吉田 羊

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2021年、森新太郎演出のもと、『ジュリアス・シーザー』で正義に燃えるブルータスをさっそうと演じた吉田 羊。このたび、森と再びタッグを組み、『ハムレットQ1』でハムレットを演じることとなった。『ハムレット』に3つの原本がある中、『Q1』はもっとも早い時代に刊行されており、現在よく上演されるF1の半分ほどの長さで、物語がぎゅっと凝縮されている。翻訳は松岡和子が担当。新たなハムレットの世界が展開されそうだ。吉田に舞台への意気込みを聞いた。

吉田 羊

ーーハムレットを演じられるお気持ちは?

前回、森新太郎さん演出の『ジュリアス・シーザー』でブルータスを演じさせていただきましたが、今回の演目を選ぶにあたって、森さんには、ブルータスとは対極の役柄をやってほしいというお気持ちがあったようで。できれば暗殺なんかしたくないと思う崇高、誠実なブルータスからの復讐心に燃えるハムレットでまた違った顔を見せてほしいと言っていただき、難役だけれどもぜひ挑戦したいと思いました。『ハムレット』といえば、復讐心に燃える、自ら死に向かう王子の物語というイメージがありましたし、そのハムレットがところどころで演じる狂気はすべて最終的な復讐のための布石だと思っていたんですが、今回『Q1』を読み、その狂気も、そのときどきで違う理由が考えられたり、そもそも狂気ではなかったりする可能性があるなと。復讐劇と並行して、自分を裏切る人間たちへの哀しみや絶望が見えてくるなと感じました。

ーー『ジュリアス・シーザー』での森さんの演出はいかがでしたか。

稽古に入る前に、周りの方々から、「森さんの演出はすごく厳しいよ」とか、「百本ノックの演出家だよ」とかずいぶん脅かされて。けれども、シェイクスピア作品を演じるにあたっては、そのストイックさやスパルタが非常に助けになったなと。お客様の前で生で演じる緊張感の中であの膨大なセリフを飛ばさずに言えたのは、やっぱり森さんのスパルタ稽古のおかげだったなと思っています。そして、オール・フィーメール・キャストでしたが、女性が意図的に男役を演じようとすると逆に女性っぽくなるというのが稽古で発見したことで。性別を超えて演じてみると、男性特有の暴力的表現に女性的価値観が加わって普遍的な人間が浮き彫りになるというのがとてもおもしろい経験でした。

吉田 羊

ーー今回の作品については、森さんとはどんなお話を?

エディプス・コンプレックスを前面に押し出したドロドロの『ハムレット』にしたくないというところで、私と森さんの間で解釈が一致しています。そして、けっこう笑えるところがあるんですね。そこはちゃんとお客さんを笑わせたいとも二人で話していて。ただ、ぎゅっと凝縮された戯曲で、現在もっとも上演されているF1版と比較するとQ1版の方が先に発行されたものですが、いいとこ取りした感じなので、前後が入れ違いになっていたり、あっちのセリフをこっちに引っ張ってきていたりということがあるんです。それによって、辻褄が合わなかったり、脈略がおかしかったり、この人はまだこれを知らないはずなのにもう知っていることになっているみたいなズレがところどころあって。そこについては、森さんは、あくまで目の前の『Q1』という戯曲から解釈して新しい『ハムレット』を構築しますとおっしゃっていました。翻訳の松岡和子先生もおそらく稽古場にいらしてくださると思います。通常(FI)版、英語の原作版にはあるけれども今回の版にはないト書きもあったりするので、登場人物はここはこういう気持ちで出ているとか、松岡先生にもうかがいながら、新しい『ハムレット』が作れたらいいなと思っています。

ーー「ドロドロの『ハムレット』にしたくない」との思いは?

