「Ramen Dream 桐麺」桐谷店主。年商1億円の人気店を育てるも、マネージャー業に仕事が変わるなかで虚しさが生じ、「計画的サヨナラ」を決意したが…(筆者撮影)

大阪は阪急電鉄・神崎川駅から徒歩12分のところに、大阪でトップレベルの人気を誇る行列店があった。「桐麺 本店」だ。

大阪・福島の行列店「ラーメン人生 JET」出身の店主・桐谷尚幸さんが2014年12月にオープンしたお店。「食べログ百名店」にも毎年選ばれ、日本最大級のラーメン専門クチコミサイト「ラーメンデータベース」では大阪府総合1位に輝いたこともある名店だ。

屈指の名店に育て上げるも、虚しさが生じたワケ


昨年閉店した「桐麺 本店」(筆者撮影)

そんな「桐麺」が昨年1月に突然閉店を発表した。

お知らせです。
「桐麺本店」「中華そば桐麺」「桐ちゃん製麺」今ある桐麺3店舗 2023年7月末に閉店します。
桐家は兵庫県加西市に引っ越し、夢のラーメン屋付き住居で自分のラーメンの究極を追う「Ramen Dream 桐麺」として家族で出発します。
7月末まで大阪桐麺がんばります!
麺 for all All for 麺

茹でた麺の上にタレをかけ、卵を載せた「釜玉桐麺」、その冷やしバージョンである「冷やし桐玉」が大ヒットした。

【画像】「TKM(たまごかけ麺)」の関西での火付け役に! 絶品、桐麺の「冷やし桐玉」はこちら(9枚)

今年のヒット番付にも入った「TKM(たまごかけ麺)」の関西での火付け役は「桐麺」といってもいいだろう。


大ヒットした「冷やし桐玉」(筆者撮影)

その人気とともに社員が育っていき、桐谷さんがお店に立たなくてもしっかり回るようになっていた。桐谷さんの仕事は自ずとラーメン職人からマネージャー業に代わっていったのだ。

年商は1億円を突破していたものの、生涯ラーメン職人を目指していた桐谷さんはなにか虚しさを感じていたという。

弟子たちが独立を志願していたこともあり、ここで閉店をし、地方で夫婦二人で再出発することを決めたのだった。

この「桐麺」の“計画的サヨナラ”が話題となり、常連客を中心に7月の閉店までたくさんのファンたちが行列を作った。桐谷さんは大阪のお店の閉店と、兵庫県加西市での新たな門出の準備をしていた。

常連客「どうにか本店だけでも…」

しかし、このままでは終わらなかったのだ。計画的サヨナラを発表した後、「どうにか本店だけでも残してくれないか」という声が常連客から多く上がり、桐谷さんは大阪の店を残すすべがないか考え始めた。

「JET」時代の後輩で、多くの飲食店を展開する知人の松井利也氏に相談すると、桐谷さんが味の監修・チェックをする前提で受け継いでもらうことになった。こうして株式会社桐麺JAPANが立ち上がった。神崎川の本店は閉店することになったが、十三にある支店を残せることになった。

今までの桐谷さんが自ら仕込みをするやり方とは別で、セントラルキッチンで味づくりをし、麺も製麺所で作れる方法を模索した。桐谷さんが横山製粉と共に開発した「スーパー桐麺粉」を使い、特殊な製法で麺を打ってもらった。

「今までは一から十まで自分で作ることにこだわり続けてきましたが、『桐麺』を食べたい人が本当に多く、喜んでくれる人がいるならば、体制を整えてしっかり『桐麺』の味を存続させ、大阪のお店は残すべきだと考えたんです。月一で味のチェック、麺のチェックを欠かさずやっているので、良いクオリティで出せていると思います」(桐谷さん)

「どうせFC(フランチャイズ)だろう」と敬遠する人もいたが、実際食べてみると美味しいとどんどん話題になっていった。今では昔からの常連客も変わらず来てくれるようになっている。

桐谷さんには7人の子供がいる。大阪時代は忙しすぎてまったく育児はできなかった。加西市に引っ越して、初めて末っ子の卒園式に参加することができたという。

「田舎で奥さんと二人でラーメン屋をやりたいと考え出したのは3年ぐらい前からでした。経営者ではなく、あくまで生涯ラーメン職人でいたいと思っていたんです。

場所を探している中、初めて加西に来た時にこの場所に一目惚れしました。たまたま空いていた田んぼが売りに出ていて、即買いしたんです。何より加西の空の青さに惚れたんですよね」(桐谷さん)

