バルサの末裔シャビを苦しめた「悲痛な縛り」6月を待たず最悪のエンディングも
ラ・リーガでビジャレアルに3−5という派手な逆転負けを喫した後、バルセロナのシャビ・エルナンデス監督は「今年6月末での辞任」を発表した。異例の事態だ。
2024年に入って、苦しい戦いは続いていた。スーパーカップは決勝で宿敵レアル・マドリードに1−4で敗れ、スペイン国王杯も準々決勝でアスレティック・ビルバオに4−2と撃ち合いの末に敗退。ふたつのタイトルを失い、ラ・リーガ連覇も厳しくなった......。
シャビは辞任のカードを切ることで、状況を逆転させたかったのだろう。しかし、スペイン大手スポーツ紙『アス』は「シャビ辞任発表、五つの矛盾」と、その決断を揶揄している。
たとえばシャビが「私は理性的な人間で、考えた末に合理的決断をした」と言う一方、「決断する時、私はハートで動く」と表現した点を指摘。「(監督を続ける)エネルギーはある」と断言しつつ、「采配が評価されずに消耗し、健康を害するほどエネルギーはダウンした」と証言していること、「マイナスの力学(流れ)がある」としながら、「我々は流れを変えた。昨シーズン、スーパーカップ、ラ・リーガで優勝した時に」と強がっていることなどを取り上げている。
このくだりだけでも、シャビとバルサの周囲の混乱が伝わるだろう。
シャビは11歳でバルサの下部組織ラ・マシアに入団し、トップデビュー後はあらゆるタイトルを勝ち取った。司令塔時代のプレーは伝説的。当然、指揮官としても期待されていた。
なぜ、シャビは退任に追い込まれたのか?
今季限りでの退任を発表したバルセロナのシャビ・エルナンデス監督photo by AP/AFLO
もともと、シャビはマイナスからのスタートだった。ロナルド・クーマン前監督からチームを引き受けた時、チームは無冠状態で"廃墟"も同然だったのである。
サンドロ・ロセイ、ジョゼップ・マリア・バルトメウというふたりの会長はずさんな補強を繰り返し、選手を甘やかした。その結果、有望な若手を次々に失い、リオネル・メッシを手放す一方で、戦力にならない選手が"タダ飯を食らう"状況だった。
【緊急事態は重なる】
シャビは人員整理をしながら、2年目の昨シーズンは、ジュル・クンデ、アンドレアス・クリステンセンなどを補強し、守備を再建した。呼応するようにGKマルク・アンドレ・テア・シュテーゲンがスーパーセーブを連発。一方、前線にはロベルト・レバンドフスキを獲得し、決定力不足を解消した。攻守の両輪を回し、ラ・リーガ優勝をつかみ取った。
そして今シーズン、シャビはイルカイ・ギュンドアン、ジョアン・フェリックス、ジョアン・カンセロ、オリオル・ロメウ、イニゴ・マルティネスなど有力選手を次々に獲得した。彼らはそれぞれ実力のある選手だった。ただ、この1年で人を入れ替えすぎたため、ひとつに束ねられなくなった。
何より、セルヒオ・ブスケッツのMLSへの放出が深刻なエラーを発生させた。
昨シーズンのブスケッツは攻守を連結させ、チームをひとつにしていた。ボールを受けると失わず、それが味方にアドバンテージを与え、相手ボールではポジションを取って周りを動かし、インターセプトにつなげていた。その代わりは誰もできなかった。
代役を期待されたギュンドアンは健闘していると言えるだろう。シャビの命を受けて手足となり、ゴール前に神出鬼没で入るなど、ダイナミズムも与えている。ただ、司令塔としてはブスケッツの代わりはできないし、他の選手との組み合わせで補完しようにも、フレンキー・デ・ヨング、ペドリはケガで戦列を離れる試合が多く、ガビは大ケガに見舞われ、ロメウは力不足だった。
緊急事態は重なった。
昨シーズンのエース、レバンドフスキには昔日の面影がない。腰の強さがなくなり、パワーや精度を失いつつある。積み重ねた経験で、ラ・リーガで10〜15得点は堅いが、それではバルサのエースFWとして不十分だ。
さらに守護神テア・シュテーゲンは背中のケガで長期離脱している。代役イニャキ・ペーニャは下部組織ラ・マシア出身で、チームを救うセーブも見せるなど、悪くはないのだが......。
【「猛毒」をくらったクラシコ】
攻守の両輪が機能しなくなったバルサは、悲劇的な撃ち合いの末に敗れる試合を繰り返している。その点では「攻撃こそ防御なり」の末とも言え、皮肉にもバルサらしさが見える。しかし、無理にボールをつないで、相手のカウンター戦術に叩きのめされる始末だった。
なかでも、年始のスーパーカップでレアル・マドリードにコテンパンにされた敗戦が大きかった。
「忘れられない試合は、2004年の(サンチャゴ・)ベルナベウでのクラシコかな」
現役時代のシャビにインタビューした時、彼は人生最高のゲームについて、アウェーでのレアル・マドリード戦を挙げ、こう語っていた。
「終了3分前のゴールで僕らが勝ったんだけど、ゴールが入った瞬間は今も忘れられない。ほんの何秒だが、スタジアムが静まり返った。それまでの騒ぎが嘘のように、世界から一瞬のうちに人が消えてしまった錯覚を受けた。スタジアムが空っぽになったんじゃないか!って。僕らが我を忘れたようにゴールを祝って抱き合っていると、野次とブーイングの嵐になったんだけど、ゴールが決まった瞬間、確実に世界は止まっていた」
クラシコのゴールはアドレナリンを噴出させる。選手はその快感を忘れない。逆に、負けた場合は猛毒になる。
民族的に圧迫された歴史を生きてきたバルサは、マドリードを叩き潰す反逆の精神を持って戦うようになった。それを天才ヨハン・クライフが「スペクタクルの追求」という境地に置き換えた。シャビはバルサスタイルの末裔と呼ぶにふさわしい。
しかし現在の陣容で、バルサスタイルの実現は難しいだろう。メッシも、ブスケッツも、そしてシャビもピッチにはいないのだ。
「バルサのスタイルは変わらない。それは監督次第ではないんだ」
現役時代のシャビの声は確信に満ちていた。
「カンプ・ノウの観衆は伝統に背くことを許さない。1−0で逃げ切る勝ち方は絶対に認めてもらえないし、そんな采配を振るう監督が来たら、選手よりもファンが許さないだろう。極端だけど、勝利そのものよりも、ボールを支配して攻めるという内容が重んじられるのさ。パスミスを誘ったほうが効率はいいのに、僕らは自分たち主導で攻める。この概念はクライフが確立したもので、もう誰も変えられないんだ」
今となっては、それは"悲痛な縛り"にすら思える。
2月、シャビ・バルサはチャンピオンズリーグ、ラウンド16でナポリと対戦する。16歳のラミン・ヤマルや17歳になったばかりのパウ・クバルシに頼るしかないのか。一敗地にまみれた場合、6月を待たずに最悪のエンディングもあり得る。