毎年冬になると食べたくなるお鍋。有名なラーメン店監修のスープが増えている理由とは?(筆者撮影)

寒くなる秋から冬にかけて、スーパーマーケットでは鍋スープ売り場が少しずつ拡大していく。

そんな中、昨年から筆者が注目しているのは人気ラーメン店監修の鍋スープシリーズだ。コンビニで発売されているラーメン店監修のカップ麺、チルド麺などはおなじみだが、昨年は鍋スープ売り場にもラーメン店の名前が多数並び始めた。

鍋スープのアレンジレシピはいろいろなところで目にするが、「ラーメン店のスープで鍋を作ろう」というのは今まであるようでなかった。もちろん今までもどこかでは展開していたはずだが、これだけ売り場のメインで展開が始まっているというのは見逃せない。

2021年からラーメン店監修の鍋スープを発売しているダイショーを取材した。

「焼肉一番」などで知られるダイショー

ダイショーは1966年創業で、焼肉のタレ「焼肉一番」や「味・塩こしょう」を主力商品として展開してきた会社。

鍋スープの展開がスタートしたのは1989年のこと。当時の社長であり創業者の金澤俊輔氏が博多で食べた寄せ鍋に感動し、「このスープは家庭ではなかなか作れないだろう」と鍋スープの開発に着手。これが市販の鍋スープの先駆けとなった。

1991年からもつ鍋スープの発売をスタート。1992年ごろに空前のもつ鍋ブームが起こり、鍋スープの今後の可能性を見いだした。

「専業主婦が多かった時代からだんだんと共働きになり、便利な鍋スープが定着していきました。もつ鍋スープのヒットを受けて、味のバリエーションも増えていきました」(広報室長・森健一郎さん)

ダイショーは主力商品である「焼肉一番」や「味・塩こしょう」が春夏商品だったということもあり、秋冬にしっかり売れるものを模索していた。その中で鍋スープが秋冬の売り上げの柱として頭角を現してきた。

味のバリエーションが増えていく中で、名店監修の商品も増えてくる。「CoCo壱番屋」監修のカレー鍋スープのヒットを受けて、鍋の名店だけでなく、他ジャンルの人気店とのコラボにも活路を見いだし始めた。ラーメン店監修商品の発案者は首都圏営業部の林孝則さんだ。

「実は私はもともとお鍋が嫌いでして(笑)。実家で『今日はお鍋よ〜』と言われると毎回落ち込んでいました。

せっかく人気店とコラボするなら、テンションの上がる鍋を作れないかなと考えて、まず思い出したのがラーメン店でした。家でラーメン店の味がお鍋で食べられたら最高だなと思ったんです」(林さん)

すでにニッスイから「山頭火」監修の鍋スープが出ていたものの、ダイショーでもラーメン店監修鍋スープをラインナップしてバリエーションを作っていったら、さらに鍋の可能性が広がるだろうと考えた。

「一風堂」「武蔵」から始まった

こうして2020年から交渉を始めたのが、博多豚骨ラーメンの横綱「博多 一風堂」と東京の醤油ラーメンの名店「麺屋 武蔵」だ。まずこの2店舗のチョイスのセンスが良い。

博多豚骨ラーメンを全国区にし、世界にまで進出したパイオニア「一風堂」と、つねに新しいことにチャレンジして話題を作り続ける「武蔵」は、新たな取り組みをスタートするにはピッタリのお店だ。


博多豚骨ラーメンをウリにする「博多一風堂」(筆者撮影)


麺屋武蔵からラーメン界に広まったものは数知れない(筆者撮影)

それを知ってか知らずか交渉をスタートし、2店舗とも快くOKを出してくれた。ちょうど「一風堂」の本部にも鍋スープを出してくれという問い合わせが来ていたようで、話はとんとん拍子で進んだ。

2021年9月1日にある量販店限定で発売を開始。発売から一気に火がつき、9月2週目には欠品し、全国から問い合わせが殺到した。なんと予想の8倍の売り上げだった。

「コロナ禍で外食店がコース料理で鍋を提供しなくなっていたこともあり、鍋スープ市場全体が右肩上がりだったことは確かですが、それにしてもすごい反響でした。ラーメン店さんにおいても営業時間の短縮などもあり、新たな売り上げ創出の機会になったと聞いております」(商品企画部 岡田正亀さん)

