シント・トロイデンCEO立石敬之インタビュー前編

「シント・トロイデン」という名前を聞いて、いまやサッカー好きで知らない者はいない。

 アーセナルのDF冨安健洋、リバプールのMF遠藤航、ラツィオのMF鎌田大地、スタッド・ランスのFW中村敬斗と、欧州トップリーグに次々と日本人選手を送り込み、今年1月にもDF橋岡大樹のプレミアリーグ(ルートン・タウン)移籍を実現させた。

 現在も6人の日本人(GK鈴木彩艶、DF小川諒也、MF山本理仁、MF藤田譲瑠チマ、MF伊藤涼太郎、FW岡崎慎司)が在籍し、日本代表にも多くの選手を輩出している。

 ベルギーの小さなサッカークラブは、いかにして日本に欠かせぬ存在となったのか。チームを統括する立石敬之CEOに話を聞いた。

   ※   ※   ※   ※   ※


立石敬之CEOにシント・トロイデン成功の秘訣を聞いた photo by STVV

── 2017年秋に合同会社DMM.comがシント・トロイデンを買収しました。当時、ベルギー国内の反応・評価はどんな感じでしたか?

「評価があるとかないとか、そんな話ではなかった。何者かがやってきてベルギーのクラブを買収し、『こいつら、なにをしでかすんだろう』『アジア? 日本人? サッカーできるの?』という、ほんとそのレベルでした」

── 日本の企業がお金だけ置いていくだろうと。

「その逆。『日本の経営資本が入っても、シント・トロイデンは3年で潰れるだろう。日本人の経営者にサッカーなんかわからない』という日本人への先入観がありました。

(DMM主導の経営が始動した)1年目の2018-19シーズンは首位争いをして、4位でウインターブレイクに入る快進撃。その後、2019年1月のアジアカップに冨安健洋(現アーセナル)や遠藤航(現リバプール)を日本代表に出したことでチームの調子が落ち、他クラブの嫌がらせを受けたりして勢いを失いました」

── どんな嫌がらせだったんですか?

「レギュラーシーズンで6位までに入ると『プレーオフ1』に進むことができます。しかし、1月か2月のベルギーリーグ理事会の議案に『スタジアムの人工芝についての可否』という項目が載って、『シント・トロイデンのスタジアムは人工芝だが、そこでプレーオフ1の試合をしてもいいものか』という話になりました。

 私は『シーズン中の今、その議論をするの?』と驚きました。G5(当時のビッグ5。クラブ・ブルージュ、アンデルレヒト、スタンダール・リエージュ、ゲンク、ゲントはリーグの政策決定に影響力があった)がシント・トロイデンのプレーオフ1進出を潰しにきたのです」

── しかしその後、ホームスタジアムの人工芝はあまり大きな話題になっていません。

「あの年のレギュラーシーズン最終戦で、シント・トロイデンはゲントに敗れて7位になったんです。うちがプレーオフ1進出を逃して、逆にゲントが6位に滑り込んだことで、人工芝の議案は自然消滅しました。ほんと、この国は怖いよね(苦笑)。

 でも最近、ゲントの会長がテレビのインタビューで『この5年間で、成功した外資系クラブはシント・トロイデンだけ』と言ってくれていました。それは本当にありがたい」

── ゲントと言えば人工芝問題の......。

「そう! 彼らにはいじめられた(笑)。しかし、その人たちが今は認めてくれています。こうしたことを経て、各クラブの会長・CEOたちと仲良くなりました。よくここまで来たなと思います」

── もう敵はいないですか?