ハムレットは本当に母親に対して女性的なものを求めていたんだろうかと、今まで『ハムレット』の舞台を観るたびに疑問だったんです。『Q1』を読んだとき、そこが排除されていて、母親ガートルードと息子の関係性がすごくシンプルに見えたので、やっぱりそうだったんだと思ったんです。

吉田 羊

ーー前回のオール・フィーメール・キャストと違い、今回は男性女性混じったキャストの中で男性役を演じられます。

前回も男役を意識した芝居にはしていなくて。今回も声は低くすると思うんですが、おもしろいことに、先ほども言ったように、女性が男役を演じようとすると逆にすごく女っぽく見えてくるので、それは絶対にしたくないなと。それと、今回試したいと思っていることがあって。それは、女性役の方との身体の距離感なんです。性差があると、役であっても、身体にふれるということに対して少し躊躇が生まれるんですけれども、同性となるとそこのハードルが低くなるし、なおかつ、身体にふれることで生まれる感情ってあると思うので、そこをどんどん試して新しい感情が発見できたらいいなと思っています。ガートルード役の広岡由里子さんがどういう風に役作りされるかまだわかりませんが、純粋に母親と息子という関係性の上で演じたいなと思っています。とはいえ、ハムレットには、理想の母親像を求めるというか、母親には一生父親のことを愛していてほしいみたいな、幼い少年性のようなものもやっぱりあると思うんですね。ですので、その点も認めつつ、知らなかったとはいえ結果的に父を裏切ったことに対する反省を促していく母とのシーンになったらいいなと思っています。飯豊まりえさん演じるオフィーリアの前で急に狂気を演じるシーンもありますが、ただ彼女を突き放すのではなく、狂気を利用して、身体の距離を詰めたり離したりしながら、彼女を攻めていく、彼女に訴えていくということができたら、相手からも新しい感情が生まれるかもしれないと期待しています。

ーー『ジュリアス・シーザー』でシェイクスピアのセリフを発してみて感じたことは?

福田恆存さんの翻訳だったので、すごく難解で、覚える上でもすごく難儀しましたし、時間がかかったんですが、おもしろいことに、覚えにくいなと思ったものほど、本番に入っても忘れなかったんですね。それだけ一生懸命やったということもあると思いますし、覚えにくい言葉を覚えるために、節、音楽、メロディのようなものを自然とつけるようになっていて、それが本番で大きな助けになったなと思います。

ーー今回、男性がいる中で男性役を演じられる意気込みは?

『ジュリアス・シーザー』のときも思ったんですが、意図的に工夫するというよりも、自然と身体の形が変わってくるんですよね。男言葉でしゃべりながら身体を女の形にすると、言葉に連動していない感覚になるというか、違和感があって。感情が男性的になってくると自然と、胸を張って、大股で歩いて、座ると膝ががばっと開くみたいになってくる。本当に無意識なんですが、身体をどんどん外へ開いていくイメージになってくる。これって、男性の狩猟本能というか、無意識に身体を大きく見せて敵を威嚇するみたいなことに由来しているのかなと思いながら演じていました。

吉田 羊

ーーキャストについてはいかがですか。

共演歴があるのは飯豊まりえさんと駒木根隆介さん、『ジュリアス・シーザー』でもご一緒した鈴木崇乃さんと西岡未央さん、後の方は初めましてです。皆さん百戦錬磨のつわもの揃いですし、この難易度の高い作品に、しかも森新太郎さんの演出で参加しようというのはそもそもガッツのある方々だと思いますので、作っては壊し、作っては壊しをおもしろがれる座組にできたらと思っています。人づてに、飯豊さんが私との舞台での共演を楽しみにしているとうかがいましたので、稽古場でいろいろディスカッションしていい関係性を作れればいいなと思っています。

ーー座長として意識していることは?

