韓国・ソウルで行なわれるMLBの開幕戦チケットが8分で売り切れたことが報じられているが、これは韓国での大谷翔平人気の表れにほかならないという。現地では「韓国スポーツ史上、最も愛される日本人選手」とまで語られているそうだが、大谷翔平がそこまで人気になった背景には何があるのか?

【大谷翔平は韓国スポーツ史上最も愛される日本人選手】

「『オオタニ、マチャド、キム・ハソンを見よう』 MLBソウル開幕戦 8分で売り切れ」

 韓国のインターネットメディア『ノーカットニュース』が1月30日にこう報じた。3月20日にソウル・高尺スカイドームで開催されるMLB開幕戦パドレスvsドジャースのチケットが一瞬で売れた、という話だ。


大谷翔平はMLB開幕戦を行なう韓国でも大人気 photo by AFLO

 この見出し、選手の紹介順が「日本・米国・韓国」となっている。通常、韓国ではこういう点にすごくこだわる。どれほど選手の実績に差があれど、ひとまずは韓国を先頭に持ってくるものだ。日米の順番も「アメリカが先」のケースが多い。ところがここでは「オータニ」がトップに。ほかでもない。これが読者に一番多く読まれる、ということだ。

 YouTubeには韓国語による『OHTANI17』というアカウントが存在する。フォロワーは6万人。このなかで多く見られた動画は「オオタニにハマる瞬間」というショート動画だ。これは北海道日本ハムファイターズ時代と思われる大谷翔平が練習場を通り過ぎる際に、ファンの声がけにクールに反応してみせる瞬間を強調するもの。ワイプに出てくる若い女性がこれに感嘆。この動画に50万アクセスが集まっている。

 ほかにもインターネットメディア『OSEN』が「"Tシャツとハーフパンツがもう爆発しそう!筋肉質な体が際立つ'完璧な男'大谷"」と報じたり...。

 つまりはこういうことだ。

「大谷翔平は、韓国スポーツ史上、最も愛される日本人選手なんですよ」

 そう語るのは、韓国のスポーツ紙の記者として長年同国の野球界を取材してきた業界の大御所で、現在は韓国野球学会理事のチェ・ミンギュ氏。韓国での大谷翔平は、「スポーツを超えた、一般紙でも語られる有名人」でもあるという。

 データもそれを実証している。韓国のビッグデータサイト『SOME TREND』では、韓国語のネット環境(Instagram、ブログ、ニュース、X)でのキーワードごとの言及量(どれほど多く語られているか)を調べることができる。

「オータニ」についてのこの1年(2023年1月30日から2024年1月31日)までの言及量は、その1年前の314%増。合わせて、関連キーワード("オオタニ"と合わせて語られている言葉)をポジティブ・ネガティブで分けた際のデータがスゴい。上位15位は次のとおりだ。

「最高」「優勝」「活躍」「活躍する」「満場一致」「怪しい」「良い」「達成する」「成功する」「好む」「話題」「有望な新人」「活躍を広げる」「望む」「うまくやる」。

 ネガティブワードは6位の「怪しい」のみ。あとはすべてポジティブワードなのだ。

【これまでの韓国で有名な日本人アスリート3人】

 韓国でも有名な日本人アスリートはもちろん存在してきた。前述のチェ・ミンギュ氏は3人の名前を挙げた。まずはイチロー。

「韓国でプロ野球が生まれたのは1982年。それ以前は日本のプロ野球と言えば王貞治氏が有名でした。長嶋(茂雄)さんより王さん。ホームラン王という実績が知られたのです。代表での日韓戦が活発になってきたのは2000年代からです。そこで立ちはだかったイチローは『リスペクトされるけど、愛されるという感じではない』。グラウンド内外でいろいろありましたし」(チェ氏)

 特に2006年の第1回WBCの際には、イチローが開幕前に明かした韓国に対する意気込み「向こう30年は日本に手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」が曲解されることもあった。

「これは韓国代表選手をかなり怒らせました。同じメジャーリーガーだったキム・ビョンヒョンなどは『コメントが漫画みたいだけど、読み過ぎなのか?』と言っていましたね」(チェ氏)

 もうひとりは、浅田真央。

「韓国でも認められた選手ですよ。しかし、バンクーバー五輪フィギュアスケートでキム・ヨナと金メダルを競った際には『ライバル』という視線の対象となってしまいました」(チェ氏)

 さらにサッカーの三浦知良(カズ)。

「彼の場合は完全にライバルとして見られていました。近年の長く現役を続ける姿についてはポジティブな声も多いですが」(チェ氏)

 確かに特に1990年代は「ミウラ」と呼ばれ、その音は韓国語で「憎い」を意味する「ミウォラ」に音が似ていることから「ミウラ・ミウォラ」という言葉が流行ったりもした。「実力は認めるものの、憎い存在」との位置づけだったのだ。

