中嶋一貴(TGR-E副会長)インタビュー

 FIA世界耐久選手権(WEC)にワークス参戦しているトヨタは現在、これまで関わりの薄かったF1との距離を急速に縮めている。

 平川亮選手はWECに参戦しながら、今季からF1マクラーレンのリザーブドライバーを務める。また、昨年スーパーフォーミュラとスーパーGTの両クラスでチャンピオンを獲得した宮田莉朋(りとも)選手は2024年に欧州で開催される耐久シリーズ、ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ(ELMS)とF1直下のF2にダブルエントリーする。

 はたしてトヨタはこれからF1とどのように関与していくのか? トヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパ(TGR-E)副会長を務める元F1ドライバーでもある中嶋一貴氏に、F1第2戦サウジアラビアGPの会場で突撃インタビュー。聞き手は、30年以上F1を撮影し続ける熱田護氏だ。


TGR-E副会長の中嶋一貴氏(右)とF2に参戦している宮田莉朋選手

【ヨーロッパでドライバー育成中】

ーー中嶋さんは2022年1月からTGR-Eの副会長を務めています。今年の仕事はどのような内容となるのでしょうか?

中嶋一貴(以下同) 僕は基本的に、WECやヨーロッパでのドライバー育成に関わっていきます。WECでも最高峰のハイパーカークラスと市販車をベースにしたGT3クラスがあって、そこはTGR-Eの領域になります。日本のスーパーGTやスーパーフォーミュラなどのレースは日本のトヨタが担当することになります。

 とはいえ、宮田選手のようなドライバーは日本からやって来ます。おおもとの若手ドライバーの育成プロジェクトは日本のトヨタが担い、ヨーロッパは実働部隊というイメージです。なので、ドライバー育成に関しては日本とヨーロッパで共同してやっているという感じですね。

ーー中嶋さんは今シーズン、F1のサポートレースとして開催されるF2に参戦する宮田選手に帯同するのでしょうか?

 F2の現場には何戦か行くことになります。その時は宮田選手のマネージャーではありませんが、彼をサポートするのが僕の仕事になります。

ーー昨年のF1日本GPの時に平川亮選手がマクラーレンのリザーブドライバーになることが発表され、その後、宮田選手はF2に参戦することになりました。ちょっとスッキリしないところがあります。

 スッキリしませんか? どのあたりがですか(笑)。

【トヨタからF1ドライバーを目指せる】

ーートヨタは2002年から8シーズンにわたってF1活動を行なっていましたが、2009年限りで撤退しました。現在はF1でチームを持ったり、パワーユニット(PU)を供給したりしていません。トヨタの若いドライバーがF1とのつながりを持つことはできても、レギュラードライバーになるのは難しいのでは......と感じます。

 トヨタがF1と再び関わりを持ち始めたのは......あえてモリゾウ(豊田章男会長)さんと言わせてもらいますが、根底にはモリゾウさんのドライバーに対するというか、ドライバーとしての思いがあります。ドライバーは結局、みんな一番レベルの高いところを目指しますよね。モリゾウさんもひとりのドライバーとして同じ思いを持ってくださっています。

 今、トヨタが参戦する世界のレースはWECがトップカテゴリーですが、じゃあ、ドライバーが本音ではどこを目指したいのか、という話だと思います。やっぱりステータスでもクルマの速さでもトップはF1です。シングルシーター(単座席)で速さを極めたいというのがドライバーの気持ちとしてありますし、頂点といえばF1です。

 トヨタはWECしかやっていないからトヨタ系のドライバーはF1を目指せないというのではなく、トヨタの参戦していないカテゴリーであっても、ドライバー育成という観点ではF1を目指せる----。そんなモリゾウさんの思いが、今の平川選手や宮田選手の活動につながっていると思います。

 つい最近、モリゾウさんは「頂点を上げることが裾野を広げることにつながる」とおっしゃっていました。まさにそのとおりだと思います。ドライバーが頂点を目指して成長していって、僕や(小林)可夢偉みたいにF1を経験して、最終的に今、トヨタの一員としてレースに携わっています。

