ユウイチさんはゲームにはまっていった経緯や心情について取り繕うことなく話してくれた。理路整然とした語り口と、「普通の人」への渇望や借金、就職難という現実とのギャップ。執拗ないじめは今もユウイチさんの人生に影を落としている(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「ゲームで借金200万円、アルバイトにもまったく受からない」と編集部にメールをくれた34歳の男性だ。

スマホゲームの課金で初めて人と関わる

「人とのかかわりって、普通は小さいころから当たり前にありますよね。それを自分は20代になってお金を払うことで初めて経験させてもらったんです」

ユウイチさん(仮名、34歳)はスマホゲームへの課金で200万円近い借金を負ったときのことをこう振り返る。2015年に配信が始まった「バトルガール ハイスクール」。女子校の生徒たちを育成しながら敵と戦うロールプレイングゲーム(RPG)で、かわいらしい絵柄の少女たちが大勢登場する。

ユウイチさんは小学校から高校まで毎日のようにいじめを受けた。働き始めてからも友達は1人もできなかったという。両親以外の人との会話は、唯一ネットの匿名掲示板にその日にあったことを書き込むことくらい。ただ返事がないことも多く、コミュニケーションとは程遠かった。

そんなある日、利用していた掲示板で「バトルガール――」が始まることを知る。早速アプリをダウンロードし、掲示板でプレイの進み具合や少女たちの様子を報告し合うようになった。

「楽しかったです。毎日だれかと話をするなんて初めての経験でしたから」

しかし、ほどなくして「埋もれてしまう」という焦燥感にさいなまれるようになる。会話を続けるには、強力な武器や珍しい衣装を獲得して話題を提供しなくてはならない。そのためには課金をし、ガチャと呼ばれるくじを引く必要がある。

お金さえかければ、すぐに反応が返ってきた。「全部そろえたんだ!」「すごいね」「いくら使ったの?」。

抵抗感があった「リボ払い」だが…

パート勤務で、毎月の給料は約10万円。実家住まいだったとはいえ、自由になるお金は多くなかった。最初はクレジットカードのショッピング枠を使って10万円を工面した。限度額を超えると、今度はキャッシングに手を出した。返済が滞りそうになると、スマホの単発バイトで日銭を稼いだ。初めて返済をリボ払いにしたときには強い抵抗感があったが、それもすぐにマヒしたという。

それからは寝食を忘れてゲームに没頭。左手にスマホを握ってプレイし、右手でパソコンを操作しながら掲示板に書き込んだ。1日に30万円をつぎ込んだこともあった。複数のプレイヤーが一緒に戦う協力プレイでは、強力な装備を持つ人が仲間に誘われることが多い。また、ネット上では借金も“武勇伝”として受け止められたという。

ユウイチさんは「『一緒に敵を倒そう』『熱心に課金してくれるユーザーのおかげで配信が続く』と言われ、頼りにされている、期待されていると感じました」と振り返る。

しかし、終わりはあっけなかった。ゲームは開始から4年後の2019年に配信が終了。理由は「課金による収益を伸ばすことができなかったため」だった。

「ゲームが終わると、掲示板からも人がいなくなりました。残ったのは借金と、これからどうすんのという焦りだけでした」

先にも書いた通り、ユウイチさんの子ども時代はいじめられた記憶しかない。

小学校に入学した直後は同級生へのいたずらが度を越えてしまい、親が呼び出されることもあった。社会科見学の際は担任教師から「外では面倒をみられない」と言われ、学校で1人自習をさせられたという。

ユウイチさんは「自分では冗談のつもりが、やりすぎてしまう。当時は自覚がありませんでしたが、落ち着きのない、問題行動の多い子どもだったと思います」と語る。

エスカレートするいじめ、教室に居場所はなかった

空気の読めない子どもがいじめのターゲットになるのに時間はかからなかった。小学校では髪の毛にガムを付けられたり、筆に唾を吐かれたりした。中学校に入ると水筒の水を飲まれたり、マッサージを強要されたり、10人ほどのクラスメートからかばんを自宅に届けるよう命じられたりするなど、いじめは陰湿化。女子生徒からも「邪魔だよ、パシリ!」とののしられるなど教室に居場所はなかったという。

高校では教科書を勝手に売り払われたほか、「1000円」「2000円」と書かれた紙切れを渡され、購買にパンを買いに行かされた。パンは自腹で買わされ、さらにお釣りと称して現金も巻き上げられたという。また、無理矢理万引きをさせられた場面を携帯で撮られ「ばらされたくなかったらもう1回やれ」と脅された。もはや犯罪である。

匿名で教師に手紙を出して助けを求めたこともあるが、事態は変わらなかった。一度だけ、いじめに気が付いた中学校の担任教師が加害者たちを叱ってくれたが、逆にクラスの大半が教師を無視するようになり、学級崩壊状態に。ユウイチさんは「この先生には自分のせいで迷惑をかけてしまったと、今でも申し訳ない気持ちになります」と目を伏せる。

私が不思議だったのは、中学時代、ユウイチさんが連日のように自宅までかばんを届けても、それを受け取った保護者は「持ってきてくれたんだ」「ありがとう」と言うだけで、自分の子どもがいじめの加害者であることに気づく親は誰一人いなかったということだ。被害者側から見える光景と、加害者側から見える光景はここまで違うのか。

