3月21日、国立競技場。久保建英は落ち着き払っているように映った。先発を外れたことはあるだろうし、生来のパーソナリティなのかもしれない。腰に手をつき、笑顔を振りまいた。

 ふたりひと組のウォーミングアップ、久保は谷口彰浩と組んで、それぞれボールを投げ、弾むようにヘディングを繰り返している。ロンド(舞曲の形式のひとつで、輪になった選手が、中に入った選手にボールを奪われないように回す)でも、笑みがこぼれていた。シュート練習ではスタッフとのワンツーで、特にアウトサイドを意識したトリッキーなパスが目立った。

 久保はそばに立つ中村敬斗と左足のアウトサイドにボールを乗せ、すくい上げて表情を輝かせていた。ボールの感覚を確かめているというよりも、戯れ、遊んでいたのだろう。戯れる、遊ぶと言うと、日本人にはイメージが悪いが、サッカーの本質である。チップキックで出し、浮き球で返してもらってボレーで打つ。去り際になっても、ボールを浮かせる感覚を楽しんでいるようだった。

 試合とは何ら関係のない情景だ。しかし、何やら脳裏に残った――。


田中碧、前田大然らがスタメン入りした北朝鮮戦の日本代表 photo by Fujita Masato

 北朝鮮戦で日本代表は1−0の勝利を収めている。2026年W杯2次予選は、大量得点で勝つ必要もない。グループ首位を独走だ。

 後半は半ばまで格下相手にペースを奪われ、攻撃が分断されていたが、「反省材料」にすぎない。

「勝ったことが大事」

 現場の声は、これに尽きる。

 しかし、チームの目標は「世界ベスト8」にあるわけで、課題の検証は必要だろう。

「決定力」

 森保一監督は足りなかったことについて言及し、続けてこう語っている。

「ビルドアップのところで、前線にどう配球するべきか。中央、サイドへボールを入れる回数を増やすこと(が課題)ですかね。それぞれのアクションをスムーズに、ロスト(ボールを失う)のシーンも多かったので、そこで無駄な体力を使うとピンチになるので......」

 前半、実は森保ジャパンの戦い方の輪郭は明瞭に出ていた。とにかく縦に速い攻撃を意識。ボールホルダーが顔を上げる瞬間には、前線の4人程度が一気に走り出すシーンが幾度もあった。まずは相手を押し下げながら、セカンドを回収。そこから板倉滉や守田英正が縦パスをショットガンのように打ち込んだ。

【相手に読まれ、対策を打たれた後半】

 前に対する強度が高かったのは間違いない。

 序盤の先制点も、前田大然に対する縦パスがもつれたところを上田綺世が拾って左サイドへ流れ、フォローした田中碧が逆サイドにクロス。堂安律が頭で折り返し、南野拓実からリターンを受ける形で、堂安が再びマイナスのクロスを入れ、田中が蹴り込んでいる。縦パスに対し、これだけの選手が反応し続けたことが機先を制す結果になった。

 その後も縦に速い攻撃を繰り返し、好機も作っていた。「決定力」があったら、楽に勝っていた試合だろう。ただ、これ以上の回数を望むのは難しく、かなり足を使い、動きのダイナミックさは徐々に小さくなり、単調にもなっていった。

 必然として相手に読まれ、対策を打たれる。

 後半は相手の鋭い出足に潰されるシーンが増えた。縦に速い攻撃、ではなく、蹴り込むプレーになってしまい、精度が低くなったら、ロストが相次ぐのは自明の理。GK鈴木彩艶がアバウトにロングボールを蹴る場面は象徴的だった。

 前半はトップ下に入った南野拓実がキーマンで、彼がライン間に入って布石を打てていた。縦一辺倒に対し、攻撃の広がりを与えていたと言える。南野が自陣でボールを奪い返し、そのままカウンターを発動、バックラインの前で再びリターンを受け、堂安に出したパスからの決定機など鮮やかだった。

 しかし、後半は南野が潰される機会が増えていた。後半6分に北朝鮮のチェ・オクチョルという選手が投入されると、日本の左サイドは明らかに後手に回り、伊藤洋輝はイエローを献上。一時は瓦解寸前だった。

 そこで森保監督は「いい守りがいい攻めを作る」という原点に戻る。遠藤航を入れただけでなく、5バックに変更し、スピードのある浅野拓磨も投入。守備を分厚く、走力強度を高め、最後は挽回した。

 しかし、これがアジアカップのように力の差が近い、もしくはW杯で対戦する力が上の相手だったら、劣勢から飲み込まれていたのではないか?

 森保ジャパンでは、連動に創意工夫が求められるべき攻撃が、個人の走力や強度に特化したものになっている。緩急の変化や機転の効いたプレーで相手のメンタルやパワーを削ることができない。リスクを減らし、一発のリターンに賭ける縦に速い攻撃はひとつの手だが、精度が低くなると相手にいたずらにボールを渡すことになり、自滅の道に向かう。

 そもそも、森保ジャパンはカタールW杯予選で攻撃のデザインに苦しみ、守りに立ち返って、どうにか勝ちを重ねた。本大会では冷遇から呼び戻した鎌田大地が「できる限りボールを握って」と攻撃を引き回し、金星を拾った。鎌田が限られた時間でも能動的にテンポを生み出し、三笘薫、堂安律、久保建英、田中碧の攻撃につながっていたのだ。

「よりボールを持って、能動的に戦えるように」

 カタールでベスト16に終わった後、続投した森保監督は約束していたが、「蹴る」傾向は強くなった。アジアカップでは鎌田が不在、GKが不安定で、攻撃どころか、守備もおかしくなっていた。さらに北朝鮮戦は三笘、久保などもいなかっただけに......。

「(後半途中に)交代で入った選手が個々の役割のところで力を発揮し、勝ちきることができました。監督としては、彼らのことを褒めてあげてほしい」

 森保監督の言葉は正しい。守備の安定で、再度からカウンターで脅威を与え、逃げきりではなく、勝ちきっている。
 
 しかし、"結局はこの戦いなのだな"という小さな落胆が残った。相手の意表をついて、発想の変幻自在で驚きを与えるスペクタクル性。そこは欠如したままだ。