今永昇太はダルビッシュ有が経験した「リミッターが外れる瞬間」にたどり着けるか 「まだ自分の知らない力を発揮できるように」
ロサンゼルス・ドジャース対サンディエゴ・パドレスの韓国・ソウルでの開幕シリーズ第2戦。日本中の期待を背負って先発のマウンドに上がった山本由伸(ドジャース)だったが、記念すべきメジャー第1球をパドレスの先頭打者、サンダー・ボガーツにセンター前に弾き返されると、あれよあれよという間に5失点。山本のメジャー初登板はたった1イニングで幕を閉じた。
球種がバレているなどさまざまな指摘を受け、オープン戦最終登板でも4失点を喫し、公式戦での活躍を不安視する声は上がっていたが、山本の初マウンドはその不安を露呈するかたちとなった。
3月14日のアスレチックス戦で好投し、チームメイトとハイタッチを交わす今永昇太 photo by Sankei Visual
一方で、投げるたびに評価を上げているのが今シーズンからシカゴ・カブスでプレーする今永昇太だ。オープン戦3度目の登板となった3月14日(現地時間)のオークランド・アスレチックス戦では、4回1/3を3安打無失点に抑えた。
奪った13個のアウトのうち、三振は9個を数えたが、そのほとんどが高めのストレートだった。三振のほかに目立ったのは、内野へのポップフライ。これもまた、メジャーの打者に力負けしていないことの証しである。
昨年のWBCで、決勝の先発という大役を担った今永だが、彼の名がメジャー関係者に知れ渡ったのは、実はもっと前からである。
プロ3年目の2018年、4勝11敗という成績に終わった今永は、オフに自ら志願してオーストラリアのウインターリーグ「オーストラリアン・ベースボール・リーグ(ABL)」に野球留学した。メジャー契約を目指す選手が集う中南米のそれとは違い、地元のオーストラリア人とアメリカ人、それに欧州などの「野球途上国」の経験の浅い選手主体で構成されるこのリーグは、マイナーで言えばシングルAからダブルAの選手が集まる。
このシーズンは思うような結果を残せなかったが、ルーキーイヤーからローテーションを守ってきた今永の投球は、このレベルの選手にはまさに無双状態だった。6試合に先発して負けなしの4勝。防御率は驚異の0.51をマークし、三振も35イニングで57個を奪うなど、圧倒的な成績を残した。
NPB所属の選手は契約の関係上、11月いっぱいでウインターリーグから引き上げるのだが、1月末までのレギュラーシーズンをまっとうしたなら、リーグの記録をすべて塗り替えていたことだろう。
この年ABLを取材したが、関係者、スカウトから「彼は今年、どうして勝てなかったんだ? 今でも十分にメジャーで通用するぞ」と、称賛の声があちらこちらから挙がっていた。
彼らの目に止まったのは、スピンのかかった今永のきれいなストレートだった。日本のバッターが国際試合で必ずといっていいほど苦戦するのは、"動く球"である。メジャーの投手は、とにかく球を動かす。ストレートとはいえ、投げる際に指を微妙に縫い目にかけたり、ずらしたりすることで、変化を加えるのだ。
それまで動く低めのボールを中心に対戦してきた打者にとっては、今永のスピンの効いたきれいな回転のストレートは未知のボールだった。
今永がオーストラリアに武者修行に行った2018年オフは、いわゆる「フライボール革命」の黎明期にあたる。低めに球を集めることが投手のあるべき姿とされるなか、それに対する打者の戦術として、それまでのライナー、ゴロを打つ打法から、低い球をすくい上げるスイングへと変わっていった。
そこに今永のようなきれいな回転の、一見浮くようなストレートが来ると、フライ狙いの打者のバットは面白いように空を切った。アメリカで仕込まれた打者にとって、今永のストレートはある種の変化球のような感覚だったのかもしれない。
オーストラリアでの見立てどおり、最高峰のメジャーリーグでも今永の「真っすぐという変化球」は大きな武器になっている。
【三振を奪いつつ球数を抑える】3月14日の登板後の囲み会見で、今永は「三振を奪いながら球数を少なくする」というテーマを自らに課しているとコメントした。記者から「球数を抑えるには、ゴロで打ちとることを考えるのでは?」と質問を投げかけられても、その姿勢を変えることはなかった。
「今日はキャッチボールからよかったし、それを試合で出せればいいなって思って、マウンドに上がりました。先頭打者は2ボールになりましたけど、自分のいいストレートをコンスタントに投げ続けられたのはよかったと思います。体重移動とかグラブの使い方とか右足の着地だとか、そういったところがうまくハマり出したって感じですね」