「今でも夢に(いじめ加害者が)出てきます。そんな日は当時の恐怖や惨めな気持ちがそのままよみがえってきます」

高校卒業後は介護施設で働いた。正社員として月4、5回の夜勤をこなしても、月収は20万円ほどで待遇は劣悪だった。加えていつまでも仕事に慣れることができなかった。

ユウイチさんがおむつ交換をするとたびたび排泄物が漏れてしまう。また、軽度の認知症の入居者の食事介助でおかゆばかりを食べさせていたところ、「おかずも食わせろや!」と怒鳴られたこともあったという。

振り返ってみると子どものころからスキップやバレーボールのサーブ、縄跳びの二重跳びができないなどとにかく不器用だった。いわゆる三角食べも苦手だった。「自分におかずとご飯を順番に食べる習慣がないので、(入居者にも)同じことをしてしまったんです」。

発達障害の診断、ゲームとの出合い

もしやと思って精神科を受診したところ、発達障害と診断された。介護施設は4年ほどで退職。その後は1年契約のパートとして倉庫内作業の仕事に就いた。

ゲームを始めたのはちょうどそのころ。あらゆる人間関係から排除され続けてきたユウイチさんにとって、生まれて初めて自分を受け入れてくれたコミュニティー。そこで得られる刺激には、抗いがたい“中毒性”があった。


スマホに保存されたキャラクターの画像。ゲーム依存の治療を始めてからほとんどの画像を削除したが、数枚だけ残したのだという。「このポーズを取らせるのにも課金が必要なんですよ」とユウイチさん(筆者撮影)

借金の返済が滞るようになったところで弁護士に相談をしたものの、親にばれて実家を追い出されてしまう。弁護士には自己破産を希望したが、「ゲーム課金での自己破産はできない」として任意整理を勧められた。今は家賃3万円のアパートで暮らしながら、毎月約3万円の返済を続けている。さらに今年3月末には10年近く働いたパートの仕事を雇い止めになった。両親とは今も絶縁状態だという。

ユウイチさんの話を聞いていて引っ掛かったことが2つある。

1つは、「自己破産はできない」という弁護士の説明だ。たしかにゲーム課金は浪費に当たるとして自己破産が認められないことがある。一方でユウイチさんはゲーム依存専門の心療内科に通い始めたほか、一時的に携帯をガラケーに変えるなどの努力をしている。任意整理を始めてから5年。借金はまだ半分近く残っているといい、生活再建を第一に考えるなら、弁護士は安易に任意整理を持ち掛けるべきではなかったのではないか。

2つめは、パート先での勤務が5年を超えた時点で無期雇用に転換されなかったことだ。会社側から無期雇用になれるという旨の説明を受けた記憶はないという。

私がこれらを指摘すると、ユウイチさんは任意整理をめぐる問題についても、無期雇用転換の法制度についても「知りませんでした」と言った。

「発達障害のための支援を早く受けたかった」

人生をやり直せるとしたら、「小さいころに(ほかの子どもたちと)自分を分けてほしかった」とユウイチさんは言う。発達障害のための支援を早期に受けたかったというのだ。

持論にはなるが、発達障害のある子どもの特性を必要以上に抑え込んだり、薬物治療を施したりすることには疑問がある。ただ「障害のせいでいじめを受ける子どもがいるなら、その前に助けてあげてほしい」というユウイチさんの訴えは切実に響いた。

ユウイチさんによると、現在は節約のために食事は1日1回。生来の不器用さから自炊は無理だったといい、いつも決まった牛丼チェーン店に行く。野菜をほとんど取っていないからか、最近の健康診断では、医師が驚くほど血液のpH値が酸性に偏っていることがわかった。コレステロール値と尿酸値も基準値をかなり上回っていたという。

典型的な貧困による健康格差である。ユウイチさんは「でも、できることといったら、(牛丼チェーン店での)大盛りをやめてサラダにすることくらいですよね」と苦笑いする。


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就職活動も難航している。正社員を希望し、転職支援サイトを通して応募を続けているが、書類選考の時点で落とされる。非正規雇用にも対象を広げたが結果は同じ。このまま仕事が決まらなければ、ハローワークで障害者雇用を探そうと考えている。

ただあまり焦りはないという。ユウイチさんは理由について次のように説明する。

「友達と会話しているような経験が楽しかった」

「30歳くらいまでは“普通の人”へのあこがれがすごくありました。普通は結婚をして家や子どもを持ちますよね。でも、最近は自分は自分。なれないものになろうとするんじゃなくて、身の丈に合った生き方をしよう。自分と普通の人とでは土台が違う。そう考えると、以前のようなしんどさや孤独感がなくなりました」

「普通」という言葉を繰り返しながら、そこにはどこか自らに言い聞かせるような響きがあった。

ユウイチさんは「ゲームというより、友達と会話しているような経験が楽しかった。これってゲームで借金をする人のあるあるなんじゃないでしょうか」とも言っていた。

最後に、ゲームで借金をつくったことを後悔していますか? と尋ねてみた。ユウイチさんしばらく考えた末にこう答えた。

「後悔はない、です。自分にとってはいい思い出でした」

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(藤田 和恵 : ジャーナリスト)