言語は人間という存在を特徴付けるもののひとつですが、その機能については「思考のためのツール」なのか、「コミュニケーションのためのツール」なのかで議論があります。2024年6月19日に科学誌のNatureに掲載された論文で、研究者が「言語はコミュニケーションのためのツールである」と結論付けました。

Language is primarily a tool for communication rather than thought | Nature

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07522-w



マサチューセッツ工科大学とカリフォルニア大学の研究者らは、言語の進化的起源について結論を出すことは難しいものの、現代人における言語の機能について考えることはできると主張。過去のさまざまな研究結果を参考にして、言語は「思考のためのツール」なのか、それとも「コミュニケーションのためのツール」なのかを論じています。

研究者らは、もし言語が思考のためのツールであるならば、ある種の思考や推論は言語なしでは成り立たないはずだと指摘しています。一方で、もし言語がコミュニケーションのためのツールであるならば、言語には「効率的な情報伝達」において有益な特徴が現れているはずだとのこと。

以下の図で、左(赤色)が人間の脳における言語ネットワークに関わる領域を表したもので、中央(青色)と右(緑色)が思考や推論を支えるネットワークに関連する領域を表したもの。このように、言語的な処理をする際と思考や推論の処理をする際では、活性化するネットワークが異なっていることがわかります。



もちろん、単語や構文構造、非言語的なシンボルについての知識は、ある種の認知的タスクの実行を容易にするものです。しかし、必ずしも「言語=思考」というわけではないと研究チームは主張しています。

その証拠として挙げられているのが、言語障害を持つ人の認知機能について調査した過去の研究です。研究者らによると、語彙(ごい)と統語能力の両方に影響が及ぶ重度の言語障害を持つ人でも、多くの思考形態が維持されていることを示す多くの事例が存在するとのこと。この結果は、重度の言語障害を持つ人は思考や推論ができないわけではなく、それらを言語表現に置き換えられないだけであることを示唆するものです。

また、非言語的な刺激や課題に対する脳ネットワークの反応をfMRIのようなツールで調べた研究でも、いくつかの思考・推論において言語ネットワークが沈黙状態であることが確認されていると研究者らは述べています。



別の側面からの証拠としては、「難聴者で声が聞こえない子どもの発達」についての研究が挙げられます。子どもが難聴者であり、その親や養育者が健聴者で手話を知らない場合、子どもが生後何年も言語に触れることなく成長するケースがあります。過去の研究では、こういう場合でも子どもが複雑な認知機能を発達させられることが示されており、「子どもが成長する段階で言語が必要」というわけでもなく、言語と思考は並行して発達するものだと研究者らは主張しています。

さらに、言語能力が無傷であったとしても、脳への外的損傷や精神疾患などにより、思考や推論能力にのみ問題が生じているケースもあります。つまり、無傷の言語システムを持っているからといって、必ずしも万全な思考や推論能力が保証されているわけではありません。

そして研究者らは、効率的なコミュニケーションのツールは生成と理解が容易であり、同時に環境的、あるいは処理メカニズム的なノイズに対して頑健な必要があるとしています。そして人間の言語は、音・単語・構文のすべてのレベルにおいて、これらの性質が備わっているとのこと。複数の言語にまたがって現れているこれらの特徴は、言語が主に内的思考に使われるものであるならば、発達する必要性が高いとはいえないものです。



研究者らは以上の点から、言語が思考の重要な基盤であるとは考えにくく、言語は「コミュニケーションのためのツール」であると主張。「私たちはこれらの証拠を総合的に考えて、言語は人の洗練された認知を生み出すというよりは、主にコミュニケーション機能を果たしていると主張してきました。言語は思考や推論のための重要な基盤を提供する代わりに、獲得した知識の世代を超えた伝達を可能にすることで、私たちの種を変容させた可能性が高いと考えられます」と述べました。