「認めてくれていますね。今、ベルギーのクラブは経営が厳しく、昨季は1部16クラブ、2部12クラブのうち、22クラブが赤字決算だった。シント・トロイデンは数少ない黒字6クラブのひとつとなり、利益も上から3番目。そのことは大きなニュースになりました。

 私がベルギーに来た時、外資系クラブは3つぐらいでしたが、今は1部・2部合わせて17クラブ。そのほとんどが経営に苦労している一方で、シント・トロイデンは健全経営です。

 私たちは特別、変わったことをしていません。日本人の気質として、キチンと収支を合わせているだけです。外資のリーグ参入によってどんどん人経費や競争力が高まっているために、周りのクラブが無茶な経営、無理な運営をしているだけ──それが私の率直な感想です。そもそも親会社が日本企業だから、シント・トロイデンはおかしな経営・投資はできない。

 そのことに加えてDMMが(チームの成績に)プレッシャーをかけてこないので、過度な投資をする必要もない。それは地元のファンも一緒。温度感が日本とベルギーで同じなんです。地元の人たちはシント・トロイデンが優勝争いするとは思っておらず、『中位で十分だ』とはっきり言いますからね」

── シント・トロイデン買収時、降格するのは1チームだけでしたから、2部落ちのリスクが非常に低かった。しかし現在は、2チームから3チームが降格するレギュレーションです。

「ちょっと怖いですよね。16チーム中3クラブが降格する可能性のある、本当に大変なリーグになってしまいました。ちょっと気を緩めたらシント・トロイデンも危ない。だから、今季の若返りは正直に言ってリスクでした。先ほどお話しした各クラブの過剰な投資も、この危機感から来るものだと思います」

── DFレイン・ファン・ヘルデン(21歳)、DFマッテ・スメット(20歳)、MFマティアス・デロージ(19歳)、MFヤルネ・ステウカ--ス(22歳)......アカデミーからの昇格勢が若返りの象徴です。

「トルステン・フィンク監督のおかげで、地元選手と日本人選手の融合もうまくいった。先日のファンミーティングでは『今季は大成功。残り試合でどうなろうともシント・トロイデンは成功』ってファンが言ってました(笑)。負けても今は『本当によくやった!』と拍手を贈ってくれるんですよ(取材時でシント・トロイデンはリーグ9位)」

── サポーターとの距離は?

「日本人選手を獲得したことによって、サポーターとの"最初の壁"が壊れました。冨安健洋、遠藤航、鎌田大地のプレーを見て、『やっぱり日本人選手はいいな』となりましたね。それが1年目。

 2年目(2019-20シーズン)は外国人選手にたくさん投資し、ケビン・マスカットを監督に招聘して勝負をかけたわけなんですが、日本的なサッカーがファンから受け入れられず、チームの成績も悪かったから大変でした。地元の選手がチームに全然いなかったことも大きかった。あの時期を振り返ると、正直言って『全員が敵』の状態でした。

 ふたつ目の壁が壊れたのは、やっぱり2022年ワールドカップ。あの大会で『日本は強いな、すごいな』となった。それまでどこかに『サッカーではベルギーのほうが日本より上』という思いがあったと思うんですけど、その序列がひっくり返りはしなくとも、日本サッカーへの見方がだいぶ変わりました。そこまでに4年、かかりましたね。

 シント・トロイデンの運営をDMMが始めて6年。最初の2年くらいはサポーターとの距離があったし、コロナの影響もあってファンの声や情報が入ってこない時期もあった。だけど、昨シーズン(2022-23シーズン)は『日本人選手を何人獲ってもいいよ』と言われたくらい。今季はトルステン・フィンクさんを監督に招いて若い選手をグッと押し出し、特にローカルの選手を起用しているから、地元のファンは大喜びしています」

── シント・トロイデンには『ブランドマネジャー』という、クラブのイメージ向上に務める責任者がいます。そのような役職をつくった背景は?

