ダルビッシュ有の「野球に走り込みは必要ない」理論をフィジカルトレーナーはどう考えるか 日米では「身体の動かし方」の考えはまったく違う【2023年人気記事】
2023年の日本はWBC優勝に始まり、バスケのW杯では48年ぶりに自力での五輪出場権を獲得、ラグビーのW杯でも奮闘を見せた。様々な世界大会が行なわれ、スポーツ界は大いなる盛り上がりを見せた。そんななか、スポルティーバではどんな記事が多くの方に読まれたのか。昨年、反響の大きかった人気記事を再公開します(2023年4月6日配信)。
※記事内容は配信日当時のものになります。
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日本では野球をする子どもたちが、練習の前にランニングをする光景をよく目にするだろう。高校野球の強豪校などでは、何十kmという距離を走り込む、というエピソードも耳にする。
しかし一方で、「野球には走り込みは必要ない」という理論もある。アメリカでフィジカルトレーニングを習得し、独自のトレーニング理論でバスケットボールのプロチーム、プロのサッカー選手や野球選手、五輪選手たちを指導する吉原剛氏も「必要ない」と同意する。その理由や、トレーニングにおける身体の動かし方について語ってもらった。
過去に、野球における「走り込み」についての疑問を口にしていたダルビッシュ
――日本とアメリカで野球のトレーニングには、どのような違いがありましたか?
吉原:私がフィジカルトレーニングの"修行"のため、アメリカにわたったのは20年以上も前のことになります。さまざまなスポーツを見ましたが、ある野球チームのフィジカルコーチとして入った時に、まずランニングの認識の違いに驚かされました。
日本では当時、下半身を鍛えるために10km以上の走り込みを積極的に行なっていた。一方でアメリカでは、投手でも5km以上走っているのを見たことがなかったんです。
ある日、練習の前のウォーミングアップで「軽いランニングをしよう」と私が提案すると、選手側から「なぜランニングをやるんだ?」という反発があって。「身体に疲労が溜まるから、いいパフォーマンスを発揮できなくなる。ランニングをするなら、その理由を教えてくれ」と怒ってしまいました。
――吉原さんは、それにどう答えたんですか?
吉原:身体を温めること、心拍数を上げること、可動域を広げるために走るんだ、と答えました。
――正当な理由のように感じますが......。
吉原:すると選手たちは、「それなら、スキップ動作やチューブトレーニングでも血流がよくなって身体が温まるし、長い距離を走る必要がないよね」と。それまでの常識が覆り、目から鱗が落ちました。
確かにその通りで、ランニングをしなくても十分にウォーミングアップができることに気づかされたんです。先入観や固定概念がいかに選手にとってマイナスになるか、パフォーマンスを上げるには「Why」を明確に!と痛感しました。
その方法を普段から実践していれば、雨天や、十分な広さがない試合会場で身体を準備する際にも困ることがありません。ひとりあたり、畳半畳分くらいのスペースがあれば十分なウォーミングアップができますから。
――長距離のランニングはあまり効果がないのでしょうか?
吉原:まったく効果がないわけではありませんし、競技によっても違います。「身体をリフレッシュさせる」「疲労回復を促進させる」という目的であれば有効ですし、「持久力をつけて心肺機能を大きくする」という効果もありますが、瞬発力が大事な野球では、長距離のランニングは必要ないと私は考えています。
――野球に適した「走る」トレーニングとは?
吉原:野球は持久力よりも瞬発力が必要とされるので、短い距離(10m、20m)のダッシュを何本も繰り返すこと。そういったトレーニングを積み重ねることで、「一瞬でエネルギーを大きくする動きを何度も行なう」ための持久力が身につきます。この瞬発力と持久力の組み合わせこそが、野球では必要だと考えています。
サッカー、バスケットボール、ラグビーなどは、プレー中に速筋(瞬発系の筋力)と遅筋(持久力系の筋肉)をどちらも満遍なく使いますが、野球では遅筋はそれほど必要なく、投げる・捕る・打つ・走る時に速筋を使う機会が多い。しかも、速筋を遅筋に変えることはできますが、逆は難しいので、野球では短いダッシュの連続で速筋を鍛えることを勧めています。
――思い返してみると、MLBの選手が長距離のランニングをしているイメージはないですね。
吉原:MLBで長く活躍するダルビッシュ有投手も、野球に関しては過度の走り込みは必要ない、走り過ぎると野球に必要な筋肉が削り取られる、といった旨の発言をしていましたね。私の知る限りでは、彼もウォーミングアップでは、軽く動いたあとにはチューブを使っていたと思います。大谷翔平選手も同じようなウォーミングアップをしていますし、重量加減球(ウェイテッドボール)を使って投げている姿も目にしますよね。
――アメリカでランニング以外のトレーニングでも違いがありましたか?