 ちなみに、サッカーでの「韓国での日本人アスリート」というと、筆者にも印象深い記憶がある。2015年に韓国の最大手ポータルサイト『NAVER』のサッカーコーナーで日本サッカー関連の短期連載を持った時のことだ。

 担当者に言われたのはこういった内容だった。

「とにかく、ホンダ(本田圭佑)、カガワ(香川真司)という単語をたくさん入れて書いて下さい」

 当時、サッカーの世界では日本の欧州組が台頭。2011年の札幌での対戦では3−0で日本が大勝を挙げる「札幌の惨事(あくまで韓国側の言い方)」という出来事が起きていた。

 本田圭佑(当時ミラン)、香川真司(当時ドルトムント)はその象徴で、要は「日本のトップアスリートの名前を出すことで、韓国の読者を煽ってほしい」というリクエストだった。憎さ半分、羨ましさ半分。だからこそ、アクセス数が取れるのだと。

【大谷翔平人気の背景とは?】

 なぜ、大谷は愛されるのか。もちろん、実績のスゴさはその圧倒的な第一理由だ。日本人選手としてではなく、メジャーリーグのスターとして認められている。

 そのほかにも、上記したイチローらとは違う、時代の背景がありそうだ。

 韓国で初めてオンライン上で「オオタニショウヘイ」の名が登場した時期は、2012年8月頃だった。大手紙『東亜日報』が「日本の160キロ高速投手」として花巻東高時代の大谷を紹介。当時の韓国の高校野球界の有望株と比べられた。

 その後、日本で2015年に北海道日本ハムファイターズで最多勝を獲得(15勝)したあたりから、高校時代のエピソードも紹介されていく。

 かの有名な「目標達成シート(マンダラチャート)」だ。

 花巻東高校1年生の時、夢をかなえるために計画的な目標を立ててシートに記していた。そのシートの中央には「8球団からドラフト1位指名を受ける」。そのために必要な具体的なトレーニングや心構え、あるべき人間性や普段の行動なども書かれていた。

「これが韓国でも報じられるや、大反響を呼んだんですよ」(チェ氏)

 確かに2018年8月に現地スポーツ紙が「大谷翔平の"夢と目標"現実になる」という見出しの記事を掲載している。

「大谷の計画性や信念に対し、韓国では『その年齢で将来自分がどうなるのかと考えているのか』と驚かれたものです。それまでの日本人アスリートとは違ったキャラクターが確立されました」(チェ氏)

 その後も、球場のゴミをさりげなく拾う姿や、ストイックな食生活、高年俸にしては質素な生活など、本人のキャラクターが伝えられていった。

「インターネット時代だから」と言うのは簡単だ。だが、韓国内の傾向もある。

 2023年は韓国のプロスポーツの観客数が大盛況に終わった1年だった。プロ野球は5年ぶりに総観客動員800万人を記録。サッカーKリーグに至っては歴代最高の244万人を記録し、1試合あたりの平均観客動員が初めて1万人を超えた(1万733人)。

 その背景にあるのは「チームではなく、個人を応援するトレンド」だ。いわゆる「推し活」。女性からの人気がこれを支えている。サッカー代表選手のチョ・ギュソン(元全北現代、現在はデンマークのミッティランに移籍)や、女子バレーボールのキム・ヨンギョン(興国生命)らが有名だ。

 練習場に行けば会えるし、ファンサービスも受けられる。なんなら顔も覚えてもらえる。そこに魅力を感じる層が増えているのだ。女子バレーでは「男性より女性の観客が多い」点が報じられている。背景のひとつには、K-POPが世界的人気となり、メンバーに対する事務所側のガードが固くなっていることもあるという。

【大谷翔平が日本人だからという点も気にしない】

 いっぽうそのK-POPでも「グループを熱烈に、忠誠心をもって応援するのではなく、この『グループの誰々』だったり『この楽曲が好き』とバラ売りで好む傾向が出てきている」(現地音楽評論家)

 これは毎年、韓国社会のトレンドを予言する有名な書籍『トレンドコリア』」の2023年版で言われている傾向とも一致する。2022年12月に発売された同年版では「平均喪失」というキーワードが掲げられた。

 かつては「30代男性だったら普通はこうだ」「この収入の層だったらこう消費行動を取る」といった傾向があり、企業側はマーケティングをする際、その一番大きなパイ(平均値)を探せばよかった。しかしそれはもう通じない。個々の消費者が周りを気にせず、好きなものをどんどん見つけていく。そういう傾向だ。

 だから、大谷翔平が日本人だからという点も気にしない。いいと思ったら、周りも気にしない。

 前述したビッグデータサイト『SOME TREND』では、昨年「オータニ」について韓国での言及量が最大値に達した日付も調べられる。

 3月23日だった。

 ほかでもない、WBCで日本が優勝を決めた次の日(韓国時間)。韓国でもシンプルに「スゴい」と思って見られていたのだ。