20年ほど前、野球の本場・アメリカで『オールド・ルーキー』という映画が話題になった。35歳でメジャーデビューした投手をモデルにしたストーリーだったが、このモデルとなった投手、ジム・モリスはドラフト1位でブリュワーズから指名され入団しながら、肩の故障により一度引退。

 高校で教師として第2の人生を歩んでいた際に、指導していた野球部の生徒との約束からプロテストを受験することになったのだ。これに見事合格した彼は、1999年9月、デビルレイズのリリーフとして見事メジャー初登板を果たした。この時、彼は多くの選手が引退を迎える35歳だった。

 この映画『オールド・ルーキー』のなかのセリフに、「世の中には、野球よりもっと大事なものが山ほどある」というのがある。これは野球を失おうとしていた少年の頃の主人公をいさめる父親のセリフだが、モリスは自らにとって野球が最も大事なものであることを、身をもって示した。

 そのモリスと同じ35歳で、自身の人生で最も大事なものをつかんだ男がいる。


先月行なわれた台湾プロ野球のドラフト会議で指名された高塩将樹 photo by Asa Satoshi

【年齢がネックになり指名漏れ】

 先月末に実施された台湾プロ野球(CPBL)のドラフト会議で指名された高塩将樹だ。日本では無名の男が、35歳にして「プロ」の舞台へとたどり着いた。

 高塩が台湾ではちょっとした存在だったことを知ったのは、昨年の夏のことだった。

「マサキがそっちにいるだろ」

 メッセージの主は、オーストラリア在住の台湾人の友人からだった。彼とは長い付き合いだが、彼の本業は不明のままだ。台湾とオーストラリアの両国の野球界に通じ、オーストラリアのウインターリーグに武者修行に行く台湾人選手の面倒を見るついでに、日本人選手の世話もしている。面倒を見てもらった選手の話によると、ふらりと入ったレストランで現場を仕切っていたということも聞いたが、SNSには草野球に興じている姿しかない。

 私が台湾楽天の取材に来ていることをSNSにあげると、早速世話焼きの血が騒いだのか、関係諸方に根回しをしてくれ、取材をスムーズなものにしてくれた。

 台湾楽天の取材が落ちついたあと、件のメッセージが彼から舞い込んでいたというわけだ。

「マサキ? 誰?」

 そう返すと、ブリスベン・バンディッツ(オーストラリアウインターリーグ)のユニフォームを着た東洋人の若者の写真が送られてきた。

 すぐに答えは出なかったが、そのうちひとりの日本人の名前を思い出した。その写真は、若き日の高塩のものだった。

 高塩はプロ野球選手も多く輩出している神奈川大でプレーするも、ドラフトにかかることはなく、クラブチームでプレー。その後、一念発起して2012年に独立リーグの世界に飛び込んだ。

 入団したBCリーグの富山サンダーバーズでは、すぐに主戦投手となった。1年目5勝、2年目9勝、そして3年目にはローテーションの柱として10勝を挙げた。

 しかし、ドラフトで彼の名前が呼ばれることはなかった。すでに25歳を迎えており、この年齢をすぎるとスカウトたちは「伸びしろ」を理由に、球団に獲得を進言することはほとんどなくなるのが現状だ。

 高塩は富山を退団し、2014年にオーストラリアへと向かった。ここで初めて彼のピッチングを目にしたのだが、メジャー経験者もいる相手打線を小気味いいピッチングで6回無失点に抑えてきた。

 数日後、旧知のオーストラリア選手と、もうひとり在籍していた日本人選手を交えて食事をすることになった。その時、その日本人選手が高塩を誘ったそうだが、断ったという。

 ウインターリーグの取材中、彼に声をかけても返事を返してくれることはほとんどなかった。いくら結果を残してもNPBの重い扉を開けない現状に苛立っていたのか、この時の高塩は人を寄せつけないオーラを放っていた。

 2015年になると、BCリーグに新球団・福島ホープスが誕生。その新球団のロースターのなかに、高塩の名前があった。NPBの夢は叶わなくても、独立リーグが拡大を続けるなか、プレーする場はいくらでもあった。

 指導者たちは「ここは夢を叶える場であると同時に、夢をあきらめる場でもある」と、年齢のいった選手には引退を進言するが、何年もプレーを続けてきた"ベテラン独立リーガー"の存在なしに、リーグの質が保てないことを誰よりも知っているのも彼らだ。

 ベテラン独立リーガーとなった高塩は、福島で2シーズンプレーした。ここでも彼は主戦投手としてマウンドに上がり、成績もオーストラリアに渡る前とほとんど変わらなかったが、NPBから声がかかることはなかった。

【台湾の社会人野球で実績】

 その後、彼の名前を聞くことはなくなった。BCリーグでプレーした最後の年で27歳だった。

 それから7年後、台湾で再び彼の名を聞くことになった。記憶を呼び戻しながら「まだやってたのか」と驚かずにはいられなかった。

 福島ホープスを退団後、台湾プロ野球のトライアウトを受験したという。このトライアウトには残念ながら合格しなかったものの、150キロに迫る彼の投球を台湾球界は離さなかった。

 台湾にはファームリーグを備えたトッププロと、CPBLの下に社会人野球が存在する。社会人野球とはいうものの、その最高峰の大会「ポップコーンリーグ」に参加する大企業、主要自治体がバックにつくチームともなると、選手は野球に専念しながら給料をもらっており、野球だけで十分に食べていける。

 高塩は社会人野球チームに入団し、ここでも主戦投手として活躍。1年目の2017年にはポップコーンリーグで7勝1敗、防御率1.78という圧倒的な数字でベストナインに選ばれている。

 その後も衰えることを知らない彼のピッチングにプロも注目するようになった。

 2021年末にCPBLは一定の条件を満たした外国人留学生、そして台湾の社会人野球でプレーする外国人選手に、ドラフトの門戸を開けた。これにより高塩も2022年からドラフト会議の指名対象選手になるも、一昨年、昨年と指名漏れに終わった。それでも高塩はあきらめることなく、野球を続けた。

 そして今年6月28日に台中市で行なわれたCPBLドラフト会議で、過去最多となる10度の優勝を誇る名門・統一ライオンズが6位で高塩を指名。順位は決して高くないが、彼の獲得には数球団が乗り出していたなか、若い選手とのバランスを見ながらの"駆け引き"を制した形だった。

 今シーズンの統一は、すでに前期のペナントを獲り、ポストシーズンに向けて後期制覇を狙う。35歳のオールドルーキーが開けた重い扉の前に続いているのは、台湾チャンピオンへの道だ。