中之島に新たな映えスポット誕生、「シン」化した大阪市立東洋陶磁美術館で選び抜かれた自然光

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リニューアルオープン記念特別展『シン・東洋陶磁―MOCOコレクション』2024.4.12(Fri)~9.29(Sun) 大阪市立東洋陶磁美術館

大阪のアートシーンを彩る美術館がまたひとつ誕生した。中之島の大阪市中央公会堂や堂島川、バラの小径を見渡す場所に建つ、大阪市立東洋陶磁美術館だ。1982年に開館した大阪市立東洋陶磁美術館(MOCO=モコ)が約2年間の改修工事を経て、4月12日(金)にリニューアルオープンした。

リニューアルを記念して9月29日(日)まで特別展『シン・東洋陶磁―MOCOコレクション』が開催されている。開館に先立ち行われた4月11日(木)の記者発表・内覧会には守屋雅史館長らが登壇し、多くの報道陣が詰めかけた。

明るく開放的に「シン」化

開放的なエントランス

今回のリニューアルを象徴するのは、明るく開放的なガラス張りのエントランスホールとカフェだ。エントランスは高さ約7mのガラスに囲まれ、四隅には柱がない。金属の細い部材にガラスをはめ込む特殊な構造を採用することで広がりのある空間を作り出し、中之島公園との一体感を演出している。スタイリッシュで開放的な雰囲気に包まれ、「より多くの市民やご来館の皆さまに親しまれる施設に」という思いが伝わってくる。

新しくオープンしたcafé KITONARI(カフェ キトナリ)には、所蔵品をモチーフにした飲みものやスイーツが登場。カフェのみの利用も可能で、鑑賞の前後はもちろん、散策の途中に気軽に立ち寄れる中之島の新たな映えスポットとなりそうだ。

中国陶磁の展示室は天井が高いところにも注目

外観・内装の変化に注目しがちだが、リニューアルの真骨頂はやはり作品、そして作品の魅力を増大させるこだわり抜いた見せ方である。開館当時から、自然光を採用した展示室を設けるなど照明にこだわってきたMOCOだが、より美しく見てもらいたいという思いから、展示室の照明を全面変更した。

天窓のもと展示されている国宝・「飛青磁花生」

北側に障子1枚を再現

鄭銀珍学芸主任によると、今回のリニューアルにあたって注力したのは「代々受け継がれてきた普遍的な作品の美しさや魅力を、今生きている人たちにどうやって伝えていくか」ということ。2年かけて最適な照明を模索し、紫色のLEDに辿り着いた。昔の茶人が陶磁器を鑑賞する際に一番ふさわしいと考えたのが「北側に障子1枚」からこぼれる自然の光だそうだ。採用された紫励起LEDは自然光に近く、陶磁器本来の魅力が最もよく引き出されるという。光りすぎることもなければ暗いわけでもない、柔らかく絶妙なライティングで、例えばMOCOのヴィーナスと呼ばれる「加彩婦女俑(かさいふじょよう)」は、ふっくらとしたフォルムや表面の質感をありありと感じることができる。主役はあくまでも作品だが、この機会に照明という陰の功労者にもぜひ注目してほしい。

「加彩婦女俑」唐時代 8世紀

ちなみに「加彩婦女俑」はMOCOオリジナル仕様の回転式展示台に飾られていて、鑑賞者は動かずとも全面を観ることができる。

作品の魅力を引き出すためにどのような工夫が凝らされているのか、ここからはその一部をご紹介していこう。

時を超えた名品のロマン

リニューアルオープン記念特別展のタイトルにある「シン」には、「新」たなミュージアムへと歩み始めること、「真」の美しさとの出会い、「心」がワクワクする鑑賞体験という3つの願いが込められているという。「開館から40年経ち、その間に様々な研究成果がありました。それは作品に新しい価値をプラスしていくということ。展示の仕掛けを変えて、皆様に新しい魅力を紹介する展覧会にしたい」と語るのは守屋館長だ。

今回展示されている国宝2件、重要文化財13件を含む約380件は全てMOCOのコレクション。つまり、MOCOを訪れたことがある方にとっては、すでに観たことのある作品ばかりだ。それなのに、まるで初めて観たかのような新鮮な印象を受ける作品にいくつも出会うことができる。また同時に、初めて訪れる方にも東洋陶磁の世界に入りやすいのではないだろうか。

「天下無敵―ザ・ベストMOCOコレクション」

まず注目したいのは第1展示室「天下無敵―ザ・ベストMOCOコレクション」。足を踏み入れた瞬間、ほかの展示室とは趣が異なっていることに気が付く。ここにはMOCO コレクションの名品と共に、写真家・六田知弘がイタリア・ローマなど歴史的都市の壁を撮影した写真作品「壁の記憶」シリーズが併せて展示され、空間全体がインスタレーションのようになっているのだ。

六田は2013年ごろから館の所蔵する作品の写真を撮り続けており、その魅力を熟知している。鄭主任学芸員によると、「こちらから指示をしなくても、作品の一番美しい角度、見てほしい部分にスポットをあてて撮影してくれる」と信頼が厚い。「何百年何千年と人々が様々な記憶や思いを寄せてきた壁。焼き物も同じように、ずっと大事にされてきました。長い時間をかけて人々が大切にしてきたもの同士を同じ空間の中に展示することで、今まで気が付かなかった、作品を取り巻く雰囲気をも感じていただきたい」と力を込める。