「私の最初のニックネームを知っていますか? 『スタイエン(・スタジアム)のゴースト』。つまり、サポーターからすると、私は『スタジアムのなかのどこかにいるのは間違いないんだけど、俺たちの前に姿を現さない』という存在だったんです。

 私も悩むわけですよ。『こんなに日本人たちががんばってチームの成績が安定し、お金も持ってきているのに、ファンに伝わらない。なんでこんなに文句を言われないといけないの?』って。そのことをシント・トロイデンのダビド・メーケルス会長も近くで見ていて知っているから『タテさん、そのことをもっと言って、知ってもらったほうがいいよ』と、彼の知り合いを紹介してくれた。それがバート・スタスだった」

── バートさんはシント・トロイデンのU-19までプレーしていたそうですね。

「バートは何をすればローカルのファンが喜ぶか、わかっている。彼が私とファンの距離を縮めてくれたのは事実。そこは本当に感謝しています。

 今、私のニックネームは『ミスターT』に変わりました。クラブのスタッフも、私のことをそう呼んでます。バートは『ミスターTがシント・トロイデンでこんなにもすごいことをやっているのか、僕だったらファンにわからせることができる』と言って、彼の発案で『T-TIME』というYouTube番組が始まりました。

 あとは、ファンとのミーティングを年に2回、開くようになりました。ゴール裏のコアファン向けと、シーズンチケットホルダー向けに。テーマは大きく分けて3つあります。財政面の説明、補強などスポーツ面の話、そしてQ&A。昨冬はクラブ100周年のイベントの話もしました。

 ゴール裏ファンは『負けてもいいからアカデミー出身の子を抜擢して』とかエモーショナル。シーズンチケットホルダーは核心を突く質問をしてくる。彼らは試合をよく見ているし、しっかり地元紙を読んで情報を収集してます。逆にゴール裏ファンは内部事情に詳しかったりする」

── シント・トロイデンの日本語版ウェブサイトを見ていると「株式会社△△様とスポンサー契約しました」というニュースが多く、今年1月は7件の新規スポンサー契約ニュースがありました。営業力がすごいですね。

「私もそう思います。今は『100万円スポンサー』という小口スポンサーの開拓に力を入れてます。うちのビジョン『ここから、世界へ』に共感していただいた日本企業や個人がシント・トロイデンを応援してくれて、スポンサーにもなっていただいている。イメージは『ふるさと納税』。目標は1000件。それだけ集まると、10億円になります」

── それはかなりの額ですね。

「サイン入りユニフォームを1枚渡すだけでなく、交流パーティに招待したり、名産品などの詰め合わせで6割分を返礼する。それでも10億円のスポンサー収入から4億円の利益が生まれるわけじゃないですか。日本では今、営業部隊が小口スポンサー獲得にフォーカスしています」

── ベルギーのあるビッグクラブが日本人選手を獲得したけれど、そのマネタイズがうまく行かず立石CEOに相談したそうですね。

「ベルギー国内でシント・トロイデンの日本のスポンサーが突出しているわけです。ほかのクラブもそのことを知っているから『日本人選手を獲得したら、日本からスポンサーがついてくるんじゃないか』って私に言うんだけれど、それは絶対に無理。うちは4人くらいのスタッフが日本で営業しているんですが、それでもまだまだです。そもそも、うちと同じようなことはどのクラブもできることではないですからね」

── 今、日本で一番知られているベルギーのクラブはシント・トロイデンで間違いないです。

「渋谷の『STVV LOUNGE』にベルギー人観光客がやってくる。シント・トロイデンと取引のある会計事務所の会長が『日本のどこに行っても、タクシーに乗るとシント・トロイデンの広告がある。日本でシント・トロイデンは信じられないほど有名だ』と驚いてました(笑)」

(後編につづく)

◆立石敬之・後編>>「シント・トロイデンは21番目のJ1クラブ」


【profile】
立石敬之(たていし・たかゆき)
1969年7月8日生まれ、福岡県北九州市出身。国見高校時代は国体・選手権優勝を経験し、卒業後にECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚、東京ガス、大分トリニータなどで活躍。現役引退後はエラス・ヴェローナ(イタリア)や大分、FC東京でコーチとなる。2015年からFC東京のGMとして手腕を奮い、2018年よりシント・トロイデン(ベルギー)のCEOに就任。現役時代のポジション=MF。