こんにちは、書評家の卯月鮎です。私はファンタジーをメインに書評をしていますが、“ファンタジー好き”といってもさまざまです。きらびやかな魔法が飛び交う世界に魅了される人もいれば、ドワーフやエルフ、ドラゴンといった種族に惹かれる人もいるでしょう。なかにはファンタジーに出てくる架空の料理を再現して楽しんでいるという人も知っています。どんな魔法がかかるかは十人十色。

 

それは鉄道も同じようで、乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄、駅弁鉄……とバラエティ豊か。今回紹介する新書のテーマはなんと「音鉄」! 鉄道が走る音、確かにそれは旅情の重要な要素ですね。

 

耳で楽しむ鉄道趣味を詳しく紹介

『鉄道の音を楽しむ 音鉄という名の鉄道趣味』(片倉佳史・著/交通新聞社新書)の著者・片倉佳史さんは台湾在住作家。武蔵野大学客員教授、台湾を学ぶ会代表。台湾に残る日本統治時代の遺構を探し歩き、執筆と撮影を続けています。また、録音機材を片手に、耳で楽しむ鉄道趣味(音鉄)を広める活動も行っています。著書に『音鉄−耳で楽しむ鉄道の世界−』(ワニブックス)、『台北・歴史建築探訪』(ウェッジ)など。

 

「ガタンゴトン」のジョイント音はどこで聞く?

音を記録して、記憶と想像力で臨場感を楽しむのが音鉄趣味と著者の片倉さん。第1章「『鉄道音』の世界へようこそ」では、まだ“聞かぬ”世界、音鉄の扉が開かれます。

 

そもそも鉄道に関連する音はどれだけあるでしょうか。モーター音、車内放送、ドアの開閉音、踏切音、駅員の喚呼……。そして、駅弁売りや車内販売のスタッフの声など、消えゆこうとしている音もあります。スマホの進化で録音が気軽になったこともあり、音を愛するレイルファンは確実に増えているそうです。

 

片倉さんは鉄道に関する音のほか、セミが好きで、夏場はセミの鳴き声と鉄道を絡めた音を探して各地を旅しているとか。鉄道のある環境音を「音風景(サウンドスケープ)」と称して、まるごと楽しむスタイル。どこかノスタルジックで心惹かれます。

 

そのサウンドスケープの活用法も書かれています。目を閉じて旅の様子を思い浮かべるのはもちろん、長時間録音したものをデスクワークのBGMにすると集中力が高まるとか。また、静かな車内の走行音をかけながら休んでいると、想像以上に心地よく安眠の世界にいざなわれるのだそう。そう言われてみれば、電車のなかっていつの間にか寝ていますよね(笑)。

 

第2章「音鉄趣味の分類学」では、さらにディープな鉄道音の魅力に迫っていきます。こだわりがすごい! と私が思ったのは、ジョイント音(線路の継ぎ目を通るときのガタンゴトンという音)について。

 

都市部では最近は継ぎ目のないロングレール化が進んでいるそうですが、北海道や四国、山陰地方はまだ25mごとに継ぎ目がある定尺レールがメイン。高速で走る特急列車は、ジョイント音もスピード感たっぷり。小刻みなジョイント音と力強い気動車のエンジン音が絡み、床下から響いてくる音に迫力を感じる、と片倉さん。

 

どこで音を聞くかもポイントで、付随車「サハ」の車両中間部では、ジョイント音や車内放送をクリアな音で楽しめます。「サハ」の車両端部では豪快なジョイント音が味わえ、先頭車両の「クハ」「クモハ」では警報音や運転士の声がアクセントとして入ってくる。改札への階段が近いから……ではなく、いい音を聞くために乗車位置を選ぶんですね!

 

全国の“音鉄スポット”をガイドする第3章、音鉄散策のテクニックを伝授する第4章。そして後半では「聴く」「集める」「創る」音鉄の達人たちへのインタビューが掲載されています。

 

鉄道音という誰でも絶対に聞いたことがある“音”なのに、知らなかった世界が開ける、まさに音が作り出すセンス・オブ・ワンダー。ディープな趣味を語る専門家の熱量に触れられる、新書の良さもよく出ています。難しい用語も平易に説明され、鉄道に詳しくない人でも大丈夫。読んでいると、まるで線路脇にいて音が耳に飛び込んでくる感覚でした。

 

【書籍紹介】

鉄道の音を楽しむ 音鉄という名の鉄道趣味

著者:片倉佳史
発行:交通新聞社

鉄道とは切っても切れない存在にある「音」について、その楽しみ方を幅広くまとめた1冊です。ひと口に“鉄道の音”といっても、走行中の電車のモーター音や、車掌の放送、駅の自動放送や発車メロディ、踏切の警報音など、その種類は多岐にわたります。第1章で概論的にそれらを紹介したうえで、第2章では「音鉄日誌」と銘打ち、全国の音の現地での楽しみ方をまとめます。第3章では、音に関わる方々にインタビューを展開します。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。