「青花辰砂蓮花文壺」 朝鮮時代 18世紀後半

韓国陶磁随一の名品「青花辰砂蓮花文壺(せいかしんしゃれんかもんつぼ)」の背景には、蓮が泥の水に咲く花であることから、水を意識して青い壁の写真が飾られている。背後に水の存在を感じることで奥行きが生まれ、壺に描かれた蓮がよりいきいきと見えてくる。作品は「もの」ではあるが、その奥に作った人、使った人、受け継いだ人たちの時を超えた営みがあることを改めて感じた。

MOCO コレクションの名品と壁の写真が織りなす色や質感の調和は、見る人にこれまでにない鑑賞体験を与えてくれるだろう。先人たちから受け継がれた名品のロマンに思いを馳せながら、ゆっくりと時間をかけて味わいたい。

「シン」キャラクターの誕生

次に紹介したいのは猫、ではなく虎として生きてきた猫のようなキャラクター「MOCOちゃん」だ。ロゴとサインの刷新とともに新たに作られたキャラクターで、館内の案内役として様々な場所で鑑賞者を導いてくれる。

「青花虎鵲文壺」 朝鮮時代 18世紀後半

MOCOちゃんは「青花虎鵲文壺(せいかとらかささぎもんつぼ)」に描かれている、どう考えても猫に見える虎である。山と月、カササギに断崖絶壁という虎を象徴するモチーフが描かれていることから長年虎とされてきたのだが、鄭主任学芸員が研究を進める中で、やはり猫なのではないかという考えを持つに至ったという。

もしこれが本当に猫だとしたら、世界に類を見ない貴重な一品となる。だが、これまで何十年も虎とされてきたものを猫であるとするには、きちんとした裏付けが必要だ。そこで、MOCOちゃんが猫であるかどうかを検証するさらなる研究を進めている。現時点の展示キャプションには虎と紹介されているが、猫に変更される日が近いかもしれない。晴れて猫であると認められるのか、続報を待とう。

「青花虎鵲文壺」が展示されている展示ロビー2では、大きなスクリーンにMOCOちゃんのアニメーションが投影されている。目の前にある壺からMOCOちゃんが抜け出してきたような、とても楽しい演出だ。お子さんや海外の方にも直感的に理解してもらいたいという思いから、アニメーションに文字はなく、絵の動きだけで表現されている。展示ロビーには椅子が用意されているので、ここで一息つくのもいい。

輝きを増す国宝「油滴天目茶碗」

国宝「油滴天目茶碗」 南宋時代・12-13世紀 建窯

MOCOといえば、国宝「油滴天目茶碗(ゆてきてんもくちゃわん)」を真っ先に思い浮かべる方も多いだろう。宋時代に流行した喫茶用の黒釉茶碗の最高級品。室町時代以来高く評価され、豊臣秀次が所持していたことでも有名な逸品だ。もちろん「油滴天目茶碗」にもさらなる輝きが加わっている。

広い部屋に「油滴天目茶碗」専用ケースのみが佇む

このたび、作品を360度から鑑賞できる専用の独立ケースを導入。もともとは青のLED照明がついていた特注品のケースだが、茶碗が本来持っている赤・オレンジ・ピンク等の虹色の光彩がきちんと出るように紫のLED照明に付け替え、ケースの高さを変えるなど改造を施した。長年大切にされてきた宝石のように輝く茶碗にうっとりすると同時に、こうして美しさを堪能できるのは、作品をより良く見せたいという美術館の細部に渡るこだわりがあるからこそだと感じた。

また、「油滴天目茶碗」の魅力を文字通り手に取るように感じることができるのが、新たに導入された体験型デジタルコンテンツだ。実物の「油滴天目茶碗」の形にそっくりな茶碗型ハンズオンコントローラーを動かすことにより、4Kモニターに投影される高精細3DCGで好きな角度から鑑賞することができる。

茶碗型ハンズオンコントローラー

ただ動かすことができるだけでなく、投影される映像の中で背景や光の当たり方が変化し、それに応じて作品の見え方も変わるなど、細かな演出に感心させられた。実際の展示では見ることのできない底の部分なども観察できるので、実物より60グラム重いが形、厚み、底の足の部分の作り等は全く同じ茶碗型コントローラーを夢中になって動かしてしまう。実物を触ることはできないが、ここに来れば誰でも、最新技術を使って国宝をリアルに感じる夢のような体験ができる。

ショート動画が流れるパネルの後ろには、川を臨む休憩スペースも

ほかにも、若い世代の方に名品の良さを感じてほしいという思いで作られたのが、ラウンジ2の縦型スクリーンに映されている6秒間の短い動画だ。20代の映像作家に依頼し、「油滴天目茶碗」を含む5作品のショート動画を制作。瞬間的にかっこいいと思ってもらえるよう、作品ごとに撮影する角度や照明の当て方等に工夫を凝らしている。「飛青磁花生(とびせいじはないけ)」の動画では、途中で背景を変化させることで作品が持つ口から首にかけての完璧なシルエットを際立たせた。約800年前に作られた国宝の曲線美が現代的に躍動し、新鮮な印象を与えている。現在16秒バージョンも制作中とのこと。一部はSNS等で今後順次公開するそうだが、ぜひ館内で動画を観て、その後に実物の作品を鑑賞してもらいたい。

今回のリニューアルオープンで痛感したのは、普遍的な作品だからこそ、見るたびに新しい味わいが感じられるということ。そして、それがどれほど深みのある鑑賞体験であるかということだ。作品の魅力を最大限に引き出すことを極めたMOCOの姿勢に美術館の神髄をみた。先人たちが大切に守り伝えてきた品々にさらなる価値を見出す大阪市立東洋陶磁美術館から目が離せない。大阪・中之島界隈がバラ色に染まる季節が近づいている。「シン」化した大阪市立東洋陶磁美術館へ美しい名品を愛でに行こう。

取材・文=井川茉代 撮影=川井美波(SPICE編集)