老若男女、キャリアの長さにかかわらず、誰でもアイディアや疑問を口にできる自由度の高い風通しのよい稽古場にしたいなと思っています。森さん自身がそれを望まれる方でもありますし、萎縮したり遠慮したりすることで作品が小さくなっていってしまうことがないよう、そういう環境作りを率先してやっていきたいですね。あとはケータリングですかね。おいしいものがあれば人は頑張れますから、ちょこちょこおいしい差し入れをしてモチベーションにできたらいいなと思っています。

ーー森さんとの二度目のタッグだからこそやってみたいことはありますか。

森さん自身すごく勉強していらっしゃいますし、意外性がある、おもしろい解釈をどんどん出していってくださるので、それをおもしろがりながら、まずはやってみるを実践したいと思っています。前回も実際やってみてわかるセリフの意味とか、身体を動かしてみて初めてセリフのベクトルがわかるみたいなこともあったので。本当にいろいろな解釈ができるし、掘っても掘っても次から次へと新しい気づきがあって。前回の『ジュリアス・シーザー』のときも、本番中に「あ、このセリフこういう意味だ」って気づく瞬間があったりして。終演後、「森さん、あそこのセリフ、この人に対するこういう意味だね」って報告して盛り上がったり。一方、森さんも千秋楽の後に楽屋にダメ出しにいらっしゃって、「ま、これがよくなることはもうないけどね」と悲しげで(笑)。今回も、本番中であっても発見することをあきらめないでいたいと思います​。

吉田 羊

ーー『Q1』の印象をもう少しお聞かせください。

印象で言うと、クローディアスのキャラクターがすごく人間っぽいんですよね。ハムレットに対する恐怖や恨みももちろんありながらも、自分が兄、ハムレットの父を殺めてしまったことに対する後悔や懺悔をしっかりと見せている人物像なんです。だからこそ、彼に対するハムレットの感情も、純粋にただただ復讐ということではなくて、身内に剣を向けることに対するためらいも生まれてくるのではないかと。実際に動いてクローディアス役の吉田栄作さんの芝居を見てみないとわからないことではあるので、いろいろ試したいなと思っています。森さんがおっしゃっていたのが、通常(F1)版より上演時間が短いことのメリットのひとつは、取りたいところで十分に間を取れることだと。シェイクスピア作品はセリフ量が多いのでタタタタタと行くものも多いけれども、時間に余裕があるので、取りたいところで間を取れるし、間を取ることで相手のリアクションが変わったり、お客様から違って見えたり、このキャラクターは今何を考えているんだろうとお客様に考える時間を与えたりできるのではないかと思っています。

ーーどんな舞台になりそうですか。

今の段階で明確にわかっているのは、ハムレットの衣裳が黒だということだけです(笑)。衣裳の力って本当に大きいんですよね。前回の『ジュリアス・シーザー』で、オール・フィーメール・キャストであるにもかかわらずお客様が違和感なくあの世界に入れたのには、衣裳が果たした役割も大きいと思っていて。男性的な衣裳であれば、女性が男性を演じているという違和感があったかもしれない。でも、衣裳が抽象的で、スカートとも、あの時代の服装ともとれるものであったからこそ、性差を意識しない人間の物語としてご覧いただけたのではないかなと思っています。今回は男女混合キャストで、どんな雰囲気になるかまだわかりませんが、楽しみですね。二度とない時間をお客様とリアルタイムで共有できるのが舞台の醍醐味。劇場の外でどんなに嫌なことがあっても、その上演時間の間だけは物語に没入していただき、浮世のつらさを忘れていただく、そんな役目が果たせたら舞台俳優としてはこの上ない幸せだなと思います。家族を殺された悔しさや、愛する家族を許せない苦しみ、そんなハムレットの感情を、私の中にひそむ負の感情を総動員して演じられたら。『ジュリアス・シーザー』で演じたブルータスとは対極にあるような、「こんな吉田羊もいたんだ」とおもしろがっていただけるようなハムレットにしたいなと思っています。

吉田 羊

取材・文=藤本真由(舞台評論家)    撮影=福岡諒祠