吉原:ストレッチも重視されておらず、「ストレッチのやりすぎによってパワーが弱くなるのではないか」とも考えられていました。硬い筋肉のほうがパワーが出るからという理由だそうです。実際に身体が硬く、あぐらで座れない選手が多かったです。
これもウォーミングアップと同じで、ストレッチをする理由は固まった筋肉を緩めて血流をよくし、疲労回復を促すことですが、軽いエクササイズ(ウォーキングやチューブなど)のほうが血流をよくすることができるので、ストレッチよりも効果的なんです。
日本では「柔軟性があるほうがケガのリスクが低くなる」と言われてきましたが、アメリカではケガの予防とパフォーマンスの向上は同一線上にあり、柔軟性については特に何も言われませんでした。ケガを予防するために、身体をコントロールできる能力が重視されていましたね。その能力が高まると、身体の異変に気づく感覚が鋭くなる。そんな時は練習をしないで、ケアに重点を置けるようになります。
――MLBでは個性的なフォームで投げる投手が多いですが、それも自分の身体の動かし方をわかっているからできることなのでしょうか。
吉原:そうですね。投球フォームはさまざまですが、投手は基本的にリラックスした状態から投げ始めます。日本では「リラックス=力を抜くこと」と考えられていますが、アメリカでは「リラックス=力を入れないこと」という考え方になります。
この意味合いの違いは大きいと思います。「力を抜く」ということは、力が入っている状態が前提にあって、そこから力を抜いていくということ。アメリカでのリラックスは、「そもそも力が入っていない状態」が普通なので、必要な一瞬に力を入れるだけ。MLBの選手が、瞬発力を発揮する瞬間だけガッと力を入れ、身体を連動させる能力が高いのもそのためだと思います。
――吉原さんが考える、理想の投球練習を教えてください。
吉原:単純に、大谷翔平選手やダルビッシュ投手など、好きな投手の投げ方をマネしてみるのもいいと思います。マネができるということは、自分の目で見て頭で考え、神経を使って身体を動かすことができるということ。そうして試していくうちに新たな気づきがあると思うので、自分に合う投球フォームが自然に見つかると思います。身体のコントロール能力が高まると、指導者から技術指導を受けたことを身につけられるスピードは向上すると思います。
――打撃練習については、どう考えますか?
吉原:日本では、小さい時から「脇を締めろ」「バットを短く持ってコンパクトに振ろう」と指導を受けてきた選手が多いと思います。しかし、小学生の時にフォームを固めても、筋力がないので身体をコントロールできません。身体も神経も成長段階にあるので、型にはめるのではなく、自由に思いきり振らせたほうがいい。何度もバットを振っているうちに、どうすればバットに力が伝わってボールが飛ぶのかを自分の力で感じ取れるようになるはずです。
――吉原さんの考えは、野球以外のスポーツにも通じそうですね。
吉原:私は野球以外にも、サッカー・バスケットボール・陸上・スピードスケートなど、あらゆるスポーツのトップアスリートたちにトレーニング指導をしてきました。今は変わってきていると思いますが、日本では指導者が「こうするべきだ!」と言うと、それのみが正解として考えられてしまう傾向にあると感じていました。
私はあえて別の角度からも考えるようにしていますし、それによって有効なトレーニング法のヒントが見出せることが何度もありました。より多くの経験を積みながら、選手にさまざまなトレーニングの方法を示して、自分に合うモノを発見できるようにすることが使命だと考えています。
【プロフィール】
吉原 剛(よしはら・たけし)
1973年福岡県生まれ。九州共立大学八幡西高等学校(現自由ヶ丘高等学校)卒。会社員を経て渡米し「ムーブメント」トレーニングを学ぶ。帰国後、身体の動きの改善を中心とした処方トレーニングを提唱し、独自のライセンス制度を発行している。さまざまな日本のプロアスリートの指導のほか、台湾プロ野球選手のパーソナルトレーニングも担当。アスリートワイズパフォーマンス代表。ムーブメントワークアウト協会代表理事。日本スポーツ協会スポーツプログラマー。