その後、2022年には札幌味噌ラーメンの「すみれ」、2023年には京都発祥の大人気チェーン「天下一品」の監修鍋スープを発売し、どちらも大ヒットを記録している。

長期にわたるダメ出しを乗り越えて…

筆者は各社の名店監修鍋スープを食べているが、現在発売されているものの中では「すみれ」「天下一品」の2商品を推したい。素晴らしいクオリティだ。


(筆者撮影)


(筆者撮影)

この大ヒットを受けて、各社が各地の名店と交渉をしているが、現在のところ契約は早い者勝ちになっている。全国の名のあるお店には各社から問い合わせが殺到していることだろう。

しかし、相手は老舗の名店がほとんどで、長期にわたる味のダメ出しが行われる。

名店を納得させるだけのクオリティで開発できるかが肝になってくる。ここには開発者の血のにじむような努力がある。「すみれ」や「一風堂」は1年、「天下一品」はなんと2年もかかった。

そう簡単に出せるものではないのだ。

「もともと豚骨や豆乳の鍋スープを出していることもあり、知見はあります。豚骨の乳化がほどけないような技術や、風味の出し方など技術を駆使してお店に納得していただけるものを開発しています。現在のペースだと、新しい商品の開発は年に1店舗ぐらいになると思います」(商品企画部 谷口真帆さん)

鍋スープにある「300円の壁」をクリアする価格に…

そして、注目したいのが「売価の安さ」だ。

ダイショーのラーメン店監修の鍋スープの参考小売価格は378円(税込)で 、筆者がスーパーマーケットで買った「名店監修鍋スープ 天下一品京都鶏白湯味」の価格は279円(税抜)。


(筆者撮影)

もちろん、そこにはスーパーの涙ぐましい販売努力もあるだろう。

しかし、300円弱で「天下一品」監修のストレートスープ(濃縮されておらず、希釈せずに使えるスープ)が買えるというのはちょっとすごいことだ。容量は3〜4人前の700gとたっぷり入っている。

名店監修のチルド麺やカップ麺が値上がり傾向にある中、鍋スープはぶっちぎりの安さである。ちょっと安すぎると言ってもいいだろう。

「発売したものの根付かない可能性もあるので、他の鍋スープと統一価格にしました。通常の鍋スープよりも容量を少し少なくするなどして工夫しています。社内には値付けを失敗したと言う人もいますが、何とか続けています」(岡田さん)

ここには鍋スープの「300円の壁」があるという。ラーメン店には「1000円の壁」があるが、鍋スープ業界にも価格の壁があったのだ。

「購買層は主婦がメインなので、値段の壁はどうしても存在します。300円を超えると一気に売り上げに響くんです。最近はむしろもっと値段は下がっていく傾向でした。その中で今までの価格をキープできただけでも良かったと思っています。

この商品はリピートも多いですし、まとめ買いされる方も多いです。しっかり数が売れていれば大丈夫なので、しばらくはこの価格で続けていきます」(谷口さん)


スーパーによっては価格は異なるものの、参考小売価格を低く設定することで、結果的に300円未満で販売されている現状がある(筆者撮影)


たしかに、400円台と200円台ではお得感が変わる印象だ(筆者撮影)

「鍋=冬」イメージ、しかしラーメンは季節を問わない

ラーメン店監修鍋スープは社内でもかなりの主力商品として期待されている。

売り上げ目標も増え、シリーズとして複数商品を揃えての店頭展開を狙っている。ラーメン屋台風の拡材を制作し、スーパーマーケットや量販店に営業をかけている。

「これだけ売れていると後発も次々出てくると思いますので、まずは後発に飲み込まれないラインナップづくりが求められます。今後も注目の名店監修商品が発売されていきますので、ぜひ楽しみにしていただければ嬉しいです」(林さん)

ところで、この記事を読みながら「もう結構暖かくなってきたのに、鍋の話題?」と思った読者もいるに違いない。

たしかに、春に向けてだんだんと暖かい季節になってきているが、ラーメン店監修商品は、春夏も継続して展開してくれるお店が増えてきている。ラーメンに季節が関係ないことが鍋スープ業界にも影響し、もともと秋冬用だった鍋スープに革命が起きているのだ。

もはや国民食のラーメンは、鍋業界にも、大きな影響を与え始めているのである。


(筆者撮影)

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)