめてみました。
ーー違いすぎて「どなたですか?」と思いました。誰かフィーチャリングに入ってるのかなと思うくらい。
マイク選びから苦労しました。これも照内さんにエンジニアとして入っていただいたんですけど、サビがウィスパーで、AメロとBメロが低い声なので、どっちもハマるマイクがなくて。低い声の方が声が前に出るから、どちらも同じように聞かせる方法を一緒に考えてくださって、おしゃれなミックスになりました。
ーー2人いますもん。思わずクレジットを確認したくらいに別人。低い声のボーカリングもすごい素敵で、私はどちらも好きですね。
よかった。中村さんと私は音を足しすぎなところがあるのですが、この曲は削って削って。中村さんなんて、私がちょっとトイレに行った間に3つくらい音を増やすんですよ。私も足しがちなので、なるべくシンプルで爽やかなサウンドを目標にしていました。
●最終目標は、新しいジャンルの音楽を作ること●
ーー今回アルバムリリース後、8月3日(土)に大阪のUMEDA CLUB QUATTRO、8月9日(金)に東京のLIQUIDROOMとワンマンライブ『Umbilical Cord』を控えてらっしゃいます。このタイトルは?
「へその緒」という意味ですね。好きなアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のアンビリカルケーブルから持ってきました
ーーこのワードセンスもa子ちゃんらしくていいですね。へその緒レベルで繋がれるのが楽しみ。アルバムとライブが、お客さんにとっても繋がるショーになるんじゃないかなと思います。前回、大阪の梅田シャングリラのワンマンライブにお邪魔した時はシームレスな印象でした。照明が暗めで、ミステリアスな世界観に一気に引き込まれるのに、喋るとめっちゃ関西人。このコントラストが魅力だなと思ったんですけど、今回は曲数も見せ方も増えたから大変そう(笑)。
ほんまに他人事やけど、自分どうすんのかなと思って(笑)。人様の前で歌うのがすごい苦手なんです。今年の目標はライブを楽しむこと。
ーーワンマンは表現したいことを出せる環境なので、思いっきりa子の世界観に連れて行ってほしいなと思います。それこそ、アルバムにもライブ映像が収録される『SXSW』での経験でなにか掴めたものはありましたか?
『SXSW』の時はスケジュールを詰め過ぎてあんま意識ないんですけど、逆にその方がリラックスできてたかもしれないです。真面目に向き合うと緊張で表情が強張っちゃうんですけど、アメリカでは気楽に歌えました。そのマインドも大事やなと思って、今後あんまり神経質になりすぎないようにチャレンジしたいです。いまだに緊張しちゃうからお客さんの目を全く見れないので、見て、「ありがとう」と言えるようにしたいですね。
ーーライブ以外での今後の目標はありますか?
自分の目標は、新しいジャンルの音楽を作ること。長い音楽の歴史の中で音楽のジャンルは出尽くしているけれど、今あるジャンルを組み合わせてa子を象徴する音楽をいつか作りたい。先日、中村さんと一緒にサカナクションさんの復活ライブ1日目を観に行かせていただいて、自分たちに足りないものを何個も見つけられたんです。
ーーというと?
自分たちの曲はメリハリが足りないということ。それはフィルイン(音のつなぎ目で鳴らす音)とキメ(曲にアクセントをつけるフレーズ)を意識していなかったからかもしれなくて。今までは音の作り方として、一気に音を減らしてからサビに入ることはあっても、サビ前に音を重ねたことがなかったんです。もしかしたらそこを変えることで、サビが聴きやすくなって、飽きがこないようにできるかもしれへんと気づきました。フィルとキメをまとめてアクションと私たちは呼んでいるんですけど、今はそのアクションの付け所を意識する事に挑戦中です。
ーーアレンジの可能性を、今掴みつつあると。
アルバムはその時の自分たちができる最大限をやり切ったし、新しいジャンルを作るという最大の目標の過程を表現できたと思ってます。気が早いんですけど次の段階にチャレンジしていて、たくさんの方の耳に残るサビのメロディーや歌詞を考え始めています。
取材=板東さえか 文=SPICE編集部