間もなく開幕するEURO2024で、スペイン代表を指揮するのが、ルイス・デ・ラ・フエンテ監督である。

 デ・ラ・フエンテはスペイン、リオハ出身だが、父がバスク系で、幼い頃から「バスク純血主義」(血縁としてのバスク人、もしくは幼少からバスクで暮らし、バスクでユース年代を過ごした選手のみで構成)で知られるアスレティック・ビルバオに入団し、薫陶を受けて育った。アスレティックの左サイドバックとして200試合以上に出場、80年代にラ・リーガ連覇やスペイン国王杯優勝を果たしている。

 1994年に引退後は、育成年代の監督として頭角を現した。セビージャユース時代にはセルヒオ・ラモス、ヘスス・ナバスを育て上げ(今回、38歳のナバスを代表に選出している)、代表でもアンダー世代の監督を歴任。2019年のU−21欧州選手権優勝、2021年の東京五輪準優勝を経て、代表監督に就任した。育成からの麾下選手を土台に、2023年にネーションズリーグで優勝し、EURO本大会に導いている。

「もともとバスク人だけ、という限られた人材での戦いを極めてきたことで、堅実で綿密な指導ができるし、何より力を束ねられる」

 バスク人監督デ・ラ・フエンテ評のひとつである。派手さはないが、集団力を高められるというのか――。


EURO2024でスペイン代表を指揮するルイス・デ・ラ・フエンテ監督 photo by Getty Images

 バスク地方はスペインの北(フランス・バスクにもまたがる)、バスク自治州及びナバーラ州を指す。人口は260万人程度。バスク自治州とはビスカヤ県、ギプスコア県、アラバ県の3県。たとえばアスレティックはビスカヤ県のビルバオ、久保建英が所属するレアル・ソシエダはギプスコア県のサンセバスティアンが本拠だ。

 バスク人はスペイン人と比べても独自の文化(スポーツでも、ペロタがサッカーと並ぶ人気競技である)を持ち、欧州にはない言語体系のバスク語が公用語で、体格も大柄である。血液型はRHマイナスの割合が遺伝型で60%(日本人は0.5%)と、他の民族と一線を画している。ローマ帝国やイスラム勢力の侵略を許さず、独立を保った長い歴史が影響しているとも言われている。

【いわゆるラテン気質とは無縁】

 サッカースタイルも、英国の影響を受けている。昔は、大きな体躯を生かしたキック&ラッシュが主流だった。そもそも「アスレティック」という名称は英語表記だ。

 いわゆるラテン気質ではない。イメージ的にはドイツに近く、謙虚さを美徳とし、規律正しく真面目。たとえばスペイン南部のアンダルシアには「盗まれた奴が間抜け」という文化があるが、対照的だ。

 バスク人監督は、とにかく実直に物事に向き合う。その姿勢こそ、人を束ねるリーダーの資質か。自分の損得を考えるよりも、集団を重んじる。
 
 その生き様が、「バスク人監督全盛時代」につながっているのかもしれない。

 ホセ・ルイス・メンディリバル監督は、バスクを象徴する名伯楽だろう。昨シーズンはセビージャをヨーロッパリーグ優勝、今シーズンはギリシャのオリンピアコスをカンファレンスリーグ優勝に導いている。どちらもシーズン途中の就任だが、堅実にチームを立て直した。日本では乾貴士の力を最大限に引き出したことで有名か。

 レバークーゼンのシャビ・アロンソ監督は新時代の名将候補筆頭だろう。ドイツ、ブンデスリーガで無敗優勝、ポカール(ドイツカップ)でも優勝。ヨーロッパリーグは決勝で敗れたが、逆転劇の連続でスペクタクルな内容だった。

「バスクの観客は、終了のホイッスルが鳴るまで戦うことを求める。その風土が、選手を育てる」

 現役時代にアロンソは語っていたが、リバプールでの伝説的逆転劇(2004−05シーズンのチャンピオンズリーグ/CL決勝。ミランに前半で0−3とリードされるも、同点に追いついてPK戦で勝利を収めた)は生き方の賜物で、その勝負精神は監督になっても変わっていない。

 他にもバスク人監督は多士済々である。

 ミケル・アルテタ監督はアーセナルを率い、マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督と比肩する攻撃的サッカーで2年連続、し烈な優勝争いを展開。冨安健洋の多彩なセンスも、日本代表にいる時以上に引き出している。ウナイ・エメリ監督はアストン・ビラを率いてCL出場権を獲得。執拗なまでの研究的考察で、戦術家として極まりつつある。エルネスト・バルベルデ監督はアスレティックを率い、今シーズンは国王杯優勝。バルベルデは民族的にはバスク人ではないが、バスクで幼少期を過ごし、アスレティックで選手として活躍し、「バスク人よりもバスク人」と言われる。

【「集団で戦う」という精神】

 他にも、アンドニ・イラオラ監督はプレミアリーグのボーンマスで名声を高めている。元スペイン代表監督のフレン・ロペテギも、来シーズンはウェストハムの監督就任が決定。オサスナを率いたハゴバ・アラサテ監督は昨シーズンのスペイン国王杯ファイナリストで、ホセバ・エチェベリア監督はエイバルを1部昇格に手が届くところまで引き上げている。フアン・マヌエル・リージョは現在、マンチェスター・シティの参謀だ。

 レアル・ソシエダを率いるイマノル・アルグアシル監督を忘れてはならない。CLベスト16は、クラブ規模を考えたら快挙。久保建英の能力を開花させ、その人心掌握は特筆に値する。

「バスク人選手が特に優れているのは、『集団で戦う』という精神ではないでしょうか」

 バスク代表監督(FIFA未公認だが、バスク人指導者に与えられる最高名誉職で、他にハビエル・イルレタ、ハビエル・クレメンテなどが務めた)を10年以上にわたって務め、「バスクサッカーの父」とも言われるミケル・エチャリは言う。エチャリはSportiva(スポルティーバ)のご意見番としてもおなじみだが、アロンソ、エメリ、アラサテ、エチェベリア、リージョなどとは"師弟関係"にあり、監督養成学校の教授も務めてきた。

「サッカーは11人対11人の戦いです。それぞれが持ち場を守り、足りない部分を補い合い、最後まで死力を尽くす。その様子が、"バスクサッカーは強く、激しく戦う"と映るのかもしれません。ただ、本質は集団性を重んじる点にあります。監督は選手たちを束ね、決断できるか。そこでの団結力こそ、戦いのモットーとすべきです」

 監督は、選手をひとつにできるか。リーダーの人間性はチームに反映する。凡将のもとで選手は輝かない。