甲子園で木製バット使用 青森山田2選手のフロンティア精神と浮き彫りになった野球界の課題
カツッ!
甲子園球場に乾いた打球音がこだまする。金属バットの高音ではなく、木製バットがボールを弾く音が響くのは新鮮だった。
3月21日のセンバツ大会4日目に登場した青森山田は、ふたりの選手が木製バットを使用した。3番打者の對馬陸翔(つしま・りくと)と5番打者の吉川勇大。とくに吉川は2安打を放ち、2本目の左中間三塁打はチームのサヨナラ勝ちに直結する一打だった。
木製バットを使用して2安打を放った青森山田の吉川勇大 photo by Ohtomo Yoshiyuki
「木のバットのほうが、なんか抜ける感じがあります。気持ちよかったというか、ああいう一打をこれからも打ってみたいです」
吉川は試合後、端正な顔つきを緩ませることなく語っている。
一方、對馬は安打こそ出なかったものの、中堅守備で後方の大飛球をダイビングキャッチする美技で貢献した。對馬はこんな「木製バット効果」を語った。
「去年の春夏が終わってからバットが外から回るようになって、秋は悪かったんですけど(公式戦打率.176)、冬に木のバットで練習するようになってからフォームがよくなりました。バットが外から回ると、木だと折れてしまうので」
彼らが木製バットを使用した背景には、今大会から導入された新基準バットがある。バットの直径や反発係数の基準が制限され、従来よりも飛距離や打球スピードが抑えられる可能性が指摘されてきた。
今大会は外野手が前寄りにポジショニングをとるシーンが目立っている。それだけ出場校の間で「飛ばない」という共通認識になりつつある。そんななか、青森山田の2選手が甲子園で木製バットを使う選択をしたことはエポックメイキングだった。
對馬も吉川も昨秋の公式戦が終わった段階で、「センバツは木のバットを使おう」と決めたという。吉川に至っては、新基準バットを使ってすらいない。木のバットを振り込んできたこと、柔らかい打感が自分に合っていたこと、そしてもうひとつ大きな理由があった。
「とにかく早くプロ野球選手になりたい思いがあります」
高校通算16本塁打を放つ遊撃手の吉川は、早ければ高卒でのプロ入りを目指している。「チームの勝利につながる一打を打ちたい」とチーム最優先の意識を持ちつつも、目線は常に高みを向いている。
吉川の話を聞いて、「とうとうこんな時代が来たか......」と感慨深いものがあった。新基準バットが導入される以前に、筆者は「バット段位制」というアイデアを考案したことがある。
柔道の初段になった者が黒帯を締めるように、打撃技術を認められた者は木製バットを使用するというシステムだ。
当時の金属バットの問題点は、バットの芯以外の部分でも当たれば飛んでしまう、つまり技術が低くても打てる点にあった。一方、木製バットの問題点はバットが折れやすく、経済的負担が増す点と地球環境に優しくない点にあった。
高校野球に「バット段位制」が導入されれば、ある程度の実力がついた段階で選手は木製バットに移行していくことになる。プロ注目の打者はみな木製バットを使うようになるだろうし、高いレベルを目指す人間なら「金属バットを使うのが恥ずかしい」という感覚になるはずだ。弱小校と言われるチームであっても、木製バットを持って打席に入る打者がいれば「あいつ、有段者だぞ」と一目置かれるかもしれない。
段位制の是非はともかく、青森山田の對馬と吉川は高校野球界に一石を投じる「ファーストペンギン」になるだろう。
【野球界が抱える課題が浮き彫りに】そんななか、あるひとつの疑問が浮かんだ。青森山田の4番打者を務める原田純希は、今大会でも指折りの長距離砲である。對馬と吉川が木製バットを使うなか、原田は新基準バットで試合に出場している。
ところが、原田は試合後に意外なことを口にした。
「最初は木でいこうと思っていたんですけど、大会前の練習試合で、金属でホームランを打って、金属でいこうと決めました」
原田もまた、木製バットの使用を検討していたのだ。悩みつつも金属バットを選んだ理由を聞くと、原田はこう答えた。
「やっぱり折れるのが怖い......というのがありました。いっぱいあったらいいと思うんですけど」
原田が用意した木製バットは1本だけ。一方、對馬は10本、吉川は12本の木製バットを自費購入してセンバツに臨んでいる。吉川はこんな言葉を口にした。
「木のバットを大量に買ってもらったんですけど、親からは『頑張れよ!』と言ってもらえました。自分は結果で恩返ししたいと考えています」
彼らの言葉を聞いて、「実力がある者は木製バットを使おう」と安直に言うべきではないと痛感した。
野球の競技人口が低迷している一因に、「高額な用具」が挙げられている。ユニホーム、グラブ、バット、スパイクなど、野球は用意すべき道具が多い。ただでさえ金銭負担の大きなスポーツなのに、そこへ「木製バット購入」という重荷がのしかかれば野球はますますブルジョア・スポーツの道を突き進むことになるだろう。
對馬と吉川の挑戦には、ただただ拍手を送りたい。その一方で、今回の木製バット登場は野球界が直面する現実と課題を浮き彫りにする出来事でもあった。