 レベルの高いところで戦ったドライバーたちが、自分たちが培った経験やノウハウをトヨタに返していくことで、結果的にトヨタのモータースポーツの幅は広がっていきます。そういう活動をトヨタとして今後も続けていきたいということだと僕は理解しています。


サウジアラビアで行なわれたF2第2戦に臨んだ宮田選手

ーーとはいえ、マクラーレンにいくら投資したところでレギュラードライバーの昇格は厳しい。トヨタがもっとF1にもっと深く関与していかなければ、トヨタ系のF1ドライバーが誕生する道は開いていかないと感じています。

 マクラーレンには今、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリという若くて速いドライバーがいます。レギュラー昇格が難しいのは事実ですが、何が起こるかわからないのがF1の世界です。まずは、そこにい続けることが大切だと思います。

 あとトヨタがこれまで以上にF1への関与を深めなければF1ドライバーの道が開けないと言われますが、僕は必ずしもそうではないと考えています。チームを持ったり、PUを供給したりしなくても、本当に速くて才能があれば、F1ドライバーになるチャンスはあると思っています。

 実際にピアストリがそうじゃないですか。でも今までは、仮にピアストリのような存在がトヨタのなかにいたとしても、F1を目指すチャンスはありませんでした。それが今はチャンスがあるんです。

 マクラーレンとの関係はトヨタがF1に関与する最初の一歩だと思います。まずは道をちゃんとつくっていくことが大事です。それをこれからつくっていくことが自分たちの責任だと思っています。

【豊田章男会長の思いがベース】

ーートヨタがF1で走る姿をもう一度、見たいファンも多いはずです。その可能性は今のところどれくらいあるのですか?

 僕はその可能性を答えられる立場ではありませんが、現実的にこれからトヨタがF1のPUをつくることは非常にハードルが高い。実際にF1とWECのPUは求められるものがまったく異なります。

 ただ、トヨタがF1への道を切り開こうとしていることはすごいことだと思います。トヨタのモータースポーツ活動はモリゾウさんがどうしたいのか、という思いがベースになっていますが、トヨタがF1と関わるというのは想像を超えているというか、今までのトヨタだったらあり得ないことです。

ーー宮田選手はガズー・レーシングのカラーリングでF2を走っていますが、たしかに数年前ではあり得ないことです。

 そうですよね。トヨタがF1で活動していないのに、平川選手がマクラーレンのリザーブドライバーになり、宮田選手がF2でレースができることはありがたいと思いますし、ドライバー育成の面でも一個一個積み重ねていかないと、その先にはつながっていきません。僕としては何とか今の育成プロジェクトを形にしていきたいと考えています。

ーートヨタのヨーロッパでのドライバー育成は長期プランで考えているのですか?

 基本的にドライバーには一年一年で結果を出してもらいたいと思っていますが、いきなり1年目で結果を出せなければもう終わりだと言うつもりはありません。ただ、宮田選手だけでなく、その次のドライバーのことも視野に入れて育成をしていかなければなりません。そのあたりも考慮しながら、いろいろと進めていこうと思っています。

川原田 剛/編集協力

【プロフィール】
中嶋一貴 なかじま・かずき 
1985年、愛知県生まれ。トヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパ(TGR-E)副会長。2003年、フォーミュラトヨタでチャンピオンを獲得。その後、トヨタの育成ドライバーとしてステップアップを重ね、2008年からF1に2シーズン参戦。2011年からフォーミュラ・ニッポン(現・スーパーフォーミュラ)に参戦し、2012年と2014年にチャンピオンとなる。2011〜19年にはスーパーGTのGT500クラスに参戦。2015年から世界耐久選手権(WEC)にもレギュラー参戦し、2018−2019シーズンには5勝して日本人初のチャンピオンとなり、ル・マン24時間では2018年から3連覇。2021年限りで現役を引退。