こうして2023年10月20日、「Ramen Dream 桐麺」はオープンした。しかし、オープンした時のその景色は、「夫婦二人でゆっくりラーメン屋をやりたい」という桐谷さんが思い描いていたイメージとはまったく違うものだった。

初日から大盛況だったが、近所からは苦情もあった

ある程度お客さんが来ることを見越して、初日から記名制にしていたものの、14時で営業終了の予定が18時半までお客さんが途切れなかった。なんと初日からラーメンが200杯も出たのである。加西市という場所を考えたらあり得ない数字である。


兵庫県加西市にオープンした「Ramen Dream 桐麺」(筆者撮影)

常連客がお祝いを持ってきてくれ、加えて各地からファンが集まった。駐車場が7台しかなかったこともあり、路上駐車が増え近所からは苦情の嵐だった。その後、一日50組限定にしたが、それでも16時までお客さんが途切れない状態だった。

「始めの1カ月は本当に大変でした。路上駐車の嵐で近所迷惑になり『よそ者が来るところじゃねえ』と罵られました。一方で『桐麺』ってこんなに有名なんだ、こんなに愛されているんだということに改めて気づいたんです」(桐谷さん)

新たな土地で「桐麺」を愛してもらうためには、自分が一目惚れしたこの町を愛していることを地域の人たちに知ってもらうところから始めようと、桐谷さんは地域の人たちと交流を始め、北条節句祭りなどの行事に積極的に参加するなどして、だんだん町に認めてもらえるようになった。


「桐麺加西ハッピーラーメン」は750円で提供(筆者撮影)

ラーメンは750円から1200円までいろいろな価格帯のメニューを準備した。

「近所の仲良しのおじいちゃんは『ラーメンなんかに1000円も出せるか』と言っていて、最初は750円のラーメンを食べていきます。でも、それで美味しいと感じると、次は1000円のラーメンを食べてくれるんです。

美味しいものを出していれば、『1000円の壁』なんてないんじゃないかと思う時もあります」(桐谷さん)

営業日は火・金・日の3日間のみ。営業時間は11時から14時までと昼のみだ。それでも平日で10万円、日曜日は15万円の売り上げを稼いでいる。

通常の店から考えると倍近い売上額。お店でラーメンを出しているほか、持ち帰りや通販なども好調に売れているからだ。


営業日は週3日、営業時間も昼のみだが、平日10万円、日曜日は15万円の売り上げを誇る(筆者撮影)

あまりにお客さんが集まることもあり、営業日を絞って仕込みの日と営業の日を完全に分けることにした。営業日は徹底的にお客さんに向き合うためだ。

「最近だとチェーン店などではロボットや機械が調理するところも増えてきています。それがかなりのクオリティーであることも知っています。

その中で、職人がロボットに負けないためには、お客さんに向き合って笑顔で接客することだと思います。人間にしかできないことをしっかりやるということです。厨房もオープンにして客席全体が見えるところで全員と向き合うのが僕の仕事だと思っています」(桐谷さん)

ラーメン店の新たな生き残り方


調理中の桐谷さん。週3営業だからこそ、新しいことができる(筆者撮影)

桐谷さんはカップ麺の監修やカラオケ店のメニュープロデュースなど、新たなことにもチャレンジしている。店舗運営以外の活動で売り上げを作ることによって週3営業を保つことができるのだ。

「疲れた表情で営業したくないというのが一番でした。毎日営業するとなると仕込みの量もとんでもないことになるので、週3営業にできるのはとてもありがたいです。

計算したら週30時間も仕込みをやっていることになるのですが、仕込みだけの日を作れることによってしんどさやつらさがなくなりました。仕込みは僕にとっては小麦と遊んでいる時間なので、至福の時間です」(桐谷さん)


「桐麺」の人気から、今では加西市役所が市を挙げてラーメンを盛り上げている。ラーメンマップを作り、ラーメンを食べに来たお客さんに観光を促すなど新たな動きも出てきている。

「何より加西の人たちが食べに来てくれるのが嬉しいです。地元のおじいちゃんが朝の散歩の時に店に寄って名前を書いていき、昼に食べに来てくれます。みんな朝早くに来て記名してくれるから、いつも1巡目は地元の人ばかりです。これからは町に貢献していけるラーメン屋になれればと思っています」(桐谷さん)

名物「桐玉」は加西市のふるさと納税品に今年の秋から登録予定だという。

大阪のお店の存続やほかの事業がなければ、この形では営業できていなかったはず。そういった意味でも「桐麺」はラーメン店の新たな生き残り方を示してくれている。

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桐谷さんの人生が詰まった一杯だった(筆者撮影)


箸上げの様子も、なんとも美しい(筆者撮影)


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)