ストレートだけでなく、追い込んでからの落ちる変化球もこの日は有効で、三振のいくつかはこのボールで奪ったが、今永はそれでも満足していないと言った。
「追い込んでからのスライダーをライト前に打たれましたから。あそこで打ちとれないと球数がかさんでしまいますよね。当たりはよくなくても結果的にヒットになっているので、反省したいですね。やっぱり真っすぐに偏ると、とらえられる確率が高くなる。今日も紙一重の打球がたくさんありましたし、(ベンチに)不安を与える投球はあまりよくない。だからこれからは、『しっかり抑えた』という投球をしたいです」
【藤川球児、ダルビッシュ有からの助言】それでも今永が最も重視しているのは、真っすぐだ。それは、カブスの先輩でもある藤川球児氏からのアドバイスが大きく影響している。
「藤川さんからは、『菊池(雄星/トロント・ブルージェイズ)投手を見てみたら』と言われました。菊池投手が右打者のバックフット(軸足)目がけて投げるスライダーにバッターが手を出すのは、ストレート狙いで振ってきているからだと。僕はどちらかというと、小さくいいところに曲げようとするんですけど、それはもしかしたらこっちのバッターには通用しないかもとアドバイスされました。こっちの選手は、動くストレートに慣れているため対応されやすいみたいです」
ボールをしっかり見極める日本の打者が相手だと、曲がりの大きい変化球はなかなか手を出してもらえない。しかし、日本以上に積極的にスイングするメジャーの選手は、芯を外してもスタンドへ持っていくパワーを備え、曲がりの小さい変化球は餌食になる可能性があるというわけだ。
それでも「ゾーンの外で勝負するタイプではない」と語る今永は、あくまで真っすぐを軸にピッチングを組み立てていくつもりのようだ。
「やっぱり真っすぐで差し込んでいかないと、変化球は見切られます。バッターは真っすぐを待って、ポイントを前にしてくれているので、少々ボール気味のチェンジアップでも振ってくれます。そう考えると、打者のポイントをいかに前に持ってこられるかが大事になってくると思います」
100マイル(約160キロ)のストレートが珍しくないメジャーにあって、いくら今永の武器である"真っすぐ"でも、バッティングカウントになればとらえられることもある。この日も打者有利のカウントで、引っ張られたファウルがあった。だがそれは、今永が言う打者のポイントを前に持ってこられている証拠であり、納得している。
今永の生命線でもある真っすぐを意識し、落ちる球をしっかり低めにコントロールして高低を使ったピッチングができれば、やっていける手応えをつかんだようだ。曲がりの大きなスライダーを持っている菊池との違いは、真っすぐを意識させたうえで、なおかつその真っすぐで決めにいくパターンを試していることだ。
「右バッターのインサイドですね。手が伸びるところ(ゾーン)は、こっちのバッターはどこまでも飛ばしますから。今日、何球かグリップの下にうまく決まったんですけど、バッターは窮屈そうにしていたので、有効な球だったと思います。日本のバッターは、あそこは振らないんですよ。ボール球なんで。もちろん、そのコースにずっと投げていればいいわけじゃないんですけど、打者がどう狙ってくるかをイメージして、今なら振ってくるかなとか、駆け引きのなかで投げていって、今日はそれがうまくハマってくれました」
真っすぐも「日本で投げていたものとは、まったく別物」と考えているという。"投げる哲学者"の異名どおり、今永のコメントは禅問答のような味わいがあるが、つまりは目の前の野球に自分を合わせ、さらなる高みを目指すということだろうか。
「WBCの時、ダルビッシュ(有)さんからもアドバイスされたんですよ。こっちに来ると、本当にすごいバッター、すごいピッチャーいて、そういう環境に身を置いていたら、普段は抑制をかけているリミットが外れる瞬間があるよって。その言葉を信じてここまでやってきたので、しっかり調整して、まだ自分の知らない力を発揮できるようにしたいですね。自信満々でマウンドに上がるよりも、ちょっと悪い時のほうが結果はいいんです。妙に自信があると、根拠のない球を投げちゃったりするんで」
それから1週間後、今永はビジターとなるオープン戦には帯同せず、本拠地施設でのマイナー戦に登板した。6回途中まで1失点、奪った三振は13を数えた。今永のリミッターが外れる瞬間は、刻一